怠惰な散歩  2017年12

   12月31日(日)

「土浦幻聴」の撮りおさめは富士崎町界隈。朝7時ごろ家を出て帰宅したのが9時過ぎ。去年拾ったマフラーに一昨年は拾った穴がひとつあいた手袋。さすがに防寒着だけはワンダーグーでお金を出して買った古着。どうみてもよれよじいさんのスタイル。あれもこれも自由を満喫しながら鼻水ズルズルすすりながらパチリパチリ。

11月から休みなしでブログを書いてきた。なぜ書くのかは問うまい。ただ、書きたいから書くだけだ。それならなぜ公開するのだ。本来、日記というのは第三者には見せないのではないか。自らの心の奥底にしまいこみ他人の目にはふれないようにするのではないか。金魚ちゃんに不可解な我が心をうちあける。

「バーカ、バーカ、バーカ」3匹の金魚ちゃん口をそろえて連発。吾輩、今年最後まで「バーカ、バーカ、バーカ」と嘲笑されている。やはり、最初の教育が悪かったのかー。井戸水でなければ生きられない。歯がないのだから大粒のエサでは食べにくい等々の我がままを許してきた。「バーカ、再教育はもう無理だよ」。どうもおいらのことをいわれているようだ。今年も本日で終りです。みなさま、よいお年をお迎えください。
 
   12月30日(土)

かあちゃんカンちゃんの家に行く。大きなダイコンとレンコンがお土産。重くて持って帰るのに難儀したという。重い分の心づくしに感謝をしなければならない。そこで思い出したのが日本は水の大量輸入国だという話。食糧自給力が乏しい日本はなんでもかんでも外国から輸入する。野菜と果物はもちろんだ。それらは70~80%は水分。その数字を含めたもので日本は決して豊かな水に恵まれた国ではない。

山王姫に「セピア色の青い空」の原稿を届ける。どうやら頭が真っ白になるハプニングに遭遇したらしい。ご用心、ご用心。修正箇所の読み合わせをすればよかったと反省。

夕方、姫丸子がおもちとゴボウとニンジンを届けてくれる。年末はもらいものが多い。もらいぱなっしの人生もいいのではとありがたく頂く。拒む理由はない。なんでももらいましょう。金魚ちゃんたちが囁いている。「ああ、恥ずかしい。なんでこんな家に飼われなければならなかったのだー。ジョイフル本田で拒否権を発動するればよかった。無念、無念なり」。
 
   12月29日(金)

―「地域力」と「市役所力」が一体となった協働のまちづくり―つちうら広報1月号においらの親方さまから新年あいさつ。さて、考えるのだ。「市役所力」とはなんぞや?。市役所はチカラモチでマサカリ担いで鬼退治に行く金太郎のような存在か―。鬼(市民)は何も悪いことをしていないのにどうしたらいいのか悩み戸惑う。

贈り物文化の継承者であるかあちゃんとお歳暮届けにゆく。なにしろ宅急便のお兄ちゃんが来るたびに飲み物をあげてねぎらっているぐらいだから貧乏からの脱出はままならぬ。

「ハート花壇」に花が一本も植えられていない。チューリップの球根を50本ほど植えたがまだ芽も出ていない。花壇に花が咲いていないことは淋しいことだ。そこで、寒さに強く最低価格の花を買ってきて植える。かあちゃん「性懲りもなくまた花を買ってきて―」と嘆く。そのくせ咲きだせば「きれい、きれいの」の連発。人というものはそういう仕組みに作られているようだ。金魚ちゃんに今年一年をふり返ってとコメントを求めるが沈黙。不気味だ。あらためて沈黙が一つの武器になることに気づく。そういうことで、今日も終わりました。


 
   12月28日(木)

年内のシルバーの仕事は今日で終わり。来年は6日が仕事始め。8日間の連続休み。どうやって過ごしたらいいものか悩んでしまう。悩むというより暇な時間をどうやってやり過ごすかということだ。時計の針は休むことを知らないから8日間ぼーっとしていても1月6日は必ずやってくる。それなら、余計な心配をしないでぼーっとしていればいい。

念のためにグーグル先生に尋ねてみたら「暇つぶし専門サイト」があるではないか。これを見ながらぼーっとしてろというのか。それなら決して暇つぶしとはいえないのではないか。究極の暇つぶしというのは、ただ、ただぼーっに徹すること。本やテレビなど第三機関を寄りべとせずぼーっとすること。これがいかに難しいか―。

さらに金魚ちゃんに訊いてみる。「いつものように肩の力を抜き鼻水ズルズルすすりながら山の彼方を眺めただぼーっとしていればいい」。有難きご注進に感謝をします。
 
   12月27日(水)

寒い一日だった。寒さこらえ水戸に行く。整復師会ニュースの納品と水戸のご老公の年末あいさつ。ご老公、やや疲れ気味。顔色も悪くやっと動いているよう。さらに、末っ子がパソコンのネット工事中。安いからといって変更するとややっこしい操作が必要になり悩みが増えるだけだ。そのイライラ時間と数百円の安さに目をくらわすのはやめた方がいい。時間割にしたらはるかに高価なものになってしまう。おいらの経験から伝える。要するにケチな考えは損なのだ。

「セピア色の青い空」の本文修正してプリント。現在使っているプリンターはもう10年になる。蓮河原、荒川沖、小松と渡り歩いた。長旅で疲れがきたのか調子が悪い。その間、2度もメーカーに送り大手術をしている。そろそろ交換時期がきているのかもしれない。

そこで、ケーズ電気でプリンターを見る。インクも増えて8色などというのもある。それだけで1万円を超す。あきらめる。貧乏人は欲しません。さっぱりしたものでコンニャクの表面のようにツルツルしたものです。でも、来年はなんとか購入したいもだとブツブツいいながら帰宅するのでした。
 
   12月26日(火)

穏やかな一日であった。おだやかな一日の始まりは朝刊を読むこと。そしたら「老人の取扱説明書」なる本の広告が目に入る。最近、この類のタイトルの本が増えたようだ。それだけ老人が増えデカイ顔をしてまちを闊歩しているのか。スタスタと歩いて迷子にならなければよいが、時には土浦市の防犯スピーカー出番となる。こまったものだ。

わが庭の草取りをやる。雑草は寒さに震え根っこがすぐに取れる。一本取っては父ちゃんのため♪♪二本取ってはかあちゃんのため♪♪。どこからともなく「ヨイトマケの歌」が聴こえてくる。ああ、頭は平穏なり。

山王姫から電話あり。「セピア色の青い空」の修正箇所を聞きメモする。表紙はどうするか?。できるだけ手づくりで温もりのあるのがいいとアドバイス。30日に相談することを約束する。約束は破るためにあるというが今回の件はまずいのではないかー。1年間のご苦労さんだから―。金魚ちゃん曰く「バーカ、山王姫がそんなことをするわけないだろう!オマエさんのほうが心配だ!!」
 
   12月25日(月)

グッドモーニング

あちらのかみさまも
こちらのかみさまも
朝になればお目覚めして
おはよう、おはよう

嘆きも 悲しみも
平穏なれとひれ伏し
喜びに満ちあふれた大空に
おはよう、おはようの声だけ送る

さわやか風にのり
地球をひとまりしても
あちらのかみさまも
こちらのかみさまも
お日さまにまっぐに顔を向け
おはよう、おはよう

それから
地上にすむ生あるものに
ちょっとだけ
おはようキッスを送ったりもする
 
   12月24日(日)

「ジングルベル♪♪ジングルベル♪♪カネモッテコイ♪♪」の今宵がやってきた。世間は騒々しいが我が家は日常と何も変わらぬ。ハプニングでもニアミスでもいい。トナカイのソリでなくても子ども三輪車でもいいから現金を運んでくれるサンタクロースはいないかと期待するが世界は貧乏人に薄情なり。

真向いの家で不幸があり華鳳殿の通夜へ。おじいさんが亡くなったそうだが知らせを受けるまで存在しているとは知らなかった。顔を見たことがなければ名前も知らない。そうかといって目と鼻の先しか離れていないから無視もできない。小松のしきたりも分からないからせめて通夜だけでも―。

シルバーの仕事も年内は28日の御用納めで終わり。正月がすぐ近くまできているぞと雄叫びをあげているようで今日は寒い一日だった。高齢者になると「あといくつ寝るとお正月でなくあといくつ寝ると暖かい季節が訪れるか」という期待だけ。とにかく寒かった。
 
   12月23日(土)

今日は天皇誕生日で隣の家のおじいちゃんが亡くなり葬儀の案内が届き陽はうららかな冬の一日。隣のおじいちゃんと一度も顔を見たこともなく存在しているのかさえ知らせを受けるまで知らなかった。小松に引っ越してきて10ケ月ほどになる。世界で75億人が住んでいるらしいが名も顔も知らずに消えた人はどれぐらいになるのか―。天文学的な数字になるだろう。人の世の無常を感じる。

いばぶんに行ってHPの更新をやり、その後は図書館に行きぼーっとしようと家を出たが途中でメガネを忘れたことに気づく。戻るのもしゃくだと「土浦幻聴」の被写体を探し田戸部地区をブラブラする。

なんとものどかな田園風景が広がり人っ子一人もいない。みんな死んでしまったのだろうか。田戸部の堰はつくば市と土浦市に桜川をはさんであるらしい。この辺は桜川漁業組合の入漁券が買わないと釣りができないはずだがと桜川を見渡すが釣り人はひとりもいない。桜川の水はひたすら霞ヶ浦を目指して流れている。わが家の金魚ちゃんをここに放してもっと自由に泳がせたらと考えるが、きっと目をまわして死んでしまうのではないか。そういうことで今日もぼんやりと終わりました。
 
   12月22日(金)

久しぶりに山王姫宅へ行く。万華鏡を覗くような紅葉色の写真を見せてもらう。自宅の庭で繰り広げられた秋景色の装いをスマホで撮ったものだという。さまざな時間や角度から撮った写真はどこか遠くへ紅葉狩りに行ったようで実に美しい。部屋も花盛りで猫がウロウロしている。

南岳書道展で展示した作品の一点は山王姫のものだった。すっかり忘れており搬出の時に返却。そのことを問われて絶句。ど忘れ、ぼけ忘れですっかり頭の中から消えていた。南岳先生宅に電話。奥さまがしっかり覚えていてくれた。こうなると、一番しっかりしているのは誰だろうかと考えてしまう。みんなでど忘れすれば世界は平和になるのか―。

夜、みーこちゃんこと歴史家から電話あり。お歳暮に送ったレンコンのお礼と近況を聞く。先般、朝日新聞に紹介された写真の感想を伝える。まるで牢獄のようなところで仕事をしているようだ。カメラマンも同席した。掲載された写真は左右が大きくカットされた。それなりの空間はあるということだ。仕事に追われ毎日パソコンと格闘中。その恩返しでクビや指先のイタイイタイに悩まされているらしい。ほどほどのぼーっも大切とサヨナラする。
 
   12月21日(木)

シンシンと底冷えのする一日だった。寒さはすべての行動を鈍らせる闇将軍。夜中のおしっこタイムまで躊躇させる。それだけではない燃費が増し家計を圧迫する。そんなニンゲン世界にそっぽを向いて朝早くからエサをくれと金魚ちゃんは果敢に動きまわる。思わず「某国の挑発行為とそっくりではないか?」と疑う。

シルバーの仕事を順調に済ませる。「セピア色の青い空」の冊子作りに励む。もっとセンスのいいデザインをと奮闘するがこの辺がおいらの限界かとほどほどにする。保険屋さんが説明にくる。ほどほどに聞いてかあちゃんにバトンタッチ。

夕方、姫丸子が訪れる。それもたくさんのおかずを持参。かあちゃちゃん感激、おもらししていないのかと疑いたくなる。仕事帰りという姫丸子は夜遅くまでよく頑張っている。そして満点の笑顔をふりまき元気な声を残して颯爽とクルマに乗り消える。毎度、毎度ありがたいことだ。さて、ツルの恩返しはどうしようか―。金魚ちゃんと相談しなければと思う。どういう答えが返ってくるか楽しみだ。
 
  12月20日(水)

「チリンチリン」という鈴の音で我にかえる。ハタと目覚めたのはヘルストロンの椅子の中。ここはどこだと一瞬迷う。そうだ、朝からパソコンとにらめっこして疲れたので久しぶりにながみね温泉に体を癒しにきたのだ。風呂からあがりヘルストロンに座り眠ってしまった。爆睡すること30分余、そこで迷宮の世界の虜になっていたのだ。

「セピア色の青い空」の小冊子作りに励んで肩こり首こり解消にやってきたことを目ざめてようやく気づく。鈴の音は隣に座ったおばさんがサイフにつけていたものだった。その音は雪深い山形の山村で聞いた馬そりの鈴の音とよく似ていた。

ツアー会社の範さんからTELあり。相棒が見つかり二人部屋になったとうれしい話。1月に東京銀座で説明会をやるので出席して欲しいという。了解の返事をするがその日はシルバーの日。また誰かと交代してもらわなければ。週二日の仕事なのにどういうわけかいつも重なる。寒い季節で重ね着が多くなる冬のせいかと金魚ちゃんに聞くが無回答なり。
 
   12月19日(火)

小松の高台にあるわが家は寒い。朝、窓を開けようとしたらサンが凍り付いて開かない。昨日もそうだった。どうやら荒川沖の家は周りが住宅に囲まれていた自然環境とは違うようだ。それもあり、ヨシヨシとする。

今年最後となる整復師会の仕事も無事に終わる。年内はこれといった用件はない。ひたすらのぼーっの時間だけがたっぷりある。これはいけないことではないか。怠惰ボーッ、ぼんやりボーッ、ゆったりボーッの毎日では脳みその世界が真っ白になりマダラボケ+認知症=廃人ではこまる。

そこで「セピア色の青い空」の小冊子作りに取り組む。しみじみと思う。ごたごた続きの中でよくも続けられたものだ。気力の減退に嘆いているばあいではないとカツをいれる。金魚ちゃん「ああ、虚しきカツなり」と一句。ああ、有難いことなり首を下げ感謝の意を表す。無視されるなり。
 
   12月18日(月)

おいしい煮込みを食べたい。市販のはどうも甘くて好みではない。それなら自分で作ってみようとスーパーで具材を探していたら突然ケイタイが鳴る。グランヴィアの元施設長T・I女史。今、大変なことが起こっている。バッグを紛失してSOSだ助けてくれという。女性はバッグにすべてを入れている。クルマのカギ、運転免許証からさまざまなカード。カード社会だからただごとではない。やや興奮気味で意味不明なところがある。

そこで、明日の8時過ぎに自宅に来てほしい。了解をしてバタバタと電話が切れる。彼女は連れ合いを亡くし、ひとり息子はバイク事故で天国へ旅立った。不幸な境遇の中でも気丈に生きている。それなのになんて運がないのだろう―。

夕方、またケイタイが震える。発信元に彼女の名前がくっきり。さては見つかったのだな。予想通り電車に置き忘れたのを交番に届けられていたという。中身は全部入っている。名前も名乗らず届けて立ち去ったという。インドでは天地が逆さになってもありえない。とにかくよかった。
 
   12月17日(日)

今日が日曜日で平均的な人々は休日。それなのにシルバーの仕事をやっているせいか日曜日だとはなかなか信じられない。

金魚ちゃんに訊く。「そなたの世界で休日とか祝日はあるのか?」「バーカ、毎日生き続けるというのにそんな休みの日を設けてどうなるのだ。その日は死んだふりしろというのか―。またまたバーカ、愚かで退屈で平和で毎日をあくせくしながら日々を送っているニンゲン世界だけのことだよ」。明解なり。恐れ入りました。達観というか悟りきったというのかわかりませんが、ぼーオジンでもそれなりに理解できます。ありがとうございます。

とはいっても、こちらにも言い分はある。
「ゆったりした時間を過ごし精神を空っぽにすることは明日への活力につながる。それが休日というものだ。そのためにもぼんやりした時間を設けることは大切なのだ」
金魚ちゃん吠える、「いつもそうじゃないか勝手にしろ!!」
「勝手にします」
 
   12月16日(土)

午後2時ごろ、暇をもてあますようにカメラをぶら下げて散歩に出る。陽はうららか騒音は悲しく吠えるクルマのエンジンぐらい。すれ違う人も少ない。さあはたして人々は地上で生きているのかと思うぐらいに静か。心臓のドキドキパクパク音がえ聞こえないのだ。人よ何処に潜み悪だくみを考えているのだ。

散歩から帰ると姫丸子からメールが入っている。昨日、ブログに載せたわが雄姿に感動したという。実はもっと俯瞰から撮り自らの毛髪の減退にげんなりした写真もあったが即座にカット。ウソはいつも真実と表裏一体ですぞ。とにかくありがとうございます。返信メールを送ろうと思ったがブログからでカンベンしてもらおう。

「対峙・2馬力」「アメリカンドリームの終わり」「百八つの流れ星・上)「読書の愉しみ」をまわし読み。どれも頭に入らず完敗。「それでいいのですぞ!!」。金魚ちゃんあきれ顔で嘆く。これもしかりなり。
 
   12月15日(金)

「南岳書道展」の最後の仕事。いばぶん事務所で預かっている書を返しの日。まずは、TISTに行きトラックを借りる。さわやか姉ちゃん100点満点の笑顔で迎えてくれる。心配したお天気も青空の笑顔。オジンよガンバレというメッセージのように映える。

いばぶんオーナーと「よっこらしょ、よっこらしょ」と声をかけながら大きな木版の書をトラックに積み込む。なぜ、こんなことをやるのか―。かあちゃんは「自分で忙しくして疲れることをしている」というが、これも天命なりと受け入れるしかない。

水戸の南岳邸に着いたら怪しげな空模様。急いで積み荷を下ろす。オーナーは「南岳美術館」のような邸内の絵画やら陶器に目をみはらせる。南岳邸は何度訪れても芸術家のコレクションオンパレードといった遊び心満杯の顔をして出迎えてくれる。人生、遊び心がなければ面白くない。これでいいのだと思う。そんなこんなで今日も無事に終わる。ああー、疲れたのだ!!。
 
   12月14日(木)

冷たい北風の中、市民会館の駐車場ををチリトリとホウキを持ってマンボウのようにゆらゆらと歩く。街路樹の葉っぱもほとんどチリヌルヲとなりなくなった。落ちているのはタバコの吸い殻。それも女子高校生の見えるようで見えないチラパンのようだ。

そこでタバコのフィルターはなぜ白いのかという疑問が解ける。カラフルにするなら虹のように七色にして販売する手もある。「おしゃれな七色フィルター付きタバコ」。そうしないのはシルバーで働く年寄りは視力も衰えている。タバコの吸い殻を拾う時にホワイトだと目立つ。なによりも広い駐車場などでは発見しやすいだろう。なるほど、専売公社もよく考えているものだ。

帰り土浦図書館へ。ここの駐車場はいつも空いている。前回欲張って借りた本は読み切れず延長を申し込む。それから4階のパソコンコーナーで本日のブログを認める。寒さのせいもあり写真を撮りに出かけることもないからブログ写真は不足気味。それでもなんとか探さなければとメールで自宅に送りバイバイする。
 
   12月13日(水)

水戸市在住の大塚欣一という現代詩人がいる。小児科医院を開業している。医師のかたわらに本気で詩を書いている。ブックオフでぼんやり書棚を見ていたら「読書の愉しみ」があった。昔々、タゴールやキリシタンのことで4時間近く話し、居間を覗いた奥さんが「まだ喋っている―」とあきれたように二人を見た顔ををしっかり覚えている。「小児科は24時間営業みたいもの」といっていたからあんなに時間がとれたのは休日だったのだろうか―。

タイトルの副題は「息子たちに読ませたかった100冊」。確かあの時、医師を目指している息子も話題になった。どうしているのだろう。

さて、今日のことを記すればこうなる。とにかくぼーっぼーっの連続。時間は着実に進み本日に別れるを告げる「カラスなぜなくの~」のメロディーが聴こえてくる。そうういうことでアクビの連続に誘われるように布団に潜り込む。そして、イビキの独唱を目指して深い眠りにはいるのだ。明日の朝は元気なあいさつを交わそう。バイバイでぇーす。
 
   12月11日(火)

ころころ花壇から雑草を探しては抜き取る。この作業が実に楽しい。楽しい世界が目の前にあるということはきっと神さまがおいらの善幸の数々を見ていたのだ。荒川沖の借家を追われてもこのような住処を与えてくれたのだと感謝。

昼ごろ、横浜から張り切りオオバさんが手土産を持って土浦駅東口に現れる。つくば文化郷のことを話したら是非見たいという。彼女は行動派で企画力もある。文化郷オーナーといろいろ懇談して施設を見学。オオバさんはくるくる頭を回転させ作戦をたてる。具体的なプランは企画書を作り提示することになる。さてどんなことになるのやら。

南岳先生の書を返還するためクルマの手配をする。N氏の携帯を呼び出すが応答なし。そこで学校に直接申し込む。電話口に出たのは懐かしいS女史。昔、ワタリウム美術館館長から「嫁に行かない娘です」と長女を紹介された。彼女は面白い人で高萩で一緒に食事をすることになったが夜も遅く適当な店がない。そこで見つけたのが一軒の焼き鳥屋。のれんをくぐるなり「私は鶏肉が嫌いです。ほかのはありませんか?」もちろ断られた。どういうわけか嫁に行かない娘と焼き鳥屋のことを思い出す。
 
   12月11日(月)

昨晩飲み過ぎたせいか体調悪し。よくあることだ。庭の芝生に座り込み雑草を取る。かあちゃんの友だちのりっちゃんが来る。「私は草取りが大嫌い」「なんで、こんな楽しいことはないじゃないか」うららか陽を受けながらそう答える。りっちゃんケラケラと笑っている。かあちゃんとりっちゃんが連れ立って出かける。

金曜日夕方にロンソンの駐車場でクルマをぶつけられる。たいした傷ではない。それでも相手は平謝り。保険で全額負担するということで話がついた。しかし、おいらにも非はあるのではないかという保険会社の担当者からの電話。どうも誘導質問をされているようだった。

モヤモヤしていたが、今日の電話で全額負担するという確約をとる。中古で購入したクルマだがおいらにとっては勝ったばかりの新車。生まれて初めての経験をさせてもらう。とにかく相手はプロ。仕事とはいえ誘導質問がうまい。大変勉強になりました。さよならです。
 
  12月10日(日)

陽は昇る。なんの理由あって朝がくるのか。それも土浦市小松だけではない。日本津々浦々までやってくるという。飽きもせずご苦労なことだ。その朝陽に向かって庭で放尿。世界の平和がキラキラ星となって輝く。実に美しい感動する。それが、今日のはじまりでした。

仕事の休日がその月によって変わる。そのせいか今日が日曜日であることをすっかり忘れている。暦どおりの休日ではないとなんとんなく落ちつかない。これは長いサラリーマン時代にしみついた習性のようだ。

久しぶりにいばぶん事務所に行く。今日はおそば屋さんは営業しているはずだが4時過ぎに着いたらもう閉店している。大きな屋敷がたくさんがあるが人影はなくひっそりとしている。閑静な集落の一角にあるいばぶん事務所。ここから文化の発信をとオーナーから言われているがどうやってとクビをかしげる。考えても妙案浮かばず。さっさとおさらばする。
 
   12月9日(土)

朝、金魚ちゃんに餌をやる。寒さのせいか動きが鈍い。それなりの対策は講じており生活環境は申し分ないはずだが彼らにとっては不満は多々あるかもしれない。それとも、寒い季節は冬眠したいとでも思っているのか―。

畑の雑草取りに励む。一本の草を引き抜くと無数の根っこが土の中から出てくる。こんな冷たい土の中でも必死に生きようとしている姿に感動する。そうだ、生あるものは生きなければならないのだ。

11月9日付けの朝日新聞「異議あり」をじっくり読みかえす。なにしろ登場している人物は保立道久東大名誉教授。内容はチンプンカンなり。どういうわけか、「戦争責任を問われて その人はいった そういう言葉のアヤについて お答えできかねます―」茨木のり子の「四海波静」の詩を思い出す。空は晴れ冬風が静かに吹く穏やかな一日なり。
 
   12月8日(金)

寒い一日だった。寒さ堪えて落ち葉を掃きます。土浦文化会館の枯葉も残り少なくなった。冷気に震えながら枯葉を探し建物周囲をほっつき歩く。手にしているのはゴミ袋に竹ぼうきと塵取り。服装は厚手の防寒着にマフラーを首にまきマスク。どう見ても年の瀬が近づき借金取りから逃げ回っているよれよれオジン。

負けてはなりません。高らかに勝利の雄たけびあげなくてもあげられなくても負けることだけはなりません。チラチラ雪が舞いそうな雲行きと風の冷たさにもかかわらず白いふわふわプレゼントはない。そうなれば外での作業は中止になるというのに無念なり。

仕事帰り、土浦市立図書館へ。「エドワード・スタイケン写真集成」を見る。これまで何度か目にした写真も載っている。世界には優れた写真家が大勢いる。ただ見ていないか知らないだけなのだ。写真集を見ながら鬼退治ならボケ退治に好奇心旺盛でなければならないと思う。金魚ちゃん曰く「もう遅い、遅い諦めろ」。それでも負けられません。

今回は土浦市立図書館で書きました。おわり。
 
   12月7日(木)

久しぶりにシルバー清掃請負人たちと一緒に仕事をする。1週間ぶりになる。短いようで長かった忙しい日々を無事に済ませ年寄り面々と再開。どうひいき目に見ても全員年寄りだ。これはしょうがない。若さが戻るということは絶対にない。

今日は白帆幼稚園の園児たちが明日の発表会に備えてのリハーサル。かわいい園児たちがおそろいの制服を着て続々やってくる。見送りに来たママたちもピチピチおしりをふりながらやって来る。若いということはいいことだ。でも、いずれは年寄りになるのだぞ!

帰り、霞ヶ浦湖岸を散歩。波静かでおだやかな顔をしてキラキラ輝いている。常陽新聞社時代に何度も湖岸道路をクルマでまわった。あの頃と少しも変っていないような気がする。土浦市民会館前に「よみがえれ霞ヶ浦」という大きな標語があるが、いったい霞ヶ浦はいつの時代までさかのぼりよみがえるのか。わからない。多くの人々が昔の霞ヶ浦を忘れ記憶にとどめていない。それなら、霞ヶ浦だって困惑しているはずだ。つまらない疑問を抱きながらバイバイする。
 
   12月6日(水)

朝から畑と花壇の手入れ。昨日より寒いがポカポカ陽気。頭のなかも陽気そのもで空っぽ。それでも地球はまわっているようで太陽の位置がどんどん西に向かっていく。世の中も時々刻々変化ているようだが、ぼーっおじんのぼーっは変化の兆しなし。それでも日めくりカレンダーはどんどん薄くなる。

昼食後いばぶん事務所へ。つくば文化郷はひっそりとしている。ここの定休日は水曜でだぁーれもいない。いないいないばぁーというより死んだような時間が流れている。巻き込まれ事故はお断りと早々に退散。

雪が降っても咲いているというパンジーの特価品をジョイフル本田で買う。Tポイントカードを要求され山新カードと間違えて差し出す。「これは山新さんのカードです」やんわり突き返させれる。いわば商売敵のカード。そこで考える。わざと間違えてライバル店のカードを提出したら店員はどんな反応を見せるのか観察する。それを大論文にまとめ世界に発表する。ば~かみたい。でも、人生は楽しくなければ面白くない。
 
   12月5日(火)

「心花壇」と「ハート花壇」を総じて「ころころ花壇」と命名した。心花壇はそれなりの形を整えたがハート花壇は未完成だった。本日、屋根瓦で囲んでハートマークを完成させる。さて、どのような花が冬のあいだたくましく咲いてくれるものか。まったく不明なり。教えてほしいものだ。

昼ごろ、特老施設グランヴィラア牛久の施設長だったT・I女史(元上司)、小松の新わが家に初めて参上。今は病院の役職も退き年金暮らしとケラケラ笑う。ピアノや絵を描いたり毎日忙しいという。さらに続く、これから英会話を学びたい。おいらのかあちゃん絶句。彼女73歳、かあちゃん75歳。いろいろな年寄りがいるものだ。

横浜の行動派のT・I女史からメールあり。つくば文化郷を一度見たいという。どうぞ、案内しますと返信。その後のことはそれなりに事済む。横浜からつくば吉瀬は遠い。それでも、インドよりは近い。
 
  12月4日(月)

橋口譲二の写真集「17歳」を見ていたら「アメリカの大統領とかいるじゃないですか。戦争で解決しようとしているけど、人が死んでいるだけじゃないですか。そういうのは良くないと思います」。2004年岐阜に住む17歳の少年がいっている。

17歳という多感な年代。おいらはそのころどんな考えで生きていたのだろうと思わず考える。毎日がハレの日のような気分で遊び惚けていたのではないだろうか。太宰治の小説にのめり込んでいたのかもしれない。人並みにハシカに罹っていたのだ。

久しぶりにいばぶん事務所へ。ばたばたしていたので整理に励む。S氏が本を届けてくれる。元相棒も来訪。なんとんなく全部終わり用済みのトイレットペーパーのような気分で帰宅。お天気が悪いせいかもしれない。

「清冽」詩人茨木のり子の評伝を読了。すっきりする。良家育ちの茨木のり子と貧苦な生活を余儀なくされた詩人石垣りんはとても仲良かったという。詩人としてお互いが認め合い切磋琢磨していたようだ。共通することはしっかりと社会を見据えていること。
 
   12月3日(日)

上野の精養軒で開かれる「神林留学生奨学会年末交流会」に行く。毎年の恒例となっているイベントだがこれが終わるとなんとなく今年も終わったという感じがする。上野公園の秋色は鮮やかな美しさを見せている、いつも世話になっている事務局のFさんが車椅子で受付に座っている。どうしたのかと聞けば骨折をしたという。「みともさんと同じになった」「いや、おれはここまで重症ではなかった」。一昨年の夏、研修旅行に誘われ胸の骨を折り断念したことを思い出す。「年よりの仲間入りをしてしまった」とぽつんとひとこと。

会場では東京芸大で学び現在は中国の音楽大学学長に出世したという田さんが独唱。素晴らしいテノールの歌声で三曲聴かせてもらう。理事長は「すっかり目が悪くなった」とメガネをかけている。ここには留学生の若者グループと役員理事の年寄りグループに分かれる。おいらは残念ながら後者。無念なり。

お土産を片手にクリスマスツリーが飾られた上野公園を歩く。いつまでこのイベントみ誘われるやらと考える。考えてもしょうがないと金魚ちゃんが待つ家路を急ぐ。
   12月2日(土)

ご町内のみなさま、ただ今ぼーっおじんが夕方の散歩をしていますよーご機嫌はいかがでしょうか?。久しぶりに小松界隈を歩く。ここ数日ばたばたとしていたこともあり怠惰な散歩もままならかった。おまけに今日のお天気は小春日を感じさせる暖かさだ。

小春日に誘われころころ菜園のお手入れ。さらにごみを燃やし一服しながら炎のゆくえを眺める。ゆらゆら燃える炎とともに青い煙りが立ちのぼるのを見ているだけで心があらわれる。火というのはいやらしい煩悩を焼きつくし浄化してくれるのだろうか―。「よれよれおじんの心にはタバコのヤニがこびりついてとても無理無理!」どこからとなく金魚ちゃんの声が聞こえる。不気味だ。

石垣りん「表札」、茨木のり子「わたしが一番きれいだったとき」の詩を何度も読み返す。素晴らしい。これまでいくほど読んだのだろうか―。いい詩はいいのだ!!。石垣りんが東京駅前の興銀本店に勤めていたのだろうか?。おいらはそのビルで何度もゴンドラに乗り窓拭きしていた。そうだとしたら―、別にどうってないのだがー。
 
  12月1日(金)

かあちゃんのゴホンゴホンおさまらず。そこで荒川沖東口にあるかかりつけ医院の順番取りに行く。診療開始は9時だが受付は8時30分。その時間を目指して出発するがすでに先着10人が待合室に座っている。暗い一日の幕開けとなる。

診察の結果はかあちゃんは風邪をこじらせて長引いているようだ。加齢による体力の衰え。これだけは避けられない。辛いことだが素直に認めなければならない。心にわだかまる不安を金魚ちゃんに訴える。「おまえさんどうしたものかーどうしたものかー」「わかりません」。意味不明の問答をする。

二ランジョンと秋田のカンちゃんからメールあり。絅子先生より手紙。インド大使館で読み上げた謝辞の原稿。おいら夫婦のことが記されている。山王姫より電話あり。「セピア色の青い空」は年内予定の12回を終える。さて、次はどうするか―。まったく見当つかない。明るい話題にと考えるが妙案は浮かばない。そこで眠ることにする。バイバイです。 
 

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