便利さに
酔いしれた
若者たちは
点とてんの言葉だけを追い
ありてい場所を
探すことに夢中
スマホで
言葉のサーフィン
赤ちゃんのような細い指で
言葉の波乗りに没頭
世界はあっという間に
前頭葉を一周する
そこには
風の匂いも
花の香りも
冷たさも温かさもなく
自然のいのちは
仮死状態
「今なにしてる?」
「いいね」
「コメントする」
「シェア」
なにやら義務教育では
教わらなかった
言葉が飛び出し
あたふたする団塊世代
枯葉のような
骨粉のような
言葉の大合唱が
世界中の空を駆け巡る
発信したヒトも
受信したヒトも
絹豆腐に
ひとしずくの
醤油をたらしたような
言葉で応じる
121
酒を飲みながら
ひとり詩集を開き
紫煙をくゆらせ
詩をひもといてゆく
ページをめくる
カサカサ ザラザラ
こすれる紙の音
もしかしたら
これは詩人の声かー
窓から差し込む
暖かい陽の優しさに
ウトウトする
言葉が霞みだし
コックリコックリ
わたしはわたしの
もうひとつの世界へ
いともたやすく導かれる
詩集は手からぬけ
足もとに落ちる
そんなことも知らず
詩人の名も詩も忘れ
わたしは深い闇へ
どんどん引き込まれる
詩集は
睡眠導入剤という
処方薬だったのだろうかー
120
冬の冷たい風は
湖面をつたい
地上に運ばれ
田んぼを走る
走り疲れた風は
冬の弱い日を受け
破れすがたをした
案山子でひとやすみ
かかし
ひもじ
さみし
案山子は声を震わせ
一枚の綿入れ半纏を
恵んでくれませんか
肩で休んでいる風に祈る
風がそうっーと囁く
祈りで救えることは
なにひとつありません
案山子はそれでも祈る
誰かが
気ままな風にのせ
届けてくれるかもー
凍えそうな風に
温かな吐息を
いくども吹きかけ
祈ることをやめない
119
こんもり山の
干し草の上で
空を見上げて寝よう
うつうつしながら
いつかの日に
思い巡らしてみよう
ああしたこと
こうしたこと
まぶたを閉じ
語りつづけてみよう
そして
果たせなかった
夢の数々を
干し草の
甘酸っぱい匂いに
みんな
包みこんでしまおう
118
切り倒された木は
燃え尽きる
ことを知っている
枯れ木となり
小枝をこすらせ
自ら火をおこし
燃えだし
燃えつくすと
灰となり土に還る
あたりまえのことを
一年木も
千年木も
みんな知っている
ニンゲンは消えることは
知ってるけど
自らの力で
燃え尽きることを知らない
だれかの力をかり
自らを燃焼させ
ひとつぶの涙も
流れおちる涙も
知らないまま
白い骨となる
ニンゲンは
あまりにも
知らないことが
多すぎて
燃え尽きることの
熱ささえも知らない
だから
ニンゲンは生きたふりや
ニンゲンは死んだふりを
できるのだー。
117
朝陽を受けた
二番穂が黄金色に染まり
輝きを刻々と増していく
あなたが見ていたものを
わたしは視つめている
あなたが聴いていたものに
わたしは耳をかたむける
百姓の倅として生まれ
跡取りの長男として育てられ
がんじがらめの
百姓ニンゲンなら
百の仕事をこなさなければ
鎌を持ち コンバインを操り
手ごたえのある土と闘い
パソコンに向かいキーを叩き
あふれるような
情報を素早くえり分け
瞬時に対応しなければ
現代の百姓は波に乗り遅れる
そう豪語して走り回っていた
そのあなたは
ひとりの妻と
ふたりの子どもと
さんにんの孫をのこして
あっけなく死んでしまった
二番穂のような奇跡もない
あなたを追い求めるように
あなたが見ていたものを
うたかたという言葉を
噛みしめながら
わたしは見ている
116
詩人会議 題材自由 23字36行(タイトル別)1月16日締め 応募予定
■
初恋のときめきは
白いマスクをしていても
君には伝えることができる
寒さはシンシンと
セーラー服にも
ワンループ巻した
マフラーの間からも
息を殺すように
シンシンとやってくる
白い息を吐き
白い息をもらい
それこそ
つかまえどころのない
ときめきでの中でも
寒さはシンシンと
重ね着をしている
ふと
目が合った
恋人の眼に映る
青空の輝きに
吸いこまれそうになっても
寒さがシンシンと伝わる(寒さはシンシンと足もとからも伝わる)
寒さは
凍えるような声で
ささやく
寒さに震えているけど
君のハートは
熱く燃えているよねー。
115
淋しさは
一夜漬けでなかった
その日も
その夜も
つぎの日も
またその次の日も
凍えながら
息を殺し耐えていた
こらえきれない
淋しさなんて
あるものか
すべては
さよならもいわず
過ぎ行く
時間が解決してくれる
時間は空気のようなもの
なにもないと
宙ぶらりんになり
一夜漬けは
淋しさを取り戻す
淋しさは照れくさそうに
瑞々しい色を輝かせ
食卓の片隅で
一輪差しの可憐な
花のように華をそえる
耐えていた淋しさは
すっかり忘れ
おしんこと呼ばれながら
箸の行方に
わが身をまかせる
114
分別ごみに仕分けるなら
ヒトの死体は
燃えるゴミになる
燃えないゴミとして扱い
生ゴミのまま埋めてしまう
国や地域もあるらしい—
わが国はりっぱに
燃えるゴミとして扱われる
そのため
鎌焚き場がこしらえられ
真白き燃えかすを拾う
そこには
死者が生前に
持ち合わせていた
想念の世界へ
導かれるように
あの世の仏や神が
あやふやに現れ消える
燃えるゴミであったゴミは
うやうやしくも
ゴミであることも放棄する
113
かまぼこ型の白い屋根の
二階建ての家には
彫刻家夫妻が住んでいる
現代アートを専門とする
一階にあるアトリエは
さながら
小さな町工場
乱雑に据え置かれた
機械類は
なにやら正体不明で
おばけのように居すわる
久しぶりに注文があった
新しくできた公園のモニュメント
現代の乙女像を制作する
白髭の彫刻家は満面の笑み
さまざまな金属たちは
ここぞとばかりお出ましとなり
たたき のばし おりまげられ
火花を散らしてくっつけられ
悲鳴をあげなら
乙女像は造られていく
夕暮れ近く
アトリエの乙女象の叫びは
水をうったように静まり
二階の灯りがつき
T字型の煙突から
淡い紫煙がたなびく
まるで
乙女像の闘いを
癒すように
ゆっくりと宵闇の中に
立ちのぼり揺れながら消える
もう少しで
キラキラ輝く湖が見える
公園の片隅に
わたしは起てるのだ
乙女像のそんな声が聞こえる
112
明日も
花壇に
お花を植えよう
白やピンクや紫や
ときめき色の
花を植えよう
そして
お話しをしよう
あなたはだれですか
あなたもだれですか
花壇に植えられた
花々は
にっこりと
ほほえむ
そんな
たわいのない
質問をしてくれる
あなたを
わたしは好きです
111
そんなにも
ぼくは
温かい
母乳を
無性に
飲みたかった
匂いだけで
わかる
乳のふるさと
おしゃぶりすれば
わかる
いのちの泉
遠くにあるような
近くにあるような
母乳の思いで
隠しても
隠しきれない
ぼくの
はるかなる
ふる里よ
110
東京には空がない」
そんな詩を書いた詩人がいた
「土浦には空がある」
まぎれもないコバルトブルー
しっかりと目に焼き付け
常磐線土浦駅から東京へ向かう
桜川をゆっくり渡り
利根川を越え
荒川を過ぎ電車は走る
乗換の巣鴨駅に着く
急にあふれ返った人にもまれ
階段を急かれるように上り下りする
山の手線のホームに起つ
目のまえに広がるビル群
東京にだって青いマスクをした
きれぎれの空があるじゃないかー
最新車両というつり革につかまり
次々と現れては流れる
大都会の景色をぼんやり眺め
ああ あの窓にも路地裏の片隅でも
人びとは生きているんだ—
大塚駅に到着すると
お上りさんらしく
駅前広場をキョロキョロ
ニョキニョキと居並ぶ
ムカデのような繁華街を
足どりは軽くもあり重くもある
そうっと
片隅で書いていればいいのにー
出がけに書いた
一編の詩のことだ
褒められくすぐったい気持ちになれるか
往復ビンタの応酬が待っているか
四角いマスクをした青空だけが知っている
109
朝の静寂に
プップ シャー ボッチャン
世界は一気に幕開け
ザアーッ ザアーッ
カラカラ スルスル
白衣の天使のお出まし
お尻を軽やかにダンス
バタバタ玄関をあけ
ガチャガチャ新聞を取り出す
ラジオのスイッチいれ
「古楽の時間」を聴き
斜め読みにページをめくる
カーテンを引き窓を全開
小鳥の餌台に
ピィピィチィチィとスズメの囀り
抜き足差し足の野良猫もいる
お隣りのくたびれた奥さま
毎日命がけのごとく洗濯物を干す
定年近し旦那さまエンジン音轟かせ
見送りのことばもなく
クルマは素早く職場に消える
洗濯ものは
香ばしい匂いを
今朝の心地よい風にのせ
たらふくたっぷり
鼻のトンネルをくぐり
明日を運んでくる
108
あなたは
今日が17歳の
誕生日なのですね
つるんつるんお肌は
満点のようにきめやかで
すべすべしてませんか?
はにかんだあなたは
つぶらな瞳を輝かせ
うれしそうにうなずきました
だれもがしっています
美しさに悲しみがないことを
いま あなたは きれい
それなのにあなたは
白いマスクをふるわせ
喜びを伝えてくるのが悲しい
20
あなた優しく話しかける
広い空や小鳥や花たちも
マスク顔のあなたにとまどっています
それでも 春になれば
菜の花畑には
黄色の絨毯がいちめんに
風にそよいでいますよー。
お祝いですか?
白いマスクがいらない世界
幸せ色にときめく青い空
それが お祝いです
107
昔が懐かしいと
想いに耽る
視線の先には
涙の足跡がくっきり
頬を伝って流れた
涙は乾いてしまったけど
いく筋もの足跡を残している
身もだえ
いくど涙を流したろう
もうみんな笹舟にのせ
さようならしたのに
何処を彷徨っていたのか
波に揺られ笹舟は舞い戻り
あの煩悶した時を思い出させ
また生温かい涙が流れる
過ぎし日のことは忘れよう
涙はそう自分に言い聞かせる
それでも涙は
見あげた空から射す光と
青さの重さに耐えきれないように
はじき返されまた流れる
ひとすじふたすじの涙は囁くように
どちらに進めば此岸さま
どちらが彼岸さまとやらですかー
涙は自らの行先を
そっと教えて下さいと認め
宛名も記さず
虹色の切手を貼って
赤いポストにぽっとん
106
詩人会議応募
あんた
ひとは生き物だから
食べたかすは必ず残すよ
忍者よろしく駆けまわり
台所にある残滓を探し
生をつないでいるのなら
同じ生ある生き物なんだね
ゴキブリと命名され
嫌われ者のレッテルを貼られても
ヒトと等しく
生きとし生けるものなんだね
ひたすら命を紡ぐことを願い
残滓という寂しがりやを求め
寒さに震える深夜
ヒトの優しさを求め
孤独という甲冑を着て
探しているんだね
わたしは信じたい
すべての生きものに
生きる権利は
平たく等しくであると
おい おまえさん
どう思うー
105
一羽のキジバトが
庭にこしらえた餌台から
静かすぎる住宅街の
暮らしぶりを見まわしている
ひとの気配がしないでもない
朝餉の匂いが漂う
それぞれの家では
人々が暮らしているようだ
キジバトは一軒の家を
じっと視つめ動かない
冬の弱い光を浴び
ベランダの窓越しに
小さな部屋が丸見えだ
それほどの不満も喜びもない
のっぺらぼうの顔をして
朝食をとっている
夫は新聞を読みながら
妻は朝ドラを見ながら
慣れた手つきで
二人は口に運んでいる
キジバトは餌台の水飲み場に
両足を浸している
冷え込んだ朝の水は冷たいはずだ
もうかれこれ三十分近くなる
連れ合いがやってくるのを
待たせるのも待つのも辛いと
待っているのだろうかー
突如 くるっと背を向け
パチャパチャと水を散らし
あいさつもなく雑木林に飛びだった
エサはひと粒も食べなかった
キジバトの表情は
水に足をつけ癒しているようでも
黙想しているようにも見えた
104
包むことの優しさを
おばあちゃんが満月の夜
そうっーと教えてくれた
お月さんでは
ウサギちゃんが
餅つきしていると
あたしは
ずうっーと信じていた
あれは
おばあちゃんのいうとおり
まん丸お月さんが
ウサギちゃんを包んでいるー
冬の夜
ウサギちゃんに
寒かろうと
おばあちゃんに綿入半纏を
作ってほしいとせがんだ
おばあちゃん
ケラケラ笑いながら
機織りの手を休めず
あたしが嫁ぐときの
祝い着を織っているから
それが終わってからねー
おばあちゃんが織ってくれた
着物すがたを見せられず嫁ぎ
妻となり母となり
おばあちゃんと呼ばれようになった
歳月が流れても
まん丸いお月さんは
夜空に黄金の輝きを
惜しげもなく放っている
103
なんの予告もなく
黄金色の光は
漆黒の空に
はねたり
まるくなったり
さんかくになったり
自らの最後の場を
求めるように
煌びやかに輝き散る
ああ 夜空は
自らを問うことも
自らを裏切りもせず
大きなキャンパスを
解放している
この寛容さを
ヒトはヒトとして
学ぶべきだ
102
昭和の時代に
たまたま生を授かり
地上のひととなりました
乳飲み子はあっという間に
少年となり成人となり
青い思想をふりまく
小うるさい青年となりました。
平成の時代とやらは
ひたすら やたらめっぽう
働いていました
それが日本経済の生産性を
どれほど押し上げたのか
知るよしもなく
勝手に進む時代に
乗り遅れまいと
鉄砲玉のようになって
働いて働き続けました。
令和の時代を迎え
目覚ましい科学技術の発達に
衰える思考力と闘い
白旗をたてることもせず
限りある力をふり絞り
日々挑んでいます。
【追伸】
見あげる青い空には
白いちぎれ雲が流れ
喪いしひとの笑顔が
ちぎれてちぎれては浮かび
現れ消えるようになりました。
101
線香花火のように
ことばがチカチカ
怒涛のように跳ね
詩人の脳髄を駆け巡った
この瞬間を逃しては
一生後悔の念につきまとう
詩人は自分の言葉に酔い
逃げ回るのを捕まえる
もはや詩人にも
止められない
全身にことばの
入れ墨をしてるようだ
痛みなど感じず快感
真実を総なめした言葉
陶酔感が全身を包む
詩人であることに誇り感じる
ことばは喜悦のあまり
ケラケラ笑いだす
詩人も一緒に笑う
その瞬間だ
暗雲垂れこめていた
夜空に雷が轟き
稲妻が鋭い刃で
雑木林の中に切り込む
外も部屋も真っ暗
詩人はパニック
ノートを手繰り寄せる
闇夜はつかの間
一瞬にして灯りが戻る
詩人は認めた文字を追う
そこで知る
自分のことばが
なぎ倒されていることをー
ぼんやり窓に映る
濡れ雑巾ように憔悴した
自分の顔を見る
詩人はひとり呟く
ああ これが
真実を追い求めた現実か
103
空は弱虫だから
晴れる勇気がない
空は今日も
雨を降らせる
漢字の弱虫と勇気を
ひらがなで書くと
よわむしで
ゆうきを
しっているようだ
102
月が隠れる
朧夜に
月が
隠れる
隠れるものがあるから
隠れるものは隠してしまおう
さて
ほんとに隠れているものは
何なのですか?-。
101
たまたまぼくは
じょうだんで生まれ
じょうだんで死んで
しまうような気がして
あなたに手紙を認めます
あなたに
近づきつつ年齢となり
終わりし人へと
意識することが年毎に増し
もう一度
問うてみたくなったのです
あなたは
いさぎよく朽ち 土に帰ったのか
はたまた 魂とやらは天界で遊び
先に逝った父と
二人だけの言葉をひろい集め
あやとりに夢中になっているのか
今朝 モンシロチョウが
花たちの蜜を求め舞っていました
スズメたちも餌台にやってきて
親スズメは子スズメに
エサをくちうつししていました
移ろいゆく季節に
豊かな大地に命を求め
生きとし生きる者は
この世を謳歌させているのです
今さら息子の愚痴を
あの世でも聞かされるとは
嘆き悲しむかもしれませんが
世の中のありようを
少しだけかじり
今は ただ
ぼくが在りて
在りてのぼくであるかを
あなたに問うてみたいのです
もう何年も
認めては
ポストに投函しましたが
未だに
返信はありません
100
線香花火のように
ことばが生まれ
詩人の脳髄をよぎった
この瞬間を逃してはならない
自分は自分でなくなる
ことばが勝手に走り出したのだ
もはや詩人には
止められない
それも休みなくだ
詩人はことばに酔いしれる
陶酔感が全身を包む
詩人であることに誇り感じる
全身にことばの
入れ墨をしてるようだ
激痛はなく心地いい
ことばは喜悦のあまり
ケラケラ笑いだす
詩人も一緒に笑う
その時
暗雲垂れこめていた
夜空に雷電が轟く
鋭い刃の稲妻が走り
雑木林の中に突っ込む
部屋は真っ暗
詩人はパニック
ノートを手繰り寄せる
闇夜はつかの間
灯りが戻る
詩人は認めた文字を追う
そこで知る
自分のことばが
なぎ倒されていることをー
ぼんやり窓に映る
濡れ雑巾ように憔悴した
自分の顔を見る
詩人はひとり呟く
ああ これが
うぬぼれ鏡とでも
形容するのかー
99
あなたの切ないおもいを
まるのみしたいのですが
のどもとあたりで
妙にひっかかり
呑みこむことができません
そもそも
切ないおもいというのが
どういうものかわからず
漢字したりひらがなにしたり
カタカナまで登場させ
やたらと書いてみますが
わからずの袋小路に迷い込み
口笛を吹いています
口笛は秋の夜長に
切ないおもいやりを
想いやるように
スズムシやコオロギの
透き通るき声に交じり
上弦の月が煌々と照る
夜空に向かい消えていきます
口笛がかすれたり
スズムシやコオロギの声が
突然 やんだりしても
月や星の輝きは
消えることはありません
ああ
切ないおもいとは
そんな
休息が許されない
へんな
不釣り合いで窮屈な
衣服を着せられ
とまどっている
田んぼに立つ
案山子のような
影法師かもしれません
さあ
素っ裸になって
あなたの切ない想いとやらを
山陰の清水が湧くという
滝糸に打たれ洗い流しましょう
98
大きい涙
小さい涙
球形に光り
広がる
雫はみんな
水色
呼吸あり
時おり
流れたり
乾いたり
片思いのように
寄り添い
満天の星を仰ぐ
ささやかでも
ささやかでもいい
幸せが欲しいと祈る
生ける者とし
覚悟をもち
名も知らぬ花と
向き合い尋ねたい
幸せはどんな色とー。
97
今日は明日を
約束してくれない
明日は明後日を
約束してくれない
約束してくれるのは
この今という時間だけ
湿ったこころ
乾いたこころ
濡れたこころ
約束という文字は
こころのなかで重なる
少年だったころ
力いっぱい駆けた
野山の匂いが
突如と鼻先をくすぐる
明日への約束を
両手いっぱいに抱え
友だちと別れ
家路を急いだ
空は茜色に染まり
砂利道から伝わるのは
一抹の淋しさと期待
村はずれの神社そばで
水車(すいしゃ)小屋の水車(みずぐるま)が
ぐるぐる回るように
今日の約束と
昔日の約束が
ごじゃまぜになり
回り続ける
96 詩人会議応募
持病の鼻ずまりのせいだけではない
心の奥底からどんと重くのしかかる
もどかしさ 虚しさ 倦怠感
どうしたものだろうー。
生まれ出ずる者に
生涯かけ成すべくことを
ひとは平等に与えられ
成し遂げなければという責務は
本当にあるのだろうかー。
背伸びしたつもりはない
いしおか広報の表紙を飾った
地元画家の手による
15年間68枚の水彩画の
冊子作りを手伝っただけだ
石岡市内の往時の街並みを
小中学生たちの郷土史学習にと
教育委員会に寄付したのは
おまけのようなもの
贈呈式を終えると
猛烈な嘔吐感に襲われた
きっと
ひとつしかない光に
もうひとつの光を求めるような
思い上がりと愚かさに
憤りを感じたのかもしれない
95
片腕がない大人がいた
戦争で失くしたという
男は新聞配達をしていた
見習い小僧は
男から新聞配達のいろはを教わった
新聞の数え方
折込み広告の入れ方
集落三十軒の配達順路も
片腕のない男は
新聞を両足ではさみ
新聞を数えていた
片腕のない男は
折込み広告を
片手で広げ入れ閉じていた
見習い小僧よりも遅かった
今朝 庭の餌代に
片足のないキジバトがやってきた
ピョンピョン跳ねながら
スズメに交じり餌をついばむ
そのスピードはみんなより早かった
食べ終えると片足をふんばり
顔をぐいと持ち上げ
羽をはばたつかせ
あっというまに
空へ吸い込まれてしまった
片腕のない男と
片足のないキジバト
生の瞬時を
羽交い絞めさせた
94
時間という
宇宙はひとつだけど
ひとそれぞれに
進み方が違う
違ってあたりまえ
あたまりまえのことが
なおざりになり
怪しげな時間の風が吹く
あの風に
乗っているのはだれだ
だれでもない
ぼくでもない
わたしでもない
獏を主食としている
おいらのようだ
93
あなたは
美しいものを見ながら
いのちを
閉じたいといいました
満艦飾に満ちた光は
宇宙に輝き
大いなるいのちを
無限の力で漲らせています
いのちは
生きている人にも
去りし人にも
愛に充たされ美しく
充たされる愛は美しく
甘美なものです
あなたは
見果てぬ夢を追い
およばずながらもと
大きく腕をふり
激しく鼓動を波打たせ
もう一つの夢路へと
何度も舵を切りなおし
果敢に挑みました
そしてあなたは今日
天上を向き手をあわせ
うごかぬ人となりました
路傍の片隅で
健気に咲く花に
今日も明るいお日さまが
とりとめもなくさし
いのちは連綿と
輝きつづけています
ですから まだまだ
美しさに酔いしれ
まぶたを閉じないで
限りなく明るい眼差しで
見つめていてください
92
白い谷間の
お花畑に咲く花は
透明で見えない
そして
時どき
不協和音の
音楽も奏でる
さらに
へんな臭いも
まき散らす
さあ
みんな
大きな声で歌おう
みんな生きてるんだよ!!
91
かあちゃんは
西日が射す台所に立ち
料理を作ってくれるのは
とても有り難いですが
汗を出汁には
使用しないでください
かあちゃんお願いです
風呂に入ったら
あがってきてください
お湯に浸かりっぱなしでは
めんどうで後始末がこまるのです
総入れ歯でスウスウ
思い出の寝言は子守り唄
時どきプップッと笛吹童子
もうひとつの夢を見るように
こっそりと聞いています
気持ちがいいからと
そのまま
永遠の眠りにつき
天上の人にならないでください
明朝の台所には
西日が射しませんから
日本食をお膳に出してください
そうしてもらわないと
ぼくはとてもこまるのです
90
緩い坂道を上る時も
急な坂道を下る時も
それぞれの姿勢を取り
その時々に
一所懸命に動いた
いや 動いたつもりだった
振り返れば
陽は昇り沈むのを
ぼんやりやり過ごし
あくがれを抱く愚かさよー
自らに言い聞かせるように
なせるままに生きてきた
あくがれを抱く愚かさという
わたしのひとことを一蹴し
手広く事業を手掛け
明日を生きるのに貪欲だった
K・Nが66歳で今朝亡くなった
死ぬということは
すべてにとどめをさし
何も語らず消えるということかー。
89
あの線路を
北へ向かう電車に乗り
いくつもの平野を横切り
いくつもの川を渡り
いくつものトンネルを抜け
いくつもの町を越えれば
わたしの生まれ故郷に帰れる
細い生を弾ませた15年
今は家屋は跡形もなく
いちめんは田んぼになった
65年前 なにがほしくて
故郷を捨て東京に出たのだろう
たぐる記憶の糸は細く切れそう
故郷に起てば
あの時 この時の光景は
フラッシュバックの連続
線香花火ように
短く燃えはかなく消える
土のにおい嗅げ
風の音に耳をすませ
故郷は泰然とあり続け
微動だもしないのだ
豊穣なる抱擁力に抱かれ
わたしはまぶたをとじ
インドのことわざを思い出す
時間と波は
だれも止められないんだよ—。
88
あなたは初めての光を
つかみとろうと
産道を抜け
小さな生命体を
地上に見せた
その瞬間
光はパチャンと弾けた
命の長さは
線香花火よりも短く
一瞬に消え地上から消えた
ママのお腹の中で
一緒に生を育ませ
花咲かせようとした
つぼみは
いみじくもあっけなく
散ってしまった
あなたは自分を嘆き
悲しむこともなく
うろたえることもないまま
パパとママの両手に抱かれ
天命という名に導かれるように
どこまでも明るい未来を夢み
永遠の眠りについてしまった
87
紐の結びかたは
どれぐらいの
数があるだろう
辞書で調べてみると
こま結び
まき結び
もやい結びなど
未知の結びかたは
リズムよく飛び出し
用途によっては
その数は増えるばかり
頭がこんがるような多さ
ひとつだけ
ないものがあった
こころの中で
こんがらかった
もつれ紐
どうやって
結び目を探し
解きほぐし
もとの紐に
戻すことが
できるのだろう
いちにちが始まりに
おはようーと
あいさつする
なんでもないような
言葉のやりとりに
秘密が隠されているのかもしれない
86
灼熱の停止した時間
ひたすら耐え忍ぶ
耐えることは辛抱すること
辛抱は我慢をすること
これまで
どれだけ忍の一字で
生きてきたのかー
夏の強烈な陽ざしは
容赦なく降りそそぎ
もっと耐えてみろと
叱咤してるようだ
85
ひとりが死ぬひととき
ひとりが産まれるひととき
朝霧につつまれた
雑木林に一条の光が射すひとときか
夕闇迫りくる
雑木林に一条の光が射すひとときか
くるくるまわる輪廻でさえ
わらないと首をかしげる
ひとりの死
ひとりの生
悲しみと喜びの戸惑いに
雑木林の葉っぱたちは
そっと囁く
だれかを道連れにしないと
明日はやってこないようだ
問うべき言葉を探すことなく
深緑に覆われた雑木林を
黙し見つづけること
そして 丸裸になり
なんでも信じること
信じることは愛すること
死と生のそのときは
同じ道を歩むことになるどだ
84
車椅子生活のおばあちゃん
どうかわたしも
お迎えに連れてってという
筑波山中腹にある菩提寺
スダジイの群生地のこんもり山は
アブラゼミの大合唱で
今ごろ深緑の葉を震わせているだろう
ふたりでどうしようか とー
断ればひと悶着の幕開けとなる
山門までは車でゆけるがー
墓地までの石段と細道を考えると
昨年も同じことでもめた
帰省していた息子夫婦が
手をさしのべてくれた
おばあちゃんは願いが叶い
二人に手を合せた
今夏はコロナの影響で
息子から帰省しないという電話
利根川越えの墓参りどころではない
お寺まではクルマで行ける
墓地には石段をおぶって上がるしかない
夫の細い足と薄い背中では
息子とは勢いも馬力も違う
おばあちゃんは逡巡するわたしたちに
囁きかけるように
「仁王門のところで待っている」
仁王門の前で下ろして待ってもらう
「急がなくてもいいよー」
おばあちゃんの声を背に受け墓地へ
灯りが点いたちょうちんを渡すと
おばあちゃんはしわくちゃの顔がほころび
小さな声で「おじいちゃんー」
ふたりだけの思い出が
ほのかに揺れる盆提灯から
あふれているようだった
83
夕方 近所に住む
孫娘から電話がはいる
「ママ、ママがいない」
「おばあちゃんのところへ行ってない」
「ママはおばあちゃんの家には来てないよ」
娘からママ、ママと呼ばれた時代があった
今は 誰からもおばあちゃんと呼ばれる
「ママ、ママ」と連呼され
耳もとがくすぐったくなる
「ママはすぐに帰ってくるわよ」
「ママ、ママがいない」
くすぐったさを通りこし照れくさくなる
わたしも「ママ、ママ」と呼ばれ
子どもたちにまとわりつかれた時代があった
わたしのママはどこへ行ったのでしょうね
「あっ、ママがひとりで帰ってきた!」
さようならも ありがとうもなく
82
ぼくの家の前には
青々とした田んぼが広がり
雑音交じりのラジオから
ベートーヴェンの「田園」が飛び出し
穂づきはじめた田んぼを泳ぐ
今朝 田んぼで起きた
大騒動など知らんぷりだ
大人たちが血相を変えケンカ
どちらもいかつく真っ黒な顔
罵声が青い田んぼを走っていた
田んぼの水抜きをやり土を乾かし
お陽さまから酸素をちょうだいして
数日おきに水を抜いては入れ
稲穂を元気にする大切な仕事
中干し時期にいつも起きる水争い
翅を光らせイナゴは飛び交い
アブラゼミの大合唱にのせ
容赦なく降りそそぐ
夏の強い陽ざしを浴び
水争いなぞ似合わないよーと
ぼくの家の前に広がる青い田んぼを
颯爽と「田園」は泳ぐ
81 詩人会議応募
喪った親しいひとの数を指折る
ゆらゆらゆらり ふわふわふわり
波間のクラゲのように
ぼんやり 思い浮かぶ 顔 顔 顔ー。
それも 年ごとに 輪郭はうすれ
いつのまにか すうーっと消える
すうーっと消えるひとへの慈しみより
近しき歳となりつつ
ぼんやりとした不安
叶わぬ望みに願いをかけるように
天を見上げ黙し手を合わせる
天界の青色は群青色となり
その濃さをどんどん増していく
紺色から灰色へ
やがて黒ずみだし
いつの間にか
すっかり暗闇に覆われ
祈りのことばさえ
漆黒の世界に吸い込まれる
生はまばたきの不連続線
死はつかの間のまばたき
80
詩人会議応募
悲しさを買いに
かいものにゆく
喜びを買いに
かいものにゆく
たくさんたくさん
かいものをしたので
買い物袋はいっぱい
どんなものだったのかを忘れ
翌朝 買い物袋を覗く
何もなかった
何となく細い糸が
いろんなところで
絡んでいるだけだった
79
つかれた心につかれた心をかさね
つかれた心のおもさをはかる
つかれた心はつかれた心に
つかれたこえでたずねる
たいじゅうけいではかれるおもさですか?
てんもんがくてきなすうじですか?
つかれた心に心をのせても
つかれた心は重さがわからない
つかれた心に再び問う
つかれた心は はてなの捺印をおす
はてなは鳥居
はてなは参道
はてなは御手洗
はてなは賽銭箱
はてなは鈴
はてなは二礼二拍一礼
はてなは鏡
はてなは剣
はてなは勾玉
はてなとはなんなのことかー
つかれた心はかんがえるー
つかれた心はこたえがないことをしる
つかれた心はとじてうつむく
つかれた心はいいきかせる
わからないなら生きてみろ
わからなくても生きていろ
78
あなたの言い分を聞く
あなたの言い分も聞く
あなたがふたりいる
つじつまが合わない
どちらが真実を述べているのか
どちらが嘘をついているのか
どちらにも相反する言葉は
闇夜に黄色い光を放ち消える
嘘をつくことは罪なのか
真実を語ることが正しいのか
ふたりの話しあいは
お互いが正しいと譲らない
歌を忘れたカナリアのようだ
嘘をつくなら最後までの覚悟が要求される
真実を述べるにしても最後までの覚悟がいる
そもそも ひとが作り出したという言語には
嘘や真実という定義は
存在しているのだろうか
物事を白黒で決着つけようとしても
嘘と真実の間ではざめく言葉は
まぼろしのような存在で危うい
満天の夜空を焦がし
真実とは すうーっと現れ消える
流れ星のか細い光りにあるのでないのかー。
77
七月のその日の朝
カナカナが鳴き
ウグイスがホーホケキョ
アサガオが白い花びらをひろげ
うつむいたひまわりの大輪は
そよぎだした風に微かに揺れる
空は白い朝霧につつまれ
すべてを許すように
ただ しんしんと広がり黙している
ああ そうか
死ぬということは
まっさらな世界に溶け込むことかー。
死んだひとが地上で吐き出した
あまたのことばの切れはしは
まっさらになる契りを交わしていたのだ
その証として
人骨は白いのかもしれない
玄関の下駄箱で飼っている
金魚にえさをやり
高温注意報が発令された
その日の昼ちかく わたしは
喪服に着替え家を後にする
76
どんなに密閉した
空間や水中でも
ひとは音から逃れられない
心(しん)の臓(ぞう)が動いている限り
音と休むことなく存在し
聴こえずとも音は時を刻む
それはまぎれもなく
生きている証だ
今朝 根本健一さんの死を知る
夏一色の晴れた朝だった
心の臓が活動をやめ
音のない世界へ
永遠に旅立ってしまった
さよなら さようならだ
75
常夜灯のスイッチを入れ
たばこに火を点ける
赤い炎が口もとで小さくゆらめく
炎が不規則に動くことは
わたしは生きている ひかり
なにかを認めたくなった
手さぐりでペンと紙を探す
常夜灯の光は弱く暗い
視力も衰え見えにくくなっている
それでも何かを書きたい
この衝動的な 世迷言のような
こころの動きは
わたしは生きているという証だ
生きた証を残すために文字を求めるのか
言葉を探すために生きているのか
常夜灯の光は弱々しく室内を照らす
いのちは時々刻々とゆれるもの
いのちは自らつかむことも
いのちは自ら断つことも
常夜灯のスイッチを切り
真っ暗闇の世界へ導くことも
すべての裁量は自らに委ねられている
わたしは手さぐりでペンと紙を探す
今日を生き
明日も生きる覚悟を求めて
74
ヒマワは背を向け大輪をひろげ
葉裏のギザギザ模様だけ見せる
あれは東の空から上がる太陽を崇めるためか
スズメがヒマワリの葉っぱにとまる
チィチィよろしくとあたりかまわずさえずる
ヒマワリは子守歌を聴くように揺れる
裏山からウグイスのホーホケキョ
雑木林に目をやり探すが姿は見えず
忍者よろしくいつも不意の鳴き声
心という漢字を形どった
庭の花壇にアゲハ蝶が蜜を吸いにくる
わけへだてなく甘い蜜を求め翔びまわる
畳に投げ出した足もとを黒いゴキブリ
わが家の暮らしぶりをさぐるように
ピクピクと髭をふるわせ匍匐行進
突然 耳もとで空気をさくような羽音
愛しくない蚊が緑のレーダーをかいくぐり
乾いた老人の血脈を求め旋回
庭をノソリノソリと野良猫が横切る
生まれた時からの領地とわがもの顔だ
借家だから文句は言えないが不可侵行為
突然バイクのエンジン音が響き
みんな終わってしまったことなのに
ポストに空しい音をたて朝刊が落ちる
朝のぼうーっとしたひとときに
地球上に生存する無限の命の雫が腕をふり
世界は同軸で動きだしているようだ
73
一九歳 青春まっただ中の夏
沖縄の与那原で過ごした一カ月余は
なんだったのだろう
初めて見た空はコバルトブルー一色
海は熱帯魚の水槽を覗くように澄み
広い軍用道路と休みなく空から襲う爆音
何もかにもが驚きの連続
忘れられない一日となったのは
一九六八年八月一五日
コザ基地から那覇市内までの
沖縄返還を求めるデモ行進
ぼくはデモ隊の写真を撮っていた
するとひとりの
僧侶姿の青い目の外国人
「アナタハナゼシャシンナドトルノデスカ?
デモタイニサンカシナサイ」
ぼくは突然襲うスコールに
カメラを濡らさないようにするのと
ぶつかりそうになる
デモ隊を避けるだけで精一杯だった
ぼくは僧侶の瞳を見た
沖縄の青い空にもまけないぐらい
ブルーに澄んだ瞳がぼくを追う
晴海ふ頭からひめゆり丸に乗船し
那覇港では船酔いのまま
ふらふらしながら地上に降り
南部 中部 北部へと
カメラ片手に闇雲にシャッターをきり
いつか こんな事態に遭遇するのでは
そうだ 写真なんか撮って何になるのだ
ぼくはぐじゃぐじゃになった頭をふり
小さなコブシを突き上げる
もう 沖縄が
日本に還ろうと 還らなくても―
夢中でこぶしを青い空に突き上げた
72
詩人会議応募
い ろ は に お い ど
あ い う え お
順序はどこからでもいい
ことばをまな板にのせ
切れ味のわるい包丁で
四方八方に切り刻む
由々しきことばは
まな板を跳ねたり飛んだり
しばしの宴会さわぎ
焼いたり 炒めたり 茹でたり
さあ 味付けは
天然物か人工物か
鎮座する調味料の多さに戸惑う
迷いに迷い
ここは正念場と
ことばスープに問うが返答なし
香ばしい匂いに
ひとり悦になり
今日のいのちをいただく
ことばスープは
音もたてずに呑み込まれ
すーっと消えなくっている
71
詩人会議応募
そうですね
あなたの病を真白き心で
真摯に吟味してみました
胃腸のぐあいが悪いというので
当病院自慢の
世界でも最新鋭といわれる
医療機器をフル稼働させ
それこそ
地球儀をまるごと
なめ なで なぞり つまみ えぐり
押し出し丹念に調べました
でも わかりませんでした
わかりませんということは
あなたの調子がすぐれない病気は
白い包帯や処方箋では
とても治癒できないのです
結論から申します
当院で処置できません
いい先生を紹介します
海辺にある小さな医院です
電車とバスで行ってください
バスから降りて歩いて行きます
すぐ医院に向かうのではなく
目のまえに広がる青い海に向かい
おおきな深呼吸をして
「バカヤロー」と
力いっぱい叫んでください
本日の診察おわります
70
詩人会議応募
なんでもないように
お日さまは東から昇り
お日さまは西に沈み
夜空には月が輝き
星くずが満天の空を焦がし
あたりまえのように
毎日を過ごしてきたのに
平凡というカレンダーを真っ黒につぶし
人の命まで奪ってしまうのですか?
ひとは生者としての永遠はなく
のちのいつかは必ず逝くというのに
突然 死亡通知を配達する
新型コロナウィルスというあなたは
棲み心地が良いよ と
ひとの体内に生き場を求めた
あなたは知っているはずです
家主を喪(うしな)えば
自らも消滅してしまうことを
あなたもわたしたちも
等しく与えられた命ですから
共存することはできないですか?
新型というから
折り合いはいいと思っていた あなたよ
ひとの命を奪うような
お友だち作戦は もう破棄してよー。
69
詩人会議応募
涙をいっぱいうかべている桜の花びら
どうしてと 尋ねる
今年のはる わたしが一番美しい時
誰も見にきてくれず 花びらのもと 宴もない
淋しさだけひらひらさせ咲いているのが悲しい
68
詩人会議応募
紙巻きたばこの銘柄はピース
第二次世界大戦後の混乱期
平和な未来を願って発売されたという
紫煙のゆくさきはままならず
くゆらせる口もとあたりから
肩身の狭さも伝わる
遠くの通学路に視線を移すと
小学生が一列になり歩いている
黄色い帽子から未来への鼓動が聞こえそう
いつも思うのだ あの子たちを
戦争で死なしてはならない
この子も そこの子も と願うのだ
ランドセルの背に横断中の黄色い文字
あのデザインを変えたほうがいい
へいわ PEACE 白い鳩のイラスト かにー
67
詩人会議応募
どこまでも抜けるような青空
入道雲が威風堂々とせりあがる
あの勢いはとおに失せた
あの時代は
怖いものはなかった
弾ける肉体はほてり
時には思考を跳ねつけ
とんでもないことを仕出かし
どぶ川に飛び込むようなこともあった
気がついたら
うろこ雲の時代も無事にくぐり
だんだん高みを目指し
上層雲群のすじ雲に近づいた
最後の大仕事は
青空に吸いこまれ
いのちをたたみむことを願い
手を合せることなく
柏手もうつこともなく
純白なこころをと祈る
ああ 今日の雲は
なんて美しいのだろう
66
空に おにあいの色は
どんなのだろう
水に おにあいの色は
どんなのだろう
土に おにあいの色は
どんなのだろう
どんな色は
みんな仲よく
ときめき色
65
空に似合う色は
どんないろだろう
水に似合う色は
どんないろだろう
土に似合う色は
どんないろだろう
どんな
なんだろうは
ときめき色
64
あなたはくちばしに
言葉をのせ去りました
だれに伝えることもなく
大きなさえずりとともに
青空に吸いこまれました
美しい夏の夕暮れ
63
音もたてずに
時は流れる
アゲハ蝶がヒラヒラ飛んでいる
スズメが鳴いている
ヒマワリは背を向け
黄色い花を咲かせている
マリーゴールドの蜜を吸いに
モンシロチョウがやってくる
こうやって
静かに夏は去ってゆく
62
ひとのからだというのは
数えきれない細胞が
秘密裡に融合して
数億年という時間をかけ
今日のわたしたちを創りあげた
その生命はか細く弱い
体内には生と死の
分水嶺がまだんなく走り
生と死はいつもすれすれ
すれすれなるままを
よすがとするは良しとしても
自らの命を絶ったり
不幸な災禍の遭遇したり
はたまた殺し合いに転じたり
ああ わからぬことばかり
ああ かなしきことばかり
ねえ、みんな一緒になろうよ
そして、野辺の花たちと
明日や明後日や未来について
お話しをしようよ
61
山の頂きに降り注いだ雨は
ところかまわず地中へと吸いこまれ
何処かなる川を目指す
河川改修という名でつけ変えられても
水は生まれた川を覚えているという
大きなくしゃみをして
激しくせき込み
苦しさのあまりどっと吐き出し
暴れ水となり堤防を越えるのは
一途に生まれ故郷に帰りたいだけ
川は悲しんでいる
濁流となり地上の生きものを
なぎ倒しながら
ひたすら海を目指すしかないことを
川は悲しみをかみしめ流れる
60
君はいつも地上を見下ろし
空を見上げることはあるのか
君の羅針盤は
生まれた時から宿っていたのか
忙しくエサをついばと一斉にまいあがり
飛び立つ先の目標はあるのか
チュンチュン鳴く君は
チュンチュンのなかに
どれほどの言葉がつまっているのか
ものさし鳥ともいわれ
いやがれもせず好まれもせず
今日まで生存しつづけてこられたのは
いっさいの欲をもたず
自分の五感だけを信じ
昨日も明日もなく
今という瞬間を貪欲に生き
連綿の歴史を刻んできたのか
ひとは快適さをひたすら求め
きみが得意とする五感を失いつつある
そんな人々を
コロナ渦で怯えうろたえる姿を
どんな思いで見下ろし
チュンチュンと鳴く
メッセージを教えて欲しい
59
ひとの命の道すがら
風 舞い
小鳥さえずる
命の鼓動は
天空に響く
そんなこんなの夕方
黄色いユリが
台風に喘ぎ
揺れにゆれ波打つ
それでもというように
根っこの逞しさは
ああ と思うほど
力強く大地に食い込んでいる
58
いのちをかしずかせ
そおぅーっとすくいとる
ああ、命とは
ありがたく
尊いものですね
もういちど
命をすくいとろうとしたら
瞬きして消えた
明日を考えるまもなく
生きることを強いられように
わたしは悲しい生き物ではない
今日まで歩んできた
これがそうであれがそうだ
魔法にかけられたように
衣を着せられ
ありがたきいのちを
今日もちょうだいする
57
その部屋は
もとは霊安室だという
枕違えどその部屋で一晩眠る
ボイラー室がとなりにあるせいか
一晩中、ひとの歯ぎしりような声が聞こえる
それでも眠らなければならない
羊が一匹 羊が二匹 羊が三匹
おまじないを唱えるが眠れない
自分をあざ笑う者を探し
ひとり ひとり殺してゆく
殺してしまったら
地上に誰もいなくなる
寂しさが全身を覆う
眠りかけた耳もとで
まんまる地球を休ませよう
お告げのように
だれかが猫なで声で囁く
そうだよ
みんなでお休みしよう
行く末にあるのは
永遠に眠ることを
みんなは知っているのだから―
56
いしきすることなく呼吸を繰り返し
いしきすることなく青空が瞳に映り
いしきすることなく花の香りを嗅ぎ
いしきすることなく小鳥のさえずりを聴く
いしきすることなく空は深く暗く沈み
いしきすることなく哀しみを思い出し大粒の涙
いしきすることなく白いページは黒くなり
いしきすることなく米粒のふんわかに匂い
いしきすることなく二本の箸で口に運び
いしきすることなくおやすみと交わし
いしきすることなく常夜灯になり
いしきすることなく夢の世界に入り
いしきすることなく明日を迎える
いしきすることなく箸置きのような人生でしたが
いしきすることなく72歳の誕生日を祝いに
いしきすることなく黒御影の白い文字が浮かび
いしきすることなくマスクに刻まれる
55
なんでもないことよ
ただ 今朝
あなたが死んだというだけよ
わたしは ぽっかり空いた
日ながをどう取り繕うかと打ち水
洗濯物は一人分減り
お茶碗を洗う数も半分になり
残されたわたしの命も日毎に減っていく
いつも見あげている空は一面マリンブルー
二人でこしらえた庭には薫風がそよぎ
スズメたちがえさ台にやってきて
少なくなったパンくずをついばんでいる
半世紀近く一緒に過ごしたというのに
あなたは なんでもないように逝った
そして 信じられないようなことだけど
地球はいつものようにまわっている
54
あなたが一番大切な時間は
ぼんやりと息をするように
朝焼けの空を見続けること
あなたが一番大切な時間は
澄んだ空気を肺奥まで吸い
体の芯まで送り届けること
あなたが一番大切な時間は
飽きず逃避せず獏におぼれ
食いつくし抱きしめること
あなたが一番大切な時間は
連綿とつながれている命を
野辺の花々と歓びあうこと
あなたが一番大切な時間は
白いページの日記帳を広げ
ことばを認め自ら問うこと
53
喪った近しいひとの数を指折る
そろりそろり ゆらりゆらり ふわりふわり
波間のクラゲのように
ぼんやり 思い浮かぶ 顔 顔 顔ー。
それも 年ごとに 輪郭はうすれ
いつのまにか すうーっと消える
すうーっと消えるひとへの慈しみより
往きつつ 齢となり
ぼんやりとした不安
叶わぬ望みに願いをかけるように
天を向いて黙し手を合わせる
天界は限りなく広く青く
青色は群青色となり
青の濃さをどんどん増していく
紺色から灰色へ やがて黒ずみだし
いつの間にかすっかり暗闇に覆われ
祈りのことばさえ漆黒の世界に吸い込まれる
生はまばたきの不連続線
死はつかの間のまばたき
52
自然の美しさを
ことばで伝えようとしたら
みんなすうーっと消えていく
ただ黙して
見つづけること
その
勇気を養うために
人として生まれた者の
生きる道という
ことかも知れない
51
知る権利
知らざる権利
知りたくない権利
卍のように絡み合い
息苦しさを感じるようになったのは
そんな世界に嫌気がさし
かのひとは国境のない
海へ羅針盤をあわせた
なにごとも命がけで生きること
荒れ狂う海原に乗り出し
海深い世界に活路を求めた
海底に眠る沈没船から
財宝を探すのだ
そういってダイバー仲間と
微かな情報を頼りに潜った
あれは 27歳 青春真っ只中
「荒海や佐渡に横たわる天の川」
佐渡近海にもずくとなって消えた
今 わたしは
すき間というすき間を塞がれ
生き苦しさを強いられています
佐渡の海で眠るという
報告は これだけです
50
みどりの葉が力をこめ漕ぐ
右、左 左 右
中立という言葉を
乗り越え
みどり語を大きく振る
49
わたしは悲しみの
宅配人ではありません
そうです
小さな幸せを
手毬に包み
贈ったのです
どうぞお受けとりください
48
「もう、死んでもいいんです」
「けれど、まだ死ねません」
「それはそれは、辛いことです」
「そして、幸せなことです」
47
ひこばえは
命を歌っている
みどりを
力強く
うでをふり
力いっぱい
激しくも
にこやかに
明日への命を
46
目を合わせ
呼吸を訊く
君はその呼吸を
しっかり抱き
大きく腕を振り
君の呼吸を返すのだ
今を生きようーと
45
命が遠くにあるのか
近くにあるのか
時どき分からなくなる
日めくりカレンダーは
一枚いちまいはがされ
ユリは水無月の庭に
朝日を浴び
恥じらうように
黄色い花を広げる
ああ、美しさに
垣根や国境もない
それだけでいい
泰然とした沈黙
日長をまどろみつつ
夕はしっかりやってきて
ユリは西日を抱きしめ
黄金色のいのちは輝きを増す
何か もう一度
やりなおしができるのような
そんな 期待に華を添える
44
人知れず
近しかった人たちに会いに
雑木林の小路を歩く
眠れる者は目覚めたのか
迎える身支度をしているのか
ただ シンシンと静まりかえっている
一歩進むごとに
葉擦れの音とともに
あの世からの声が届く
ただ 言語は明瞭ではなく
これまで教わってきたものと
まったく違う異次元の言葉
わたしは聞き取ろうと
両耳を全開させる
それでも分からない
そうかー そうだったのか―。
分からないからこそ― と思う
近しかった人たちが
森で暮らすようになったのは
永遠の言葉を身につけ
近しきと人となり
朝靄にくるまり
近しい人として
わたしを迎えてくれるのか―。
43
午後5時
お日さまが西の空に沈みゆくころ
カラスなぜ鳴くの~
メロディーが防犯塔から流れ
10キロも離れた隣町の法泉寺から
梵鐘の重い音色が響き
庭の餌台にスズメたちが
わんさかわんさかやってきて
チィチィピィピーさえずり
羽根を腕のようにふり
くちばしを忙し気に動かし
エサをついばむ
午後5時
一瞬 静止した時間となる
それからのわたしたちは
夕食 風呂 就寝と
漫然と時間をやり過ごす
眠る夢の世界は
それぞれ異なる
翌朝の食事時間になれば
おばあちゃんが
早くおいでと手招きしていた
妻は夢を思い出すように
箸を動かしながら話す
壊れたレコード盤のように
その夢話は何度も聞いた
そして 午後5時を目ざし
今日も始まる
42
ゆるやかな坂は町の境界線にあった
上れば千鳥丘町
下れば小松三丁目
君は足取り軽く坂を上がっていた
千鳥が丘は千鳥がピイピイとさえずり
幸せが町中にあふれているという
上がる人の坂道 下る人の坂道
坂は行き交う人々を見てきた
数えきれないほど
心の重さ軽さ
嬉々の日
鬱々の日もあった
ところが
君は小松三丁目に向かう時
足取りは重くうつむき
歌を忘れたカナリヤのように
悲しみを体いっぱいに背負っていた
坂は辛いものだと思った
行き交う人びとの
いのちのよりどころとなれず
坂は悲しいと泣いていた
41
ゆさぶれ
ゆさぶれ
遠い日の記憶を
確かに坂は泣いていた
坂が泣いていたのではなく
悲しみを背負い込みすぎた
君ではなかったか-
ひとの心の重みまで抱え込んで
うつむき坂を下りる君を見た時
坂はひと粒の涙を流した
くるくるとまわりながら涙は
坂下まであっというまに転げ落ちた
ゆさぶれ
ゆさぶれ
両腕を力強く漕げ
つかんだら離してはいけない
自分で信ずることができたら
君は離してはいけない
命あふふるる緑の葉っぱ
枯れ朽ち溶けゆく落ち葉
いのちの道のりを知った
君は離してはいけない
心を躍動させ
君は 坂を上がっていくのだ
さあ ゆさぶれ ゆさぶれ
若いいのちを
40
そうですね
あなたの病を真白き心で
真摯に吟味してみました
胃腸のぐあいが悪いというので
当病院自慢の
世界でも最新鋭といわれる
医療機器をフル稼働させ
それこそ
地球儀をまるごと
なめ なで なぞり つまみ えぐり
押し出し丹念に調べました
でも わかりませんでした
わかりませんということは
あなたの調子がすぐれない病気は
白い包帯や処方箋では
とても治癒できないのです
結論から申します
当院で処置できません
いい先生を紹介します
海辺にある小さな医院です
電車とバスで行ってください
バスから降りて歩いて行きます
すぐ医院に向かうのではなく
目のまえに広がる青い海に向かい
おおきな深呼吸をして
「バカヤロー」と
力いっぱい叫んでください
本日の診察おわります
るごと
なめ なで なぞり つまみ えぐり
押し出し丹念に探し調べました
39詩人会議応募
六月になれば
しとしと雨が降り
アジサイは嬉々と花を咲かせる
あのこんもり山のふかふか房 (がく)
ひと房ふた房とたわわに咲くアジサイは
朝の冷気をたっぷり吸い
花びら一枚一枚に
球形の雫を輝かせ
目覚めたばかりの太陽を映し
大きな青空に白い雲も遊ばせ
無数の小さな宙をつくる
わたしは意を決して
大きな房をわしづかみ
顔をおしあて頬をなでる
七変化よろしくというように
アジサイはなせるまま
皮膚に染みわたる心地よい冷たさ
ひんやりとした生の息づかいに
わたしは
今日の命を洗い
今日の命をもらう
38
こんもり山に連なる
みどりの群衆
いずこから棲みつき
いずこに朽ちていくのか
こんもり山のみどりは
西陽を全身でうけとめながら
黄金色に溶けながら沈んでいく
みどりの濃淡をおり重ね
時おり吹く風に揺れ叫んでいる
もっと生きてみろ
もっと生きるべきだ
沈む夕日とともに
生の余韻だけを風に震わせ
こんもり山のみどりは闇に消える
37
山王台という地名に住んでいるから
住み人を山王姫とした
山と台地の王というだけに
女主人の居宅の敷地はひろい
三千坪とさりげなくいう
表門へ行き着くまで
通称 健康坂といわれる
緩い坂を100mほど歩く
くぐり戸を開け
筑波石畳伝いを踏み外さず
40を数えると母屋の玄関に
息を切らしながら
呼び鈴を押せば
築山にでんと座る石塔を揺するような
茶道をたしなむ山王姫の元気な声
先祖の遺産を受け継ぎ
護りつづけるという困難さを
姿勢を正して訥々と語る
三千坪の広さの実感がわかない
野球場のグランド一面ほどの広さ―
緑濃い庭に視線を移し諭すように
メートル法に切り替わる時
尺貫法を体で憶えた職人はどうする と
大騒ぎした著名人がいた
尺貫法の時代を守り通し
煎茶を入れもてなし
三和土の靴先は揃えられている
36
切られた爪は
自らの命を語らない
なすがままに切られ
自らの命をティッシュペーパーに落とす
絶たれた命を嘆くのでも
悲しむわけでもない
在ったはずの命の行方は
あたりまえのように捨てられる
さっぱりしたものだよ
命の主は自らに話す
人の命というのは
あっさりと切り売りされているのだ
35
朝 カーテンを思いきりひく
ガラス戸はたくさんの涙をうかべ
薄明の光を受け丸い雫が糸をひいている
昨晩は満月が煌々と照り
凍てついた漆黒の空を青白く輝き
明日への希望を抱かせていたというのに
一夜にして
そんなに嘆き悲しむ理由があったのか
「あなたの謎は何か」と尋ねられたユディシュティラは*
「日々無数の人々が死んでいるのに、
それ以外の人はまるで自分が
不死であるかのように生きていること」
その言葉に自らの立ち位置が不安になったのかー
わたしたちは偶然に地上で産まれ死んでいく
逝くかたちはさまざまだけど
だれもが地上から姿を消すのはほんとう
そして新しい生命が誕生するのもほんとうでしょう
泳ぎたくなるような青空に白い雲が悠々と流れ
今日を生きる人々に希望を与える朝の光だ
夜の涙はそれを招聘しようとしたのか
わたしは
手に持った乾いた雑巾でそうっと拭き取ってやる
*
インドの叙事詩「マハーバーラタ」
34
紙巻きたばこの銘柄はピース
第二次世界大戦後の混乱期
平和な未来を願って発売されたという
紫煙のゆくさきはままならず
くゆらせる口もとあたりから
肩身の狭さも伝わる
遠くの通学路に視線を移すと
小学生が一列になり歩いている
黄色い帽子から未来への鼓動が聞こえそう
いつも思うのだ あの子たちを
戦争で死なしてはならない
この子も そこの子も と願うのだ
ランドセルの背に横断中の黄色い文字
あのデザインを変えたほうがいい
へいわ PEACE 白い鳩のイラスト かにー
33詩人会議応募
肩すじあたりが冷える
空になびく雲も凍えているのか
まんじりともしない
今日の白地図をなぞろうと
蓮畑がひろがる畦道を歩く
聞こえるのは
小鳥のさえずり
水路で背びれをくゆらせ
春の乗っ込みで忙しい
すっぴんで泳ぐ数ひきのヘラブナ
時おりすれ違う人は
誰もガーゼで顔を覆う
すっぴんは 空の真似を忘れた
コロナという新型ウィルスに
封印され
今日でなく
昨日を
後ろ向きに歩いている
32
みどり泳ぎ
軽やかなダンス
重ね着した
みどりたち
風にゆれる
ゆさゆさ
ふわふわ
そよそよ
さやさや
葉をふれ合い
恋を囁く
夢見る
その未来や
そまた未来を
31
あなたの一番大切な時間は
こうして
あかく染まり明るさを増す
朝焼けの空を見あげること
あなたが一番大切にしていることは
目のまえの宙にたたずむ空気を
胸いっぱい吸い肺の奥まで届けること
あなたが一番胸に秘めていることは
ぼんやり過ごす時間に
たくさんの物語をつむぐこと
昨晩
水鏡に映した月光は消えてしまったけど
あなたに一番大切なことは
音もなく脈々と生きつづける
いつも見ている花壇の花たちを
見守ってやること
あなたが一番大切に守っているのは
白いページの日記帳
30
休日の大切な仕事は
ヘラブナのいのちをいっとき預かること
それが わたしのいのちの洗濯
隣の釣り人と等間隔に離れ
椅子に腰かけ姿勢を正し
風になびく水面のうきに集中する
釣果を期待していないというのはウソ
釣り竿がしなり手ごたえがあれば
わたしの休日は小躍りする
あっ 食らいついた
釣り竿がしなり糸は緊張
水中から陸にヘラブナは引き寄せられる
期待に夢ふくらませた朝まだき
想定外の災難に驚き暴れ
わたしの手の中でいのちを賭ける
震えるウロコの手ざわり
口もとから流れるいのちの赤い血
不安と絶望の真っただ中の瞳を見る
わたしはこれまでヘラブナの供養塔に
花一輪たむけたことはないが
彼岸には両親の墓前に手を合わせる
父母からいのちの重さを教わった
釣り針をはずしヘラブナをわしずかみ
いのちあれよ と水に戻し揺れる波紋を見送る
29
いしきすることなく呼吸を繰り返し
いしきすることなく青空が瞳に映り
いしきすることなく季節ごと花の香りが漂い
いしきすることなく小鳥のさえずりが天を震わせ
いしきすることなく空は深く暗く沈み
いしきすることなく哀しみを思い出し大粒の涙
いしきすることなく白い時は音もなく過ぎゆき
いしきすることなく米粒のふんわかに匂い
いしきすることなく二本の箸で口に運び
いしきすることなくおやすみと交わし
いしきすることなく常夜灯になり
いしきすることなく夢の世界に入り
いしきすることなく明日を迎える
いしきすることなく箸置きのような人生でしたが
いしきすることなく72歳の誕生日を祝いに
いしきすることなく黒御影の白い文字が浮かぶ
28
菜の花を摘んで飾ったように
ミモザが黄色い花を咲かせている
澄み切った青空と黄色は
あの世とこの世をつなぎ
邂逅の場を設けるという
ミモザは静かに成り行きを見守る
見えないものを探すように
聞こえないものに耳をかたむけるように
流れる時に身をまかせ
ミモザはじーっと待つ
何も起こらず青空は広がっているだけ
ミモザのいのちは
だんだん小さくなる
それでもミモザは待つ
今ここで花を咲かせなかったら
あと一年待たなければならない
悲しみに打ちひしがれている人たちに
希望の手を差しのべてやろうと
今日もミモザは待つ
待つことは宿命だとミモザは知っている
27
小学生の日帰り修学旅行は
いくつもの峠をバス越えして
太平洋に面した宮城県の松島湾
生まれて初めて見る海
どこまでもどこまでも青く広い
盆地に囲まれた村からいつも見上げている空のように
雲に隠れることもなくじっとして
青く輝く海はキラキラ波打っている
ぼくは瞬きさえも忘れ
言葉もなくただ見つめているだけだった
まるで明日という日を忘れたかのように
翌日の昼食の時間
先生は箸を休めずに先生は教えてくれた
「南極の氷が全部解けたら
地球は全部海になってしまう」
ぼくはどこまでも丸く青い地球を想像して
「わぁ きれいそう」と
教室中に届く甲高い声で叫んでいた
26
ほんとうにあなたは死んでくれればいいのです
そしたら ほんとうに わたしたちは 楽できるんです
わかりますか わかってください
いつの日か わたしたちにも
同じ言葉が返ってくることがわかっていても
わかりますか わかってくださいよ
脳卒中で倒れ七年も寝たきりだった
写真家の土門拳の枕もとで息子は言った
土門拳は一滴の涙を流したという
25
山桜の大木一本
樹齢わからず
幹回り4m50㎝
幹にはいのち
小枝にもいのち
葉っぱにもいのち
花びらはいのちだらけ
24
この足音は用心だ
スリッパをはねるような軽やかさ
ダンナより七つ年上のカミさんはすこぶる元気だ
ダンナはスリッパをひきずり重く
よれよれとして動きも鈍い
あの足音なら青信号で安全パイだ
カミさんはおいらと出会うと目の敵にしている
ダンナはおいらを見つけても無関心でやり過ごす
女の引き算 男の足し算 姉さん女房の強味か
カミさんのスリッパ攻撃を受け
これまで親せき縁者 友人知人をどれだけ見送り
涙を流し別れを惜しんだか
ふむふむ肉のにおいがする
近年は食が細くなったといい
菜っ葉類が多かったが
今晩は踏んばってすき焼きでもしたのか
肉はおいらの大好物だ
あっ 天敵の足音が近づいてきた
逃げなければと思った 瞬間
目と目がはちあわせ
カミさん素早くスリッパを脱ぐと
四つん這いになり大上段の構え
ビューンという空気をさく音
バァーンバァーンと床を叩く連続音
逃げなければ 逃げる
逃げなければ 逃げる
しゃくらせい おいらはゴキブリだ
人類滅亡後はゴキブリが世界を制覇するぞ
冷蔵庫の下へ滑り込みいのちつなげる
23
■詩人会議3月23日応募
海を見たくなった
ほら あのキラキラ輝く
青い海ですよ
そして 浜辺に座り
打ち寄せる小波大波に話しかけるのだ
もう失うものなんて何もないよ
六十数年前 生まれ育った
黒川村の自宅の庭先にあった
一本の柿の木の下に
みんな みんな みんな埋め
捨ててきたんだから―
22
朝の静寂を食べに雑木林に入る
眠りから覚めやらぬ樹々たちは
姿勢を正し朝露に濡れている
一度 大地に根をはったかれらは
微動だもせず同じ場所に生き
沈黙を守り通しいつかは朽ちていく
その覚悟のよさにたじろぐ
突然 野鳥の鋭い鳴き声
屹立した樹々たちを一瞬ゆする
鳴き声を追うと小枝にヒヨドリ一羽
西方に視線を向けまた鳴く
なぜ東でも南北向きではないのか
大きな理由が必ずあるはずだ
自らを顧みれば
これまで理由もなく右往左往してきた
腰を据え物事を考え挑んだことは
あったはずだと信じたいがあやふやなことばかり
ヒヨドリが西方向きの姿勢を変えることなく
なにを伝えようとしているのだろう
ただ今日を生きるためのさえずりとは思えない
わたしは今日を生きようと雑木林に足を踏み入れた
そして かれらやかれらの友だちに
理由もなく何かを話したかった
ヒヨドリが何かの伝言を乾いた大空に認めようとしている
それをしっかりと読みとろうとする
仲間たちがどこかにいる
存在することの尊さをヒヨドリは知っているのだ
21
詩人会議応募(3月26日)
借りものでも
盗んだものでもない
噛んで 舐めまわして
丸めこんで 転がして
蹴飛ばして 砕いて
抱っこして
頬ずりして
稚拙でもいいから
自分の言葉で紡いだ詩集を1冊編んで
あの世という国に旅立ちたい
20
朝 カーテンを思いきりひく
ガラス戸はたくさんの涙をうかべ
薄明の光を受け丸い雫が糸をひいている
昨晩は満月が煌々と照り
凍てついた漆黒の空を青白く輝き
明日への希望を抱かせていたというのに
一夜にして
そんなに嘆き悲しむ理由があったのか
「あなたの謎は何か」と尋ねられたユディシュティラは*
「日々無数の人々が死んでいるのに、
それ以外の人はまるで自分が
不死であるかのように生きていること」
その言葉に自らの立ち位置が不安になったのかー
わたしたちは偶然に地上で産まれ死んでいく
逝くかたちはさまざまだけど
だれもが地上から姿を消すのはほんとう
そして新しい生命が誕生するのもほんとうでしょう
泳ぎたくなるような青空に白い雲が悠々と流れ
今日を生きる人々に希望を与える朝の光だ
夜の涙はそれを招聘しようとしたのか
わたしは
手に持った乾いた雑巾でそうっと拭き取ってやる
*
インドの叙事詩「マハーバーラタ」
19
たまたま
出会いがしらで生を受け
たまたま
五体満足で産まれた
ぬくぬくすくすく育ち
あっちの廉(かど) こっちの門(かど) そっちの角(かど)
わけもなく出会いがしらにぶつかり
挑み跳ね返され悶絶して
すくすく少年は青年となり
やがて高年を経て壮年
積み重なった生表は
晴れて老人の仲間入り
こうして
出会いがしらの人生を
静かにふりかえってみますと
あっちの水 こっちの水が わけもなく流れ
出会いがしらでぽっくり逝き
冥途の泉にたどりつくような気がするのです
18
2月の月齢カレンダーはすてられる
自らの意志ですてたのではない
ひとの営みという幻惑にふりまわされ
気がついたらすてられていた
ひとよ ひとであるという定義は
どなたさまがつくったのでしょうね-
わからないことばかり
青空にウインクする
17
クモの糸が音もなく
目のまえに垂れてくるように
記憶が音もたてずすうーっと浮かぶ
その日の昼
たくさんの人がぼくの家にやってきた
いつもひっそりしている部屋は大にぎわい
ぼくはみんなに遊んでもらいおおはしゃぎ
その夜
ぼくは母と風呂に入った
裸電球一個の薄暗い風呂場の湯船から
雪舞いのように湯けむりがゆらめき
時折 冷たい隙間風が頬をよぎる
母とぼくは
狭い湯船で顔を向き合い
からだを沈めていた
するとぼくの目の前に
大きな白いおっぱいが浮かび揺れている
驚きとうれしさのあまり
二つのゴムまりのようなおっぱいを
持ちあげたり揺すったりした
母はくすぐったいとからだをよじる
ぼくはますますはしゃぐ
今思えば 母は
日々の張りつめていた緊張から解放され
つかの間の生の喜びに浸っていたのかもしれない
夫を喪い 三人の幼子を背負い
母子家庭の行く末への不安
風呂に浸かるというのは癒しではなく
ひとときのまやかしだと母は知っていた
湯船からあがれば
雪のように白いふわふわおっぱいは
引力に逆らえずもとの乳房となり
これから苦難な道のりが待っていることを
母は知っていた
その日の昼 騒々しかったのは
父の告別式が営まれていたからだった
ぼくが二歳の時で ずうーっとのちに知った
16 詩人会議応募4月23日
つもり積もった倦怠感を追い払おうと
いつも窓越しから見ている雑木林に行く
冬枯れした林の中は静寂さをまとい迎えてくれる
常葉樹がしぶとく葉っぱ繁らせる薄暗い小路
すっかり葉を落とし針葉樹の木々は小枝を震わせている
踏みしめる落ち葉のこすれ合う音が足もとから伝わる
耳をすます 枯れ葉たちが何かを話している
それとも 土の中に住んでいる幼虫たちか―
話し声は一歩進むごとにざわめきだす 静かに しずかに
一本の緩んだ輪ゴムでとじていた緊張感は
長年の使用に耐えられず切れそうだ
いつの時も不意に襲う気怠さ―
だれにでもあると慰めるがなかなか去ってくれない
ふと小路の行く手の崖にエノキの大木が忽然と現れる
一里塚の目印になり神木として崇められ
気品のある根張りが美しく逞しい
夏の日差しを遮るように繁茂させていた葉っぱは一枚もない
冬の定めを従順に守り貫く覚悟のよさ
エノキを見習うべきか 無視するべきか
見上げると青空のキャンバスを突き破る勢いで
小枝たちが四方に大きく広がり樹形はのびやかだ
ああ、この一本の大樹から学び直せばよかったのか―
素直さと従順さを―。
15
一枚の診察券を探す
「立ってごらん ほら いたくないだろう」
先生の自信たっぷりのくぐもった声を聞きたい
「うそみたい」と笑顔で返すあの瞬間
もぐりと噂されている整体師がいる古びた診察券だ
二年前 ぎっくり腰で苦しみもがいていた
それが ゴリゴリ グリグリ ギギッギギッ
痛苦をすくいとるような乱暴な手さばき数分
痛みは名も知らぬ魔法使いにさらわれたように消えた
あの時の痛みから解放された喜びを思い出す
わが施術の腕に自信と誇りみなぎらせ
40年もこうやって開業してきたという
健康保険証は通用しないから施術代は高額
それでも 待合室は口コミで広がり患者は絶えない
瞳の輝きを失い 虚ろな表情で順番を待っている
みんな 「ほら いたくないだろう」
晴れやかな青空を見る解放感を求めている
溜まる一方の各種カードに多さにあきれ返り
当面は用なしと整理した中にまぎれているはずだ
手書きの粗末な一枚の診察券を探す
そういえば 今日まで探し続けていたのは
もう一枚の違う診察券だったのではないか
何もかにも興味を薄らいできた
それなのに 病だけは惜しみなく次々と現れ
からだのあちらこちらのつなぎ目がボロボロ壊れ
気張っていた心の裡まで食い荒らされ
惰性のように生きている病を治そうと
もう一枚の診察券を探しているのではないか―。
そして 自らの疑問を質そうとしているのではないか
わたしは 加害者なのか 被害者なのかと―。
14
人知れず雑木林の小路にたち
なにも願わず
姿勢をただし
頭をややまえに垂れ
重い瞼をゆるりと とじ
両手を胸まであげ手を合わせる
前のめりすぎたのではなかったのか―。
なにもかにも 身の丈にあった
生き方でよかったのではないか―。
なにかに急きたてられているようで
いつも 逃げ道を探していたのではないか―。
大きく深呼吸を数回して
雑木林の小路を再び歩きはじめる
足もとから伝わる葉擦れの音
行く末の覚悟を決めたかのように散りばめ
鮮やかな紋様を見せ思いおもいに伏せる
この枯れ葉 一枚いちまいに命はあった
突如 森閑とした雑木林に野鳥のさえずり
さらに 行く手を阻むかのように
一本の名もしらぬ大樹がそびえる
見上げると どんよりした大空に
裸の小枝を突き刺すように広げている
前のめりしそうになった時
大樹に問うべきだったのではないか―。
静まりかえった雑木林の小路に佇み
祈るのではなく
ただ黙して手を合わせるべきだったのではないか―。
13
長瀬応募
花いちもんめ よ―
遅すぎたかもしれない
遅すぎないかもしれない
どっちかだ どっちかだが
どっちであるかを質すのには
花いちもんめ よ―
遅すぎたかもしれない
遅すぎないかもしれない
ある村はずれに小さな池があり
清らかな泉がわき枯れたことはなく
悩めるひとに救いの手をさしのべる
言葉が刻まれた石碑が
寂しそうに建っているという
いつ だれの手で なんのために―
村の長老も分からず
誰も知ろうとしない
石に言葉を刻み残すという
手荒な行為は
生きとし生きるものたちへの道標か
言葉を噛みしめ考え
学び直せということか―。
言葉は 雨が降る日も 風が吹く日も歌をうたっていた
花いちもんめ 花いちもんめ
たわいのない青い空
たわいのない白い雲がたなびく日
詠み人知らずの言葉を思いうかべ
一緒に口ずさんでみる
花いちもんめ 花いちもんめ
2月24日詩人会議応募
12
ふたりの交わりは
いつの時も
まっ白でなければならなかった
そうであるべだという
自然からのお告げがあった
その営みに別れの日がきた
嘆き悲しみ真綿にくるんで
ずうっとずうっと遠くへ飛ばそうと
あなたがいなくなって半分になった
ひとりだけの洗濯ものを干す
物干しざおが
少なくなりましたねと悲しんでいます
11
朝の冷気を吸う
筑波山が見える
空は澄んでいる
空は夜のあいだに
洗濯をしているのだ
だが 洗っても洗っても
タライの水を取り替えればきれいになる
昔から分かっていた
そのタライの水がなくなってきている
10
あなたはその光をつかみとろうとして
手を差し伸べた
その瞬間 光は パチャンとはじけ消えた
命の長さは
線香花火よりも短く
天上に消えた
10カ月もの長い間
ママの羊水の中で
生を育ませ
ぱっと見開いた
生の世界は
いみじくもあっけなく
閉じられてしまった
あなたは自分を嘆き
悲しむこともなく
うろたえることもなく
パパとママの両手に
冷たくなった肉塊を
どこまでも明るい午後を目指し
永遠の眠りについている
09
かれが明日の天気をよもうとしようが
かれがが世界の行く末を嘆こうが
時間は休みなく刻々と過ぎる
過ぎ行く時間に怯え震えているのは
大鏡に映して見る自分の顔
さあ どうする
さあ どうしよう
さあ どうするのだ
いつもの夢は
まぶたの上に居座り
どんなものであったのかさえも忘れ
今日という日は過ぎていく
青い空が広がり雲は
悠々と泳いでいた
あれはもしかして
世に住む人々の微かな息遣いか
そうであるかもしれない
白いたいまつをくゆらせ念じ
もしかしてあの日を探し求めているのか
今日という時間は刻々と過ぎ
遠い昔のことなどのすっかり青い空に吸い込まれ
消えてしまい戻らないというのに
それも今日という時間があり
明日の時間が必ずやってくる―
08
この緩やかな坂は健康坂
この林の中の小路に咲く野草は
物忘れ防止のお勉強道
小路には水仙がチラリちらりとウインク
乙女のような白い花を揺らせている
金魚鉢の中でゆらゆら泳いでいる金魚に「おはよう」
口をパクパクさせ尾っぽを右やら左やら揺らせる
いつもの水の中の会話
スマホのメールを盗み見するなスピードで終わる
久しくペンを握ることもなくなり
憶えていた言葉が出てこなく書けなくなった
忘れたのではない もともとなかったのだ
いいわけは天井知らずで金魚のように口をパクパク
忘れていることさえ忘れるほど
夢中にさせたものは何だったのか
小石に躓きころんだのは青い反抗心
最後まで勝利の旗を頂上に立てることはできず
あっという間に迎えた高齢者という戦場での闘い
待ち受けていたのは砂細工のような肉体
唯一の仕事はかかりつけ医院にで出向くこと
それだけは忘れてならないとカレンダーに大きな赤丸
まるで 通信簿を思い出すようなはしゃぎよう
縦軸時間的 横軸時間的が密になればなるほど
ひとは窒息感に歳悩むされ懊悩の山を積む
もう 金魚ちゃんのように口をパクパクさせることもできない
自分宛てに元気メールを送る
「水仙が咲きました。春はもうすぐです」
07
貧乏を重ね着すると
心まで雪だるまのように
貧乏になるのか
財布を覗いて素直にそう思ってしまう
財布におさまらない
不幸や貧しさは
どこへ仕舞いこもうかと
思いめぐらすほど
ひらひら紙飛行機ように
青空にふうーっとため息をつき
こわれ吸い込まれてしまう
こういうふんわり
やわらかい
真綿にくるんだ貧乏を楽しもう
06
黒猫が叢に隠れ獲物を待っている
狙いは庭のえさ台にやってくるスズメ
かっと見開いた瞳は
朝陽を受け輝きに鋭さを増している
飼い猫はキャットフードを主食とし
野山の小動物を追わなくなった が
わが家を縄張りとする数匹の野良猫は
野生の本能を失っていない
食えるものは何でも食い 生きのびる
素朴な問いは答えのありようを知る
スズメは上空を何度も飛びまわり
なかなか餌台に下りてこない
黒猫が敵と どこで教わり学んだのか
捕えられ翅や肉をちぎられ血を流し
息絶えれば生の終わりであることを
親鳥か 遠い祖先から引き継がれたのか
緊張した静寂を突き破るように
数羽のスズメが餌台に下りてきた
チィチィと囀り忙しくエサをついばむ
その時 黒猫の黄金の瞳はかっと見開き
スタートラインにたつ短距離走者の姿勢
一瞬の隙をつき黒猫は果敢にジャンプ
スズメたちは一斉に空へ逃げる
ショーはあっという間に終わった と
黒猫の嘴には翅を震わせる一羽のスズメ
前足でしっかり押さえつけている
今日のイノチをかちとったように
さっと身をひるがえし叢に消える
その黒猫の最後を見たのは
早朝の散歩 自らの時間を停止させ
道路にピンク色のはらわたと黒い血痕
朝焼けの空には数羽のカラス
カァーカァーと鋭い鳴き声をあげ
歓喜の舞いのように旋回している
05
広いフロアの壁に献立表が貼られている
細かい字は入居者には読めない
今日のメニューは昨年とそっくりでも
朝 なにを食べたかも
昼になれば忘れてしまうのだから―
もしかすると 昨年のどをとおした人は
もう黄泉の国へ旅立っているかも―
自分の足で歩くのをあきらめ車椅子
慣れ親しんだ箸でなく乾いたスプーン
赤ちゃん返りをしたのか
半分だけお休みしながら食べる人
介護士が差し出すひと口ひと口をすする
そうやって 食事の時間は
どこまでも寡黙で静粛に進んでいく
誰も見ていないテレビだけひとり喋る
突然 甲高い声がフロアに響く
「ゲンキダシテタベテクダサーイ!」
カタコト日本語がフロアにこだまする
研修生という名のベトナム人
「オオキクオクチヲアケテクダサーイ!」
壁にはたくさんの掲示物
幼稚な塗り絵はどこまでも明るい色使い
長者番付表もある
東の横綱は百二歳 西は百歳
リハビリ体操は介護士の手作り
踊るような絵文字にイラスト入り
「人はみな、生かされて生きてゆく。」
―二〇一九年厚生保険制度は七〇周年を迎えましたーとの大きなポスター
ひたすら 沈黙という名の電車に乗り
食事をする入居者を凝視している
04
詩人会議応募
喪った親しい人の数を指折る
そろりそろり ゆらゆら ふわふわ クラゲのように
ぼんやり 思い浮かぶ 顔 顔 顔 顔ー。
それも 年ごとに 輪郭はうすれ
いつのまにか すうーっと消える
すうーっと消える人への悲しみより
近づきつつ 歳となる 不安と恍惚
救いを求めるように
天に向けそうーっと 黙し手を合わせる
天上界は限りなく広く青い
青色は群青色となり
青の濃さをどんどん増していく
藍群青からは黒ずみだし
いつの間にかすっかり暗闇に覆われ
祈りのことばさえ漆黒の世界に吸い込まれる
生はまばたきの連続
死は一瞬のまばたき
祈りという名のあやうい幻に惑わされ
祈れば祈るほど 黒い空がぐんぐん迫り
容赦なく引き込まれ
すーっと消える人になるようだ
03
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