誰かが言っていた
                             2022

ありがたきことよ  

大波小波の緑を波立たせ
雑木林の揺れ動く緑の競演を見ていたら
思わず緑を噛んで味わいたくなった
ああ ありがたきことよ

おまえさん
本気で生きているようだな
あたりまえだ
昨晩の雨でまた英気をもらったよ

そうかい命の重ね着をしたのかい
わたしは毎年一枚ずつ命をはがされ
薄くうすくなりながら生きているよ

わたしが重ねてきた罰なき罪も
みんな洗い流してくれているようだ
ああ ありがたきことよ

きっと何年もかけて大地に根を張り巡らせ
過ちを繰り返すニンゲンたちの愚行に
耐え忍びこらえてきたのだろう
そうでなかったらこんなに
命あふれる緑を見せてくれないはずだ

おまえさんのように
生まれたところで一生を終えるのを拒み
わたしは各地を転々として暮らしてきた
それでも今日まで生きてこられたのだ
ああ ありがたきことよ

81
 なにも悪いことしてないのに

新年おめどうのあいさつの朝
なかよくしているせっちゃんは泣いた
なーんにも悪いことしてないのにー
玄関外の前で絶句して涙をボロボロ流した

小学校の校長職という重荷から解放され
あるべき次の生活を営もうという矢先
夫は年末に脳梗塞で倒れ入院しいるという
なーんにも悪いことしてないのにー

乳母車に二人目の孫を乗せ
保育園に通う長男を見送りに
仲睦ましく四人で歩いているのを
何度も目にしたことがある
レールからはずれたわたしとは違う
あるべき普通の第二の人生かーと
朝のあいさつのたびに思っていた

乳母車を押す人から
車椅子に乗り病院から帰ってきたのは
松飾もとれた北風が強い日だった

なにもかにもが解放されると
ひとは張り詰めていた鎖が切れるのだろうか
それも予告もなく不意に
なーんにも悪いことをしてなくても

世界中で神と呼ばれている
神はどこでなにをしているのだー。

80
 あなたは美しい

朝な夕なに
あなたが
見せてくれる
緑もこもこの
こんもり山

浅緑から
深緑まで
幾重にも
重ね着して
折々の季節を
楽しませてくれる

わたしの
大好きな
こんもり山
ほんとうに
あなたは美しい

79
 物語をつくる

物語は自ら作らなければいけない
自らの言葉を黑い二本のレールに乗せ
いつかは旅立つ国に向け
ひたすら走り続けなければならない

レールを後戻りすることは許されず
行く先々の停車駅の青信号がともり
バツ印の標識が立ちはだかっている
あれは鬼門という名の神か仏かー

言葉は坂を下り上りカーブを曲がり
直線レールはどこにもない
それでも物語は綴らなければならない

休息というまやかしは許されない
なぜなら鼓動は昼夜をとわず
生の営みを休んでいないからだ

ただ、わかっていることは
いつか どこかでレールが途絶えること
トンネルの中かもしれない
明るい陽光の射す海べりかもしれない
萌黄色にうまる大草原の中かも知れない

そこの終着点には駅名はない
ないほうがいいのだ
絵空事の墓標などいらないのだ

走りました
止まりました
永遠にさよならです
それだけでいいのだ。

78
 春、少女よ

さあ、少女よ春だ
待ちにまった
春がやってきたのだ

少女よお話しよう
綿毛の光の降りそそぐ下で
ああでもない
こうでもないと
とんでもない未来を
ときめき色にまる包みして
夢が弾けるお話をしよう

春、少女よ
いちめん菜の花畑は
萌黄色にそまり
爽やか春風は頬をそよぎ
今日を生きるには
もってこいの日和だと
大人たちには教えてやればいい

春、少女よ
春の海はどこまでも青く広く
浜辺に寄せる白波は弾み
耳たぶの産毛をふるわす

さあ、少女よ 
今日をしっかりと生きて
春の歓びを大きな声で謳おう

77
 今宵は満月

夕方、今宵は満月と
はしゃいで庭に出て
三脚にカメラをセットしていた時
妻がサンダル履きで駆け込んできた

震えながら一通の手紙を差し出す
「あきらさんが自殺したんたってー」
「えっ?」
手紙をもぎとり薄明りの中で読む

マンションの六階のベランダから
ひとりの妻と息子を残し
彼は65年の生を自ら閉じた

だれかに導かれたのだろうか
だれかに誘そわれたのだろうか
だれかに手を引かれたのだろうか

遠縁ということで長いこと会わず
神経を患っていると聞いていたが
自らこの悠久の時間を断ち切った

中秋の満月の一瞬のできごと
だれにも知らせず家族葬ですませた
落ち着いてきたので手紙を認めた と

今宵の満月を見上げながら
死の深淵へ堕ちた
彼の魂との因果関係はと考える

76
 燃えるゴミの行方

分別ごみに区分けするなら
ヒトの死体は
燃えるゴミになる

燃えないゴミとして扱い
生ゴミのまま埋めてしまう
国や地域もあるらしい—

わが市内はりっぱに
燃えるゴミとして扱われる
そのため
嫌われ施設の火葬場がつくられ
建設賛否者のいずれも平等となり
最後はうやうやしく炎につつまれる

真白き燃えかすとなり
生者は神妙な仕草で骨壺に招き
永遠に供養する習わしが常とされる

そこには
死者が生前に
持ち合わせていた
想念の死の世界へ
事欠くことなく導かれるように
あの世の橋渡しに仏や神が招かれ
あやふやに現れては消える

資源ゴミになれないヒトの死体は
世の常の道程を尊く思い
生ゴミだとうやうやしく認める

75
 すっとんと

すっとんと
音もたてずに
腹の真ん中あたりに
落ちたのはなんなのだろう

すっとんと
今日の始まりを知らせる
ものぐさおじんに
生の確かさを伝えてきたのか

すっとんは
腹のなかで右往左往しながら
今日という日を探している

しわがれ声で
それなりに
生きているんじゃないか
そうだよとこたえて
すっとんと一緒に戯れる

すっとんと
音もたてず
いちにちが終わる夕ぐれ

誰もいない公園で
ブランコを
すっとんという言葉を
漕いでみる

74
 金木犀

長野に住むメル友から
今朝、メールが届く
風邪をひいて寝込んでいる
隙間だらけの部屋に
金木犀の匂いが漂ってくる

ずーっと昔から
金木犀が咲くころ死にたい
そう思っていたけど
今はまだ死んではいけない

無機質で乾いた文字の並びに
わたしは一瞬 目を凝らす

夫を早く亡くし
90歳を超した母と二人暮らし
子供たちはすでに所帯をかまえ
孫は3人いるが遠くに住んでいる

秋が駆け足でやってきて
冬支度に追われ疲れ
疲れがどっと押し寄せ
寝込んだぐらいで
金木犀の甘い匂いに誘われ
死ぬわけにはいかない

何が大切かといったって
今日を生き抜くこと
きっと冬になれば
桜の咲くころ死にたいというよ
そういうメールを返信する

生に立ち向かことよ
空は限りなく青く
遠くの未来に明るい光りを放っている

隣の部屋でテレビを見ている
母のケラケラ笑う声が
金木犀の甘い香りにのって聞こえる

明る文字が送られてくる

73

  三毛猫の青い空

高台から見下ろす家並みに
明るい春の陽ざしは
たおやかに降りそそいでいる

わたしの家のベランダでは
三毛猫がまるくなり眠っている
物音ひとつしない
朝のひととき静かすぎるほどだ

暇で退屈な時間は
日常の風景にゆるりと溶け
時おり生暖かい風が吹き
それでいいのだと話しかけると
あいさつもなく去っていく

突然 頭上からヘリコプター
風を切るにぶい爆音
激しい音と破壊された街
民衆が嘆き悲しむ
涙でぬれっぱなしのウクライナ
朝のテレビニュースが
海馬を一瞬よぎり消える

許される戦争
許されない戦争
出口ありの戦争
出口なしの戦争

爆音で起こされた三毛猫は
大きなあくびをしながら
世界中につながっている
青空から消える
ヘリコプターを探すことはない

72

 誕生日

きょう74歳の誕生日を迎えた
明るい陽が降りそそぐ庭を眺めながら
こうやってひとは静かに死ぬのか
あたりまえのことに戸惑う

これまでを一本の糸にたどり
ひとつひとつひも解けば
いつの時もこれがベストだと信じ
生きてきたつもりだったが
どこかでからみもつれたらしい

もしかして生まれすぐ泣いた時から
もつれ糸という
運命を背負い今日を迎えたのかもしれない

死は道理などではない
生の一部であるのかもしれない
それなら素直に受け入れるべきだろう

ひまわりの大輪に射す光をみながら
わたしはひとりつぶやく
今晩をぐっすり眠れる
布団と枕があればいい
静かすぎるほどの朝のひととき

71

 空はつながっている

もっと優しい冗談をかけあい
世界を築きあげればいいのに
ミサイルなんか飛ばし合い
眉間に皺を寄せ
いがみあいもつれくんだって
なにひとついいことなんかないよ

みんなで自分の顔を鏡で見るがいい
目の玉だけが憎悪でとぐろをまき
やつれひからびた皮膚がはりついた顔

そして
冗談ではない異次元の世界で
あなたたちは戦い死んでいく

息を引き取る時
あなたの体内時計は逆回り
いつか見た故郷の青空を思い浮かべ
父や母の息づかいにふれる

冗談で頬をつねってくれた父の太い指
冗談でおちんちんをプルプルしてくれた母の指
あなたは一気に走る
すべてを無にするためにミサイルより早い速度で
誰も語れず天国の世界に飛ぶ

わたしたちはきっぱりとした言葉で
いのちの重さをまだ知らずにいる
テレビニュースで戦争がサーフィンしている

今宵は中秋の名月
水も空気もなくひとを拒み続け
ただ 煌々と輝くあなたに問う
いつも月は語らず
ひとは沈黙に耐えて生きるべきかー。

70

 雨音を聞く

かまぼこ屋根の家が見える
二つ窓から
電球色のあわい光
窓辺に花瓶に活けられた
名もわからぬ花のシルエット

彫刻家の夫婦が
住んでいるはずだが
人影は見当たらず
時間が止まったように
夜はどんどん沈んでいく

壊れたままの心で
今日も終わってしまうのかー。

人の生は
壊してはいけない
いけない いけないと
言葉が放射状に拡散する

あっ 雨が激しく降ってきた
あっ ぱっと灯りが消えた
漆黒の闇が広がる
今日という日は幕を閉じた
まるで
世界のすべてが
宇宙に吸い込まれたようだ

69

 サラダポテト

おいもちゃんを
ゆでゆでして
あつあつおいもちゃんは
冷たいシャワーをあび
サラダボールにお引っ越し

それからあかりの出番だよ
ポテトマッシャーちゃんで
おいもちゃんこねこねくすぐる

こねこねこねこちゃん
かわいいこねこちゃん

だあちゃんは
赤いのやら緑いろの野菜
パラリンコとふりかける

サラダポテトちゃん
あかりはいただきまーす。

68

 壊されるもの

何かが壊されていく
音もたてずに壊れていく
誰かが叫びながら逃げまどっている
消防士が燃えている建物に放水している
わたしはそれを傍観者として見ている
しかしそれらの音声は
わたしの耳にはとどかない

どんな事情が背後に潜んでいるのだろう
わかろうとしてもわからないけど
空が壊れ 大地も壊れ
ひとの命も壊されている

ひとつの破壊音も
ひとつの苦しみの声も
わたしの耳には聞こえないけど
たった一つしかない
人の命の奪い合いをやっている
わたしの心音だけは
しっかりと聞こえる

テレビのボリュウムをオフにして
ウクライナから送られてくる映像を
黙って見ているだけで当事者ではない
そして
わたしは生きている

67

 許され坂

その急な坂を越えれば
もう一つの緩やかな坂があり
その坂は許され坂と
いつも通る人たちは呼んでいる

なんでも許してくれるけど
立ち止まり休んだり
うしろを振り向いたり
すれ違う人とあいさつもせず
足もとを見つめ俯いて
祈るという言葉を捨て
両足を交互に出して進め
黙してただ坂をあがる

何度も伝えを聞いていたのに
許され坂のまん中で
わたしは息切れして立ち止まり
空を見上げてしまった

真っ青な空は
ぴくりともしないで広がっていた
それでいいんだと
語りかけているようだった

66

 明るく

明るい夏の昼下がりだった
あなたが送ってくれた
缶ビールを飲みながら
つとめて明るくふるまい
あなたのことを考える

精神的な病の回復は望めず
もちろん社会復帰など
無理 無理とクビを振った

開けっ放しの窓から
生温かい風が入ってくる
そのたびにカーテンの裾が波うつ

いみじくも生とは
誰もが心もとない不安を抱え
その日を懸命に繋いでいる

あなたが胸底に抱えている
心の痛さもわからず
あなたが信じている
明日への期待もわからない

あなたにかける言葉がわからず
ゴクリと冷えたビールを
喉もとに流し込む
明るい夏の暑い昼下がり

65

 輝く月と地球

月夜の晩
月は煌々と
ひとりで照っている
地球も青々と
ひとりで輝いている

やっかいなのは
地球にはニンゲンという
争い好きな
生きものが住んでいる

戦争は有史いらい
何度も繰り返され
多くの犠牲者を生み
大いなる反省をする

そして
今日もどこかで戦争は起きている
月は黙って見ている
地球も黙って見ている

64

 大黒柱の朝

朝の静寂を食べに
わたしたちは
霞ヶ浦湖岸の
花蓮園を歩いた

あなたは
真如蓮と名がついた
大きな白い花びらに
そうーっと顔を近づけ
蓮花の匂いをちょうだいする
「ああ、いい匂い」
ほのかな香は
あなたの胎内をめぐる

水生植物園を見ながら
「あっ、ミソハギ」
「私の庭にも植えたけど駄目だった」
ひと呼吸して呟く
「やっぱり水が恋しいのね」

湖と花蓮園を一望できる
展望台であなたは小さく深呼吸
「ああ、気持ちいいい」
さわやかな風を
からだいっぱいに抱く

メロディー遊具に近づくと
マレットを取り出し
ゆっくりと鍵盤を叩いていく
赤とんぼの懐かしい童謡
静まり返った公園の朝をゆったり

ひだり手に持つ
清涼飲料水のボトル
十三回忌を迎える
亡き夫からの贈り物
結婚指輪がキラキラ光る

「一家の大黒柱だから頑張らなくちゃー」
いつか聞いた弾んだ声が
清々しい朝の風にのり
わたしの体内を駆け巡っている

63

 まわる扇風機

悲しみの空には
悲しみの色にしか見えない
喜びの空には
喜びの色にしか見えない

悲しみと喜びとに
空を真っ二つに
分けることはできない

扇風機の生温かい
風を受け見上げる空は
黙して広がっているだけ

湿った風景
乾いた風景
湿ったこころ
乾いたこころ

次々やってくる
喜びと悲しみも知らず
扇風機はまわり続ける

62
 大生の祈り

大生の
人々は
朝な
夕な
大地の恵みとともに
労わり合い
この瞬間を
生きている

ありがたきことに
礼をつくし
神に手を合わせ
祈る
幸あれ
幸あれ―

61
 政治家の死

その男は
走りながら死んだ

素直に言おう
あなたは
好きな政治家でも
嫌いな政治家でもなかった

ただ、凶弾に倒れ
尊いいのちを絶たれ
無念の言葉を吐くことも
美しい国ニッポン
あっけなく沈んでしまった

自らを励まし
一発目の弾丸で
あなたは
うしろを振り向いた
未来はかき消され
空は青かったことも
知らずに息絶えた

翌日の朝刊を
わたしは読まなかった

60
 蚊取り線香

蚊取り線香の煙を追い
未来を占う

風もないのに
まっすぐに昇らず
むらさき匂いを漂わせ
煙は ゆうらり ゆうらり

占うべき未来が見えない
どうしたものかと
自問をすれば
すべてが終わったのだー

むらさき匂いに
くるまれた
風が教えてくれる

燃えつきる痛さも
教えてほしいと尋ねる
わかっているだろうー

それだけだったー。

59
 戦争について

戦争というひらがなを
書けるようになったのは
いつごろからだったろう

戦争という漢字を
覚えたのはいがぐり頭の
中学生のような気がする

戦争というのは
人と人が殺し合うものと
知ったのはいつだったろう

バーチャル世界の戦争は
火薬のにおいも
血のにおいもないけど

本当の戦場では
生身のニンゲンの
異臭が漂い
舞う蝶
飛ぶ小鳥
野に咲く花も
顔をしかめていること
知ったのはいつだろうー

58
 老人よ、ふり返るな

老人よ
ふり返るな
過ぎ去った日々を

白髪を逆立たせても
ツルツル頭をなでなでしても 
曲がった腰をのばしても
嫁入り道具のひとつ
桐たんすをひっかきまわしても
こんにちはと戻ってこないのだ!!

老人よ
昨晩は久しぶりに
携帯で幼ともだちと
よだれを舐めなめしゃべり
翌朝はまったく
記憶にございません
ただただ
たれたまぶたをこすり
冷たい水をごくりと飲む
腹わたにしみいるうまさ
昨晩の酒は何だったのか!!

老人よ
子どもをあてにするな
孫はもちろんのこと
ひ孫もあてにするな

だったら老人は
誰に頼って生きればいいんだ
そんなのわかるはずがないよ!!
棺桶に訊け!!

57
 死んだゴキブリ

今、蠅たたきで
一匹の黒い物体を仕留めた
カーペットに張り付き
ぴくりと動かない

死んだものと
生きているものが
同じ時間を共有している
不可解な喪失感を覚える

蠅たたきで
蠅ではなくゴキブリを
殺す行為におよび
此岸と彼岸の線引きを
しなけばならなかったのかー

永遠の問いに
わたしは
殺されゴキブリ
同じ運命を
たどるのだろう


56
 満月の夜に

あなたは
いつものところへ
行きたいという
いつものところって?

わからないけど
いつものところへ行けば
すべてが許される

わたしは満月の夜に
いつものところへ行きたい
そんなことを
いつもの考えている■
聞きたいこと

わたしはあなたに
聞きたいのです
自らに問いただした
生きた言葉を
発することを願い
あなたの声で
聞きたいのです
その声がしわがれ
震えていたとしもいい

戦争という名のもと
人を殺してもいいのかと
人の命を断絶させる
行為の重さを知ってほしい

静かに武器を捨て
いつもの朝の空気を吸える
故郷に帰ってきてほしい

55
エイプリルフール

だれか
そのロープを
はずしてくださいよ
ひとりの少女が叫んだ朝
冬空は真っ青だった

桜の木に紐をつるし
クビをくくって
恋人は死んでいた

ひきずり降ろされた
死体にしがみつき
エイプリルフール
エイプリルフール
エイプリルフール
連呼しながら泣き崩れた
ひとりの少女の涙は
凍てついた
大地に消えていった

54
 世界の平和とは

朝5時に目を覚まし
窓をあけ外に目をやる
深緑のこんもり山は
ぴくりとも動かない
静まり返った朝の空気を
乱したくないのか
風は息をひそめている


わたしはゆっくりと
わが家自慢の「コロコロ花壇」を見る

「心」の漢字模様の花壇をつくり
「こころ花壇」と命名するには
照れくさく「コロコロ花壇」とした

朝は静かに明けたいく
物音ひとつしない世界は
眼前にひろがっている

世界の平和とは
この静寂さをさすのか
ドキンドキンと
わたしの心臓は鼓動しており
無音の世界ではないはずだが

きっと世界の平和とは
ただあり続ける静寂さを
人々は望んでいるはずだー

花壇は平和という
漢字にすればよかったか
それには庭が狭すぎる

庭の敷地を勝手に
広げることはできない
地球が誕生した時には
国境はなかったはずだがー

53
 悲しみ

突然
ゴッホ「悲しみ」
デッサンを
思い出す

悲しみで涙流す人は
風邪をひかないという

詩人は涙を流しながら
戦争反対の詩を書いた
どんな言葉をならべても
一発の弾丸も
一台の戦車も
一発のミサイルも
止めることはできなかった

詩人は翌朝
風邪をひき
永遠に寝込んでしまった

52
ねえ あんたぁー

ねえ あんたぁー
なんで生きてんの
両足の太腿は痩せ衰え
味覚どころか五感も消え

腰をまげて
支柱を失った体を
労わり 褒め 喜び
なんで生きてんの

わたしにはわからない
あんたにもわからない
わからないけど
二人は
生きているんだよねぇー

51
 沈むみどり

みどりが沈む
音もたてずに
みどりの濃淡は
重なりあい
闇夜にひきこまれる

深い眠りについた
みどりは
夢みることなく朝を待つ

朝焼けにそまり
みどりたちが
一斉に目覚めた時
さあ、ハッピーな
一日にしようぜ!!

そんな言葉を交わせる
朝を期待して
みどりは沈んでいく

50
 世界の平和とは

明るい朝5時に目がさめ
いつものように窓をあける
目の前の風景に目をやる
こんもり山の深緑は動かない
風が吹いていないのだ

そして静かに
ころころ花壇に視線を送る
「心」の漢字模様の花壇を作り
「こころ花壇」と命名するには
自分の心の奥底を見られているようで
ころころと逃げ名づけた

朝は静かに明けていく
物音ひとつしない
照れるように
世界の平和とは
この静寂さをさすのではないか
問いかけこたえてみる

わたしの心臓はしっかりと
休みなく鼓動を打っているのだから
無音の世界ではないはずだが

きっと人々が求める
世界の平和とは
ただ在り続けるという静寂さを
願い祈っているのではないかー

49
 嘘人たちの饗宴

ハレの日の今宵
フェクが世界中を飛びかい
流れ星がにやけ顔
上弦下弦の
月は笑いころげる

嘘をついているのは
ほかでもない
君かもしれない

嘘に色も匂いもない
嘘に真っ白も真っ黒もない
嘘に格差なんてあるはずもない

勢ぞろいした嘘たちは
上座から下座まで
嘘をたっぷり書きこんだ
紙吹雪を世界中にまき散らし
歓喜の宴を催す

どれが本当でどれが嘘かなど
だれにも分からない
さらに真実となればなおさらだ

48
草むしり

かんてんより
やわらかくなり
とろけてしまいそうな
くらくら頭に励ましの
エールをおくり
わたしは毎日
庭の草むしりをする

生の真っ只中にある
雑草と呼称される輩は
抜き取っても
ひちぎっても
次々と現れる

おまえさんの
引き抜き抜かれた
根っこを見て考える

生きていることは
根っこと大地がつながり
天からのもらい水と
太陽の恵みの光を受け
生かされているのだ

雑草は知っているはずだ
ニンゲン誕生以来
世界の各地で繰り広げられる
かくも言葉なき愚かな戦い
かくもニンゲンとは
こんな生きものだったのか

爆弾が地上を吹きとばせば
雑草だって死んでしまうのだー。

47
 片腕のない男

自転車の三角乗りを卒業して
大人乗りができると
片腕のない男から
新聞の数え方を教わった
片腕のない男から
折込み広告のいれ方を教わった
片腕のない男から
新聞を配る順路を教わった

片腕のない男は
戦場へ狩りされ
海を渡った遠い島で
片腕を失ったことを
ぼくにはいわなかった
でも ぼくは
誰かに聞いて知っていた

片腕のない男は
右腕の長袖を半分に結び
いつもぶらぶらさせ
両ひざで新聞はさみ数え
半分のスピードで折込み広告を入れ
誰よりも大きな新聞束を
自転車の荷台にくくり
片腕のない男は新聞を配達していた

片腕のない男から
月末に茶封筒の給料袋をもらった
ぼくは意味もわからず母に渡していた
いつも母は両手をあわせ受け取ると
ふっくらした手で
ぼくの頭をなでてくれた

46
 青空の何処は

ウクライナの
青空を見たいと
目をこらし
遠くの空に
視線を送ったけど
ニンゲンどもの
無慈悲な行為に
嘆き悲しみ
涙腺は堰を破ったのか
涙空しか見えない

45
 風の悲しみ

風よ知っていますか
いま 卒塔婆を揺らした風は
新しく刻まれた
墓名にも吹いたことを

ガンと診断され
もう会えないかも と
連絡を受け二カ月後
会うこともかなわず
あなたは逝ってしまった

追憶を道づれに吹く
春風に誘われ
お彼岸に墓参りに

お元気ですかと
声をかけても
卒塔婆がカタカタと
無慈悲に震えるだけ

風よこたえてください
風に優しさはあるのですか
風は悲しみだけを
運んでくるのですかー

44
 無情という昼下がり

今さらながら
にと
74歳を迎える
自分を思う
よくぞここまで生きてきた
はたして
生きるべきだったのかー。

明るい陽ざしが降り注ぐ
午後のひととき
ふさぎこむ気分を
まぎわらせようと
ひとりコップ酒を飲み
紫煙をくゆらせる

五体満足で今を生き
何が不満なのだろうー
死ぬには早すぎると
烙印をだれが押したのだろうー

かくも長く生きながらえた
自分のしたたかさに
ただ驚くばかりだ

43
 しあわせ風さん

ねぇ、ママ 
風って
悲しみも
運んでくるのー

いじわるな
風さんは
そうだけど

やさしい
風さんは
喜びを
運んでくるんだよ

それって
しあわせ風さん
そう呼ぼう

42
 五月の空

ひらがなは
風さんにのって
泳いでいる
カタカナは
ママの肩こり
漢字は
パパの怒った
しかめっ面

風さんは
ないないずくし
どんな文字だか
ちっとも分からない

41
 ひんしゅく丼

ひしゃくを盛った
ひんしゅく丼に
青ネギを刻み
彩ってみる

ひんしゅく丼は
衣が厚く
具材は
忍者ごとく隠れ
正体不明

ただ出来立てのようで
湯気がこんもり山から
香ばしい匂いを漂わせ
ゆうらんゆうらん

40
 命を絶つということ

閉め忘れた
北側の窓から
悲しみを引き連れ
冷たい風が頬をなでる

線香の匂いが漂い
喪服姿の迷い人たちは
黑い影を床にゆれる

誰かの大声 
窓を閉めてよ
この寒さじゃ
自死を選んだ
あいつにすまないよ 

寒さで震えることも
暑さにあえぐことも
ないないずくしとなり

友は
天を仰ぎ
両手を合わせ
棺の中で
見果てぬ夢を追う

こうして
死んでしまい
これでよかったのか
それとも
もっと生きていれば
それもよかったのか

柱時計が
一番多い数をうつ
さあ、もう帰ろう
みんなには
明日もあるしなー。

線香はまだ
細い光りと
ほのかな匂いを
抱きしめながら
あちらさまと
こちらさまを
彷徨っている

39
 動かない風景
■  長瀬賞 応募予定

正午を知らせる鐘がなる
高台から見渡す家並み
通りに人影はなく
どの家も窓はぴたりと閉じられ
静かさにひれ伏し
物音ひとつしない

一軒の家のベランダで
三毛猫がまるくなって
うたた寝をしているのが
せめてもの生の息づかい   10

みんなは生きているのか
はたまた生きようとしているのか
風景の中に凝結してしまったのか
                 
突然 頭上から
爆音が降ってくる
驚いて空を見上げると
黒い塊が青いキャンパスを横切っている
ヘリコプターの重いエンジン音   10
空気を切り裂く風の叫び
共鳴音は家並みの静かさを破る

正午のテレビニュースでは
激しい爆音と破壊された街と
嘆き悲しみにくれる        
民衆の絶望が映されているだろう

動かない風景の中で
ベランダで眠っていた三毛猫は    10
起き上がり空を見上げあくび

まったく見えないという
遠い国のできごとではすまない
空はどこまでも青く国境はない
みんな生きようとしている      

高台から見える
動かない風景の中で生きている
これを忘れてはいけない
そんなことを呟いてみる       40行

38
 おどるポンポンポコリン

あかりは
まっ白ふかふか
大福をぱくつく

お口のまわりは
お白粉で
ほんのりうす化粧
       
あまい
あんこちゃんは
するりんこと
かくれんぼ

いまごろ
あかりのおなかは
ピーシャラピーシャラ
おどるポンポンポコリン

37
 通夜の冷たい風

閉め忘れた
北側の窓から
悲しみを引き連れ
冷たい風が頬をなでる

線香の匂いが漂い
喪服姿の迷い人たちは
黑い影を床にゆれる

誰かの大声 
窓を閉めてよ
この寒さじゃ
自死を選んだ
あいつにすまないよ 

寒さで震えることも
暑さにあえぐことも
ないないずくしとなり

友は
天を仰ぎ
両手を合わせ
棺の中で
見果てぬ夢を追う

こうして
死んでしまい
これでよかったのか
それとも
もっと生きていれば
それもよかったのか

柱時計が
一番多い数をうつ
さあ、もう帰ろう
みんなには
明日もあるしなー。

線香はまだ
細い光りと
ほのかな匂いを
抱きしめながら
あちらさまと
こちらさまを
彷徨っている

36
 万歩計

なんでこんな
5歳にならない
男の子まで歩かされて
いるんでしょうか?

なぜって?
理由は知ってるよね。
母は子の手を握りしめる

テレビの映像の
母親と子どもは
お使いにゆく身なり

わたしも歩いている
健康維持へ向けて
リセットした万歩計を
しっかり身に着けている
目標は7000歩

トルコ国境に生を託し
母子は25キロ先を目指し
歩かされている

万歩計って
どんなおもちゃ?
少年は母に尋ねる

母はこたえる
そんなこと
知らなくていいのよ
しっかり歩くことだけ

歩ききってほしい
そう願う
暁の空に
金星が輝いている

35
 青い空の詩

青い空を見て
青い詩を書いてみたい

白い雲を見て
白い詩を書いてみたい

朝焼けを見て
明日の
朝焼けの詩を書いてみたい

夕やけを見て
明日の夕焼けの
詩を書いてみたい

それだけです
ほんとうに
それだけで
わたしは
素直に
生きているのです
神さまがいるなら
どうか
信じて下さい

34
 役回り

薄暗い室内灯の下で
白いバックスクリーンを背に
わたしは大舞台に
初めて立つことができた

役回りとして与えられた小道具は
チリトリとホウキにモップ
モップを両手でしっかりにぎりしめ
台詞なしでただうつむいて
広い舞台を何度も往復する
くたびれ端役の掃除夫に
バックミュージックはない

どこかしこも生命力で漲っていた
新緑が眩しく輝く昨年の春先
定年退職後もからだが動くうちは
職種にこだわることなく と
ハローワークに通いつめるが
年齢制限の遮断機はおりっぱなし

最後に駆け込んだのは
シルバー人材センター
ようやく与えられた役回りは清掃員
ロングランの公演は一年以上続いて
いまだに幕が下りる気配はない

「休みやすみやってくださいよー」
「ここで倒られてもこまりますから―」
まご娘に似た女子職員の声かけ
やさしい気づかいを本物と信じたいが
想定外の仕事にふりまわされるのはごめん
とも、聞こえる

一二〇〇席の椅子には
ひとりの観客もおらず
非常灯だけがくっきり浮かび
沈黙し微動だもしない
もしかしたら
わたしは生まれた時から今日まで
観客席の椅子たちに
操られていたのかもー。

おっとっと まだ舞台から
転げ落ちるわけにはいかない
これが終わったら?
幼稚園に通うひ孫を迎えにゆく
役回りも与えられているのだー

33
 ドッジボール

ボールは目をまわす
温かな胸に抱かれると
ひと呼吸もおかずに
とんでもないスピードで
コートの空気を引き裂く

黄色い声は床を走り
天井の梁を揺すり
屋根裏にぶつかり
べそをかき飛びまわる 
              
全身の筋肉は緊張しっぱなし
ほとばしる汗は未来へ
子どもたちたちの躍動が
体育館を独り占めする

生きたことば
死んだことば
詩を書いているのは
どなたですかー 
詩を読んでいるのは      
どなたですかー

ゲームセットの笛が
体育館のざわつきを静める
くたくたのボール
コートのまん中で
いっぱいの水を飲みたい と
天空を見上げる

32
 雪ってなあに?

空から
降らない雪だって
キラキラ星の夜中に
だれかがこっそり
作った雪だって

あかりの
ほっぺより
白くて
冷たいんだよ

なんで
パパもママも
わかんないって
だあちゃん
教えて!

31
 その日の朝

その日の朝
新聞記事で
タゴールの映画を作った
女性の紹介記事を目にする

その日の午前
神戸朋子さん自ら訳した
タゴール詩集が贈られてくる

留美子さんが描いた絵を見る
日差しが明るさを増し
音楽と草いきれに酔う

「ヤシの木」を読む
ひとは二本の足で立っているけど
ふらふらとして落ち着かない

明るい午前の光は
寒さで震えている

30
 花粉症

今年もやってきた
鼻グズグズ
目チクチク
咳コンコン

おまえという奴は
性懲りもなく
三種の神器を求め

春のお告げとでも
心得ているのか
音もたてずに
匂いもなく
忍者よろしくやってきた

溜め息ともつかない
溜め息をつき
春空の下をうつむき

三種の神器に勝る
神々を求めて
薬局に駆け込む

穏やかに
春の海を漕いでと
手を合わせる

29
 命の水の道

いつもの散歩コース
シルバーゾーンの
道路標識がでんと立つ
老健施設のひわの園を通り
緩やかな坂道を上り
小松霊園の墓地内に入る

卒塔婆がカタカタ音をたてる
墓石の足下に目をやると
乾ききった土を突き破り
仏の座があいさつもなく
赤紫の花を小さく震わせている

昨年もここで見たはずだ
気がつくのが遅かったのか
気がつかないふりしていたのか

冬の乾いた大地から
いのちの水をもらい
今日を生き抜き
明日も生きる覚悟だ

明るい朝の光りに包まれ
そろそろ天からの水も欲しいと
冷たい冬の風に花びらを揺らし
空を見上げながら
合図を送ることだろう

28
 すとんと

すとんと
音もたてず
胃袋あたりに

生きろと
知らせてきたのは
だれだろう

すとんと
はらのなかに
あつまった
皆の衆は考える

すとんと
音もたてず
いちにちが
終わった
夕ぐれ

誰もいない
公園で
ブランコを
こぎながら
考える

すとんという
すとんとした
こたえを
さがして

27
 ことばの中に

はるか宇宙から
聞こえてくる
言葉を書きなぐっては
いけない と

青白い光りを放ち
囁きかけてくるのだ
あなたの大切なひとに
伝える言葉を書きなぐれば
言葉は悲しむだけ

愛を語るにも
地球の片隅で
人々の嘆く声にも耳を傾け
どこかで拾ってきた言葉を
書き並べてはいけない

身の丈にあった
あなたの言葉を探し
掌にそうっとおいて
温かな息を吹きかけ
言葉にいのちを授け

優しさを
ひとりじめすることなく
宇宙にとき放し
限りない自由を
わかちあうのだ

26
 フルコース

テーブルに
運ばれる
ものがたりは
フルコース

オードブルは
はるかむかしで
味も匂いも忘れた

記憶にとどまる
スープ皿から
ゆらゆらほんのり

魚から肉料理に進むと
味や色どり匂いも
しっかり刻まれている

なにかに
憤怒に煮えたぎり
なにかの
明日を信じ
なにかを目指し
馬車馬となって
駆け抜けた
コンクリートジャングル

満腹になった
フルコースも
残るのは
デザートとコーヒー
エンドレスは
真っ白なナプキンで
きれいにふくことにしよう

25
 朱里のひみつ

かくしても
かくしきれず
すぐみつかるもの

おかおでかがやく
キラキラおめめ
ふっくらほっぺ
まっしろいはの
さわやかこうしん

もっとあるけど
あとはひみつ
あかんべえだよ

24
 真実なんてー

真実なんて
黑いベールに覆われ
闇から闇へ
葬られてしまうのさ

その覚悟を決め
耳をかたむけうなずく
真実と信じたほうが
すっきり心になれる

隠されたことばの
影をひろいながら
見えているようで
見えていない世界を覗く

真実らしきものに
世界中のひとは溺れ
もがき
悲しみ
狂喜のまま
よろいで身をかため
わが家の
金魚ちゃんと等しく
今日も生きている

生きるという嘘は
罪ではない
太古からあったのだ

23
 空飛ぶ難民

街なかの街路樹に
数えきれないほどの
ムクドリが集まりフンをした

空から降ってくるものは
ひとは防ぎようがない
頭の上にフンが落ちも
糞害だと憤慨しても
ムクドリは知らんぷり

鳴き声がうるさいと
対策を講じられた
ムクドリの大群は
空飛ぶ難民となった

祖国を捨てた難民は
着の身着のまま
アリの隊列のように
歩いているのをテレビで見た

空を飛べない難民は
一歩ずつ足を進め
明日への生を賭ける

空飛ぶ難民となった
大勢のムクドリたちは
翼にいのちをかけ
生きのこる場を求める

翼をもたない難民
翼をもつ難民
共通するのはひとつ
赤い血を持つ生きもの

まんまるい地球で
朝があっても
昼があっても
夜があっても
傘をささずに休める
やすらぎの場を求めー。

22
 居場所

片足だけの
スリッパは
寂しそうに
上がりかまちに
片足だけの革靴は
ほこりを被り
靴箱で沈黙

片足だけの
スリッパも革靴も
逃げた
のではない
不慮の事故で
男が片足を
うしなってから
居場所を見つけ
決めたのだ

そこにはかつての
匂いと汗がしみ
生の営みが
ふつうという
ことばで
満たされていた

ふつうで
なくなることを
問い
ようやく
見つけた
居場所

ふつうという
世界をー。

21
 秋の悲しみ

夏、あんなに緑濃い葉っぱを
大波小波よろしく揺らせていた
こんもり山の樹木たちは

秋、真っ赤な目をして
泣きながら散っている
流した涙の行方を追い
果たすべく約束があった

地上に棲む生きものたちが
生き残るために
約束の枯れ葉を落とすのだ

運悪くアスファルト道路に
散った葉っぱは泣いている
いつか道路際に吹きとばされ

ほうきで掃き集められ
赤印の燃えるごみの袋に
清掃車がやってさようなら
ああ、悲しき秋の夕ぐれ

20
 もっと昔は

もっと昔
たくさんのひとが
生きていたて
口をあけて話し
身ぶり手ぶりで
悩みや喜びを
ぶつけあっていた

いつのまにか
ひとは
水のなかで
やりとりすることを
覚えてしまった

五感を失ったひとは
うつろな目で
モニターを追い
殺されてしまった
19
 それから

それからを考え
あなたを抱いてみる

からむということ
もつれるということ

みんなはみんなで
ひとつになろうと
声をあわせ
愛撫するけど

みんなは
ひとりの世界に
はいりたくて

まんまる地球を
はいまわり
それからは
忘れているのだよー
18
 もっと昔から

あまおとを
きいたけど
ゆきおとを
きいた
おぼえはない

涙を見たけど
涙が流れる
音を聞いた
ことはない

きっと
だれにも
聞いて
ほしくない音は

先祖からの
言い伝えを
まもりとおし
沈黙の重みを
知っているのだろう

17
 明るい朝

楽しく死ぬ!!
これがいい!!

明るい午前の朝
もっと生きてみたら
誰かが耳もとで囁いた

まばゆい光は
窓いっぱいから射すのに
部屋は冷えて寒かった

声の主はしっかりと
きっぱりした口調だった
だれだろう なんでだろう

昨日と今日と
明日という日のはざまの
あやゆい時間にも聞いた

死ぬまえに
生きてみろ!!

16
 スタイル

傘をさしぼんやり
水ぎわにたたずむ
どういうスタイルが
似合うのだろう

川面にスタイル映す
降りやまない雨
無数の水玉が広がり
すべてを否定する

季節は巡り
別れはもうすぐと
風の便りに知らされた

ひとは水際にたたずみ
自分のスタイルを探し
彼岸を目指していたのだ

なみだ雨という
とんでもない日
ぼんやり
水ぎわにたずむ

生きているなんて
こころの引き算ー
死んでしまった
あなたのふるえる声が
どこからともなく聞こえる

15
 死んだ金魚ちゃん

二匹の金魚ちゃんは
何も問いかけぬまま
死んでしまった
だけど
何も恥じることはない

明るい午後
いつものことのように
光りは水槽に射し
キラキラ弾けていた

いつものことのように
重なり抱きあったりせず
二匹ならんで
ぽっかり水面に浮いていた

たくさんのものがたりを
金魚ちゃんは紡いでくれた
もう続きはないよと
金魚ちゃんは黙していた

14
 静かな最後

階段の下で
ひとり暮らしの母は
息をひきとっていた

最初に見つけて兄は
じーっと母を見つめ
いい死に方をした
思わずつぶやいたという
してくれなかっではなかった

母は会うたびに
ぽっくりがいい
最後の願いを
神さまが叶えてくれれば

誰にも伝えず
美しくたおやかで
凛とした顔をしていた
兄は逝った母を
心底に褒めていた

はじまりがあれば
おわりがあることを
母は階段の
一段目を上るか下りるかで
倒れ息絶えた

きっと神さまに導かれ
八十七年という人生に
自らの手で緞帳をおろした

いい死にかたーと
そんなことばは
あるんだろうかー。

13
 肩書き

窓越しから見える
雑木林に
こんもり山と
名づけた

こんもり山は
いつものように
朝の空気をすいこみ
息づいている

小枝のふるえ
葉音のこすれあう音
地にすむ生きもの
飛び交う小鳥たち
みんな仲間に抱き込み
静かな朝を受け入れている

そんな雑木林に
こんもり山と
恥じらうこともなく
肩書きをつけてしまった

雑木林は求めることは
なかったはずだ
肩書きのついた呼称を

肩書きなんて
気ままに通り過ぎる
風そっくり
なんだねー

12
 静かな最後

階段の下で
ひとり暮らしの母は
息をひきとっていた

最初に見つけて兄は
じーっと母を見つめ
いい死に方をした
思わずつぶやいたという

母は会うごとに
ぽっくりがいい
最後の願いを
神さまが叶えてくれれば

誰にも伝えず
美しくたおやかで
凛とした顔をしていた
兄は逝った母を
心底に褒めていた

はじまりがあれば
おわりがあることを
母は階段を上る
一段目で倒れ息絶えた

きっと神さまに導かれ
八十七年という人生に
自らの手で緞帳をおろした

いい死にかた
そんなことばは
あるのだろうかー。

11
 みっちゃんへ

赤いポストの前に立ち
エィヤーと気合を入れて
投函するんだよ
宛先は
ふるさとに住む
幼なじみのみっちゃん

みっちゃんが
重い病に臥せている
陽が短くなる
秋の夕ぐれ
一枚の枯れ葉につづられ
伝わってきた

みっちゃんの年齢は
はちといちを合わせた数字
もうつぎの居場所を
幼なじみたちの
だれもが知っている

赤いポストみたいに
すくっとした姿勢をと
震える手で認めた

風通しのいい言葉は
うまく書けなかったけど
たったいまポストに
ポトンと落ちる音がしたよー

あっ、どこかで犬が
勢いよく吠えている
みっちゃん みっちゃん みっちゃん

10
 男と女

歓びの
絶頂は
にげない
にげるわけがない

おもいいきり
からだを
くゆらせ
あなたを
受け入れる

あつく
うれるマグマ
うずき
なみがたち
燃えつきそうだ

ねぇー
この世界は
いつまでもよー
だれかが
囁いている

誰だろう
わたしは
どんどんいなくなる
おとことおんな

それでいいよ
だれかがまた
囁いているー

9
 呼吸をしていない

最初のドンドンは
深夜の巡回を終えた寝入りばな
「医務室のカギを開けてください」
「ハイハイ、待ってて」

慌ててマスクをつけて
合鍵をわしづかみ 布団から出る
若い介護士は女性
「呼吸をしていないんですー」
「想定外です」足早に医務室に駆け込む
「あった」と声をあげる
書類を見ながら受話器を片手に
早口で話している 聞くまでもないー。

わたしは部屋に戻り布団にはいる
週二日だけの当直なのに大当たり
前回はベテランの介護士
不意の出来事を淡々と進め醒めていた

二度目のドンドンは朝四時ごろ
「先生が来るそうです。玄関のカギを開けてください」
「家族は来ないと思うんですがー」
どういう意味かよくのみ込めない

嘱託医は特老施設に隣り開業している
白衣に手提げカバンを手に徒歩でやってきた
入所者の部屋へ案内され間をおかず医務室に戻り
机に向かい書類にペンを走らせる

「先生帰りますから玄関の鍵を閉めてください」
わたしは慌てて先生の背中を追い越す
無言と足音だけが広い廊下に響く

東の空が明るくなり
流れ星が夜空を音もなく横切った
世界中のどこかの片隅で
真綿にくるまれた
新しい命は誕生したのだろうー

8
 大黒柱  がんばる人

欲張りといわれてもいい
願いごとを三つ唱える
難病を抱える家族のことだ

発達障害を持つ娘
統合失調症で
七年巣籠りの弟
九二歳になる母は
自力では歩行困難な
身体障害者

希望の光を求め
拝殿で柏手をうち
消えてしまわないように
ぎゅっと抱きしめ
足早に奥宮に向かう

冬の弱い木漏れ日は
樹叢の間を縫い
掃き清められた参道に
点々と射し込んでいる(光りのわだちを作っている)(飛び飛びの輪を作っている)

日向はゆっくり歩き
薄暗い日陰は足早に過ぎる
わたしは明るい光が欲しい

神さまはこれまで
願いごと叶えてくれたのか
これまでの時間をもどしてみる

聞こえてくるのは(耳朶の奥底から聴こえてくるのは)
家族全員でのハイキング
空はどこまでも青い日曜日
天を見上げだれかが呟いた
神さまはいるんだろうか?
神さまなんていなよ!
おにぎりはここにあるよ!

わたしは信じたい
信じたほうがすっきりする

生きて 生きてきて
みんなの今日はある
奥宮の神殿では
なにも願わず
手をあわせるだけにしよう

7
 水の記憶

朝霧がゆれる
雑木林の小道を
枯れ葉を踏みしめ
せせらぎの小川を目指す

昨晩は寝付かれなく
うめき声を発し
速射砲のように
誰かを罵っていた

なぜ黙って
ひとりで
逝ってしまったんだ

草いきれむせる川べりで
ふたりして腹ばいになり
小川の水を飲んだのは
夏の太陽がまぶしい日だった

水は河川改修されても
生まれた道を憶えている
大雨で氾濫するのは
生まれた川に
ただ還ろうとしてるだけ

あなたは生まれ故郷へ
帰っただけだろうか
自死という覚悟をもって

わたしはひとり小川を見つめ
命の閉じどころとは
たったそれけのことかもしれない
と 思うのだ

6
 進化するもの

ホモサピエンス誕生から
気が遠くなるような時間を経て
ぼくはたまたま地上に生まれた
たまたまの運がよかったのだ

ぼくの存在を知ってもらいたく
つたない言葉をたくさんならべ
ことあるごとに吐きだしてきた

それは愛する人だったり
野辺に楚々と咲く
名も知らない草花だったり
土のなから這い出してきた
ミミズや幼虫だったり
生きとし生きるものたちに
だれも聞いていないと知りながら
舌足らずのことばをならべてきた

生まれたのはたまたまではなく
ホモサピエンスの世界は
永遠であると信じていたからだ

何か大切なものを忘れている
ふいに思い出したように気づく
秋の澄んだ空に流れる白い雲

いつかどこかで見た雲に似ている
大きなキノコ雲ではないかー
あれは遠い昔のことではかったかー

それはホモサピエンスの
徒労という進化のはて
ぼくが生まれたのは
それを確かめるために
たくさんのことばをならべ
大いに満足していたのだろうかー

5
 歩く

いっぽ
歩いても
明日は来ない
在るのは
昨日と明日に
はさまれた
今日だけ
だから
いまを
いっぽ
いっぽ
歩いていく

4
 安らぎの時

ひとりに
安らぎを与えることは
もうひとりが
たくさんの
苦労をしていること

生まれたということは
死んでみるという約束が
最初から交わされていたこと

生きたくない
死にたくない
この分水嶺を
知っているのは
きっと
死んだ人たちだけだろう

めんどうなのは
まだ生きていることだよ

3
 誰かが言っていた

にんげんは
生きているより
死んでいる時間が
はるかに長いんだよ
はるかじゃなく永遠じゃない

だから死んだらどうなるかと
昼は目をあけて
夜は眠りながら
考えているんだよ

誰かが言っていた
死ぬことについて
考えるのは死んでからにするよ

死んでから分かっても
死んでからの世界を
誰にも教えることはできない 
学ぶことも伝えることもできない
謎は永遠の宇宙で漂うだけ

昨日は死んだ時間
生きているのは今の瞬間だけ
明日のことなんか
誰も分かるはずがないよ

誰かが言っていた
ニンゲン死んだらゴミだよ
ゴミの始末をするのもにんげん

せめて白い骨に
死後の世界を
書き残してるのではと
次ぎの出番に備えて
骨上げをしているのもにんげん


 大黒柱 

鹿島神宮で
欲張りだけど
願いごとを
三つ唱える

発達障害の娘
弟は統合失調症で
七年巣籠り
九二歳の母は
歩行困難となり
身体障害者

おみくじをひいて
大吉と信じ
見ることもなく
大吉をぎゅっと
強く抱きしめ
玉砂利を踏み足早に
奥宮に向かう

冬の木漏れ日は
樹叢の間を縫い
清められた参道に
ゆらめきこぼれている

暖かい木漏れ日はゆっくり
薄暗く冷たい日陰は
足早に歩を進める

大吉を抱きしめ自問する
これまで
神さまは一度だって
願いごとを
叶えてくれたのだろうかー

時間を巻き戻す
家族全員でのハイキング
空はどこまでも青い
天を仰ぎ
だれかが言った
「神さまはいるんだろうか?」
「神さまはいないけど
おにぎりはここにあるよ!」

わたしは信じたい
神さまとおにぎりは同じ
そのほうがしっくりする

みんな生きてきて
みんなの今日はある

みんなの大黒柱なんだから
奥宮の拝殿では
なにも願わず
手をあわせよう 



怠惰な散歩2017年 10 11 12
怠惰な散歩2018年 1     4  5 6  7   8  9 10 11  12 
怠惰な散歩2019年            8   9 10  11   12
怠惰な散歩2020年  1      4  5        9 10  11  12

   poem 2019 ぼんやりとした時

   poem  2020 ほうきの音

   poem  2019年より詩誌に発表済