ふみのり詩集 
         2019年より各種詩誌に掲載された作品

 夏の暑い夕暮れ時

夏の暑い夕暮れ時
かたむいた空き家に
朽ちろとばかりに
生温かい風が吹いている

草ぼうぼうの狭い庭にも
土台や支える柱にも屋根にも
からみついた蔦にさえ
家族の息づかいはあり歴史はあった
いまそれらを全否定し
朽ちて消滅しようとしている
  
だらだらとした長い坂道
上がりきったところに
空き家は強い西陽を受け
燃え尽きるかのように
赤まみれに染まっている

風の匂いを嗅いでみようー
消えるものには腐臭があるはずだー
最初に嗅いだ匂いはー
なまぐさくどろどろしてたけど新鮮で
限りなく明日への生がほとばしっていた    

あれから今日まで
青い飛沫をまき散らし 
うつ世とあの世を行きかうように
わたしは生きてきた

坂下からの吹き上げる風にのり  
からす なぜなくのー 
七つの子の童謡がもの寂しく聴こえ
気がつけば
臭いも嗅がず息を殺すように
足早に空き家を通り過ぎ      
わたしは家路を急いでいた

22
 けんこう坂にある空き家 

高齢になったというのに
坂道の多いまちに越すはめになった
家の玄関を出るとすぐ急な下り坂
けんこう坂と名づけ励ますがきつい

十メートルほど下ると
踊り場のように平坦な道となる
閑静な住宅街といううたい文句だった
建売住宅が坂道をはさんで建ち並ぶ

不意に招かざる客のように目に入る
頑丈そうな入母屋造りの一軒の空き家
門扉は鍵がかけられ雨戸は閉まりっぱなし    
広い庭はわがもの顔で雑草が伸び放題
外壁には蔦が執拗ほどもつれ絡んでいる

バブルで踊り弾けたという噂だ
だれだって明るい未来を信じ
生きていたはずではなかったかー 
 
それにしても不釣り合いだ
寸分違わないような意匠で
お行儀よくひなだんに建ち並んでいる
けんこう坂の風景には似合わない
似合うということは
なにげなく風景に溶け込むこと    

呼称を変えるべきかー
無念坂 怨み坂 黄昏坂 敗残坂
愛称を変えたところで
真実は歴然と存在しているのだろうがー             

21
 八月の沖縄の青い空

僧侶姿で坊主頭の白人
大声で叫び つめ寄る
「アナタハナゼシャシンヲトルノデスカ」
手に持つ太鼓をバチで激しく叩き
「デモニサンカシナサイ」

一九歳のぼくは柔順に
カメラをバッグにしまい
コブシを突き上げた
空はどこまでも青く
白人のブルーの瞳より青く
空いっぱいに広がっていた

澄んだ青空を横切るように
戦闘機が鋭い爆音を残し
ベトナムの方角に吸いこまれ
地上では沖縄を還せ!
デモ隊の大シュプレヒコール

もう半世紀前のことだ 
一九六八年終戦記念日
沖縄本土返還を訴える
コザ基地から那覇市内までの大行進

過ちの遺産を背負う重みに
ぼくは行き先を見失い
あれから半世紀 黙したままだ 

ひとつだけ信じてほしい
あの時の沖縄の空は限りなく青く 
コブシを突き上げる人びとの頭上から
従属国からの解放を願い
熱いエールを送っていたことを―。

20
 手ざわり
        
手ざわりのある
生活をしたい
五感でふれるざわつき

いつものような
さわれることができ
こわれそうでも
やわらかさがあり
つつみこみ
抱きしめるあたたかさ
そんな手ざわり

手ざわりのない
日々をおくり
いつのまにかいちねん
いちねんという時間は
紋様的には美しく
幾何学的に整っているのか

忘れかけた
手ざわりを探すように
自らの顔を鏡に映し
なでまわしてみる
温もりは交歓している

ああ みんな
生きているんだ

消えない記憶
頬をよぎった
名もない風の囁き
明日こそ
正夢で終わらなければ
手ざわりのあるいちにちをー

19
 真白き富士の嶺 

ねぇ、あんた
最初で最後の読者の
詩なんか考えていないで
わたしの痛い足を
優しくもんでおくれよ

ねえ、あんた
そんな渋柿のような渋面して
真剣にことばと向き合って
町内会と喧嘩でもするつもりかい

ひねもすぼうーっと
遠くに流れる雲をながめ
うつろ万感の大きな欠伸をする
ふうっと ほうっと するりんこ
生きた言葉は生まれるんだよ

都月次郎先生が
おっしゃっていたじゃないの
切れ味のいい包丁と素材
わが家には砥石もないし研ぎ方も知らないし
素材を探す知力となると
痴ほうが進んできたからさぞ大変ねー

ささくれだった爪の隙間からも
生きた言葉が音もたてず
生まれる時だってあるんだよ

ねえ、あんた
もう 獏は食べ飽きただろうから
裏の畑から大根一本を採ってきてよ

そう わたしが
一番輝いていたころそっくり
新鮮で瑞々しく
真白き富士の嶺のような
すくっとした あの大根よ

18
 水辺の乙女像 

かまぼこ型の白い屋根の
二階建ての家には
彫刻家夫妻が住んでいる

現代アートを専門とする
一階にあるアトリエは
さながら
小さな町工場
乱雑に据え置かれた
機械類は
なにやら正体不明で
おばけのように居すわる

久しぶりに注文があった
新しくできた公園のモニュメント
水辺の乙女像を制作する
白髭の彫刻家は満面の笑み

さまざまな金属たちは
ここぞとばかりお出ましとなり
たたき のばし おりまげられ
火花を散らしてくっつけられ
悲鳴をあげなら
乙女像は造られていく

夕暮れ近く
アトリエの乙女象の叫びは
水をうったように静まり
二階の部屋に灯りがつき
煙突から淡い紫煙がたなびく

まるで
乙女像の闘い癒すように
ゆっくりと宵闇の中に
立ちのぼり揺れながら消える

17
 ビンボードライブ

さあ 出発だ!
ビンボー街道のどんづまりまで
クルマを走らせれば
キラキラ海岸に辿りつける

白波たつ砂浜に座り
白髪をなびかせ
思いのたけ吐きだすのだ
過ぎ去った歳月は
いっさい慎み
これからということをー

ビンボー年寄り夫婦を
いたわるように
エンジン音は快調

ビンボーは
オートマチックでは
なかったはずだ
どこかで怠け
ギアチェンジを誤ったのだ
それは問うまい

さあ 大海原だ
まったく新しい未来を
打ち寄せる大波小波にー
訊いてみよう

波はことばを忘れたのか
ザッザアーザアザザー
濁音の繰り返し

まだ燃料は残っている
もっと 生きろよということだ!
かあちゃん、こっくり頷く。

■詩人会議2021年4月号「生きる」
16

 海 叫び

ザッザザアー ザッザザアー ザッザザアー
あなたはこらえきれなくなり
大きなくしゃみをした

わたしに思いやりはない
あるのは覚悟だけだ
おもむくだけの意思が動いただけだ
わたしの病気が重くなったのは
わたしをないがしろにしてきた
ニンゲンたちのせいだ
堰を切ったように
何もかにもぶちまける
ザッザザアー ザッザザアー ザッザザアー

その瞬間
わたしのすべての器官は
いたたまれず咆哮したのだ
大地も海原も山河も
しっかりと手を取り合って
病気に挑み訴えたのだ

地上に棲む生き物たちが
阿鼻叫喚の世界の渦に飲み込まれ
嘆き悲しもうが
わたしには何の罪もない
この戦いに思想はいらないのだ
ザッザザアー ザッザザアー ザッザザアー

■詩人クラブ「現代詩人選2020」70周年記念アンソロジー
15

 冬の案山子

冬の冷たい風は
湖面をつたい
地上に運ばれ
田んぼを走る

走り疲れた風は
冬の弱い陽を受け
破れすがたの 
案山子でひとやすみ

かかし
ひもじ
さみし*

案山子は声を震わせ
一枚の綿入れ半纏を
恵んでくれませんか
肩で休んでいる風に祈る

風がそうっと囁く
祈りで救えることは
なにひとつありません

案山子はそれでも祈る
だれかが
気ままな風にのせ
届けてくれると
信じているよ

凍えそうな風を
暖かな吐息で
抱きしめ
祈り続ける

*「案山子の祈り」ニランジョン・ボッドパッタエ(インド)

■詩人会議2021年」3月号「冬」
14

 明日への約束

今日は明日を
約束してくれない
明日は明後日を
約束してくれない
約束してくれるのは
この今という時間だけ

湿ったこころ
乾いたこころ
濡れたこころ
約束という文字は
こころのなかで重なる

少年だったころ
力いっぱい駆けた
野山の匂いが
突如と鼻先をくすぐる

明日への約束を
両手いっぱいに抱え
友だちと別れ
家路を急いだ
空は茜色に染まり
砂利道から伝わるのは
一抹の淋しさと期待

村はずれの神社そばで
水車(すいしゃ)小屋の水車(みずぐるま)が
ぐるぐる回るように
今日の約束と
昔日の約束が 
ごじゃまぜになり
回り続ける

■詩人会議2021年2月号自由の広場
13

 まばたきの祈り 

喪った親しいひとの数を指折る
ゆらゆらゆらり ふわふわふわり
波間のクラゲのように
ぼんやり 思い浮かぶ 顔 顔 顔ー。
それも 年ごとに 輪郭はうすれ
いつのまにか すうーっと消える

すうーっと消えるひとへの慈しみより
近しき歳となりつつ
ぼんやりとした不安
叶わぬ望みに願いをかけるように
天を見上げ黙し手を合わせる

天界の青色は群青色となり
その濃さをどんどん増していく
紺色から灰色へ 
やがて黒ずみだし
いつの間にか
すっかり暗闇に覆われ
祈りのことばさえ
漆黒の世界に吸い込まれる

生はまばたきの不連続線
死はつかの間のまばたき

■詩人会議2021年1月号自由の広場
12

 ことばスープ

い ろ は に お い ど
あ い う え お
順序はどこからでもいい

ことばをまな板にのせ
切れ味のわるい包丁で
四方八方に切り刻む

由々しきことばは
まな板を跳ねたり飛んだり
しばしの宴会さわぎ

焼いたり 炒めたり 茹でたり
さあ 味付けは
天然物か人工物か
鎮座する調味料の多さに戸惑う
 
迷いに迷い
ここは正念場と
ことばスープに問うが返答なし

香ばしい匂いに
ひとり悦になり
今日のいのちをいただく

ことばスープは
音もたてずに呑み込まれ
すーっと消えなくっている

■詩人会議2020年11月号自由の広場
15

 祈りの時間 

人知れず雑木林の小路にたち
なにも願わず
姿勢をただし
頭をややまえに垂れ
重い瞼をゆるりと とじ
両手を胸まであげ手を合わせる

前のめりすぎたのではなかったのか―。
なにもかにも 身の丈にあった
生き方でよかったのではないか―。
なにかに急きたてられているようで
いつも 逃げ道を探していたのではないか―。

大きく深呼吸を数回して
雑木林の小路を再び歩きはじめる
足もとから伝わる葉擦れの音
行く末の覚悟を決めたかのように散りばめ
鮮やかな紋様を見せ思いおもいに伏せる
この枯れ葉 一枚いちまいに命はあった

突如 森閑とした雑木林に野鳥のさえずり
さらに 行く手を阻むかのように
一本の名もしらぬ大樹がそびえる
見上げると どんよりした大空に
裸の小枝を突き刺すように広げている

前のめりしそうになった時
大樹に問うべきだったのではないか―。
静まりかえった雑木林の小路に佇み
祈るのではなく
ただ黙して手を合わせるべきだったのではないか―。

■第5回長瀬清子現代詩賞入賞
14

 紫陽花が咲くころ

梅雨時の季節になれば
紫陽花は嬉々と花を咲かせる
こんもり山が連なり
マシュマロの群落をみるようで
思わず両手で抱きすくめたくなる

ひと房ひと房の紫陽花は
朝の冷気をたっぷり吸い
花びら一枚いちまいに
透きとおった雫を輝かせ
目覚めたばかりの太陽を映し
大きな青空に白い雲もうかばせ
無数の小宇宙をつくりだす

わたしは意を決して
大きな房をわしづかみ
顔に押し当てなでる
紫陽花はなせるまま
周りに雫をふりまく

頬に染みこむ冷たさの心地よさに
七変化の花房さまよろしくと
紫陽花を次々と手ですくい
洗顔とは花から
いのちをいただくこと
ひとりうそぶく

わたしは雨に打たれた
濡れ雀のように
顔をブルブルふるわせ
今日のいのちを弾かせる

■詩人会議2020年10月号自由の広場
13

おっぱいの重さ 

その夜
ぼくは母と風呂に入った
裸電球一個の薄暗い風呂場の湯船から
雪舞いのように湯けむりがゆらめき
時折 冷たい隙間風が頬をよぎる

母とぼくは
狭い湯船で顔を向き合い
からだを沈めていた
するとぼくの目の前に
大きな白いおっぱいが浮かび揺れている
驚きとうれしさのあまり
二つのゴムまりのようなおっぱいを
持ちあげたり揺すったりした
母はくすぐったいとからだをよじる
ぼくはますますはしゃぐ

今思えば 母は
日々の張りつめていた緊張から解放され
つかの間の生の喜びに浸っていたのかもしれない

夫を喪い 三人の幼子を背負い
母子家庭の行く末への不安
風呂に浸かるというのは癒しではなく
ひとときのまやかしだと母は知っていた

湯船からあがれば
雪のように白いふわふわおっぱいは
引力に逆らえずもとの乳房となり
これから苦難な道のりが待っていることを
母は知っていた

その日の昼 騒々しかったのは
父の告別式が営まれていたからだった
ぼくが二歳の時で ずうーっとのちに知った

■詩人会議2020年8月号自由の広場
12
 

桜の悲しみ 

涙をいっぱいうかべている桜の花びら
どうしてと 尋ねる
今年のはる わたしが一番美しい時
誰も見にきてくれず 花びらのもと 宴もない
淋しさだけひらひらさせ咲いているのが悲しい

■詩人会議2020年7月号「短詩」
11

 ヒヨドリの伝言

朝の静寂を食べに雑木林に入る
眠りから覚めやらぬ樹々たちは
姿勢を正し朝露に濡れている

一度 大地に根をはったかれらは
微動だもせず同じ場所に生き
沈黙を守り通しいつかは朽ちていく
その覚悟のよさにたじろぐ

突然 野鳥の鋭い鳴き声
森閑とした木々たちを一瞬ゆする
鳴き声を追うと小枝にヒヨドリ一羽
西方に視線を向けまた鳴く
なぜ東でも南北向きではないのか
大きな理由が必ずあるはずだ

自らを顧みれば
これまで理由もなく右往左往してきた
腰を据え物事を考え挑んだことは
あったはずだと信じたいがあやふやなことばかり

ヒヨドリが西方を向いた姿勢を変えることなく
なにを伝えようとしているのだろう
ただ今日を生きるためのさえずりとは思えない

わたしは今日を生きようと雑木林に足を踏み入れた
そして かれらやかれらの友だちに
理由もなく何かを話したかった

ヒヨドリが何かの伝言を乾いた大空に認めようとしている
それをしっかりと読みとろうとする
仲間たちがどこかにいる
存在することの尊さを
ヒヨドリは知っているのだ

■詩人会議2020年7月号自由の広場
10

  花いちもんめ   

花いちもんめ よ―
遅すぎたかもしれない
遅すぎないかもしれない

どっちかだ どっちかだが
どっちであるかを質すのには
花いちもんめ よ―
遅すぎたかもしれない
遅すぎないかもしれない

ある村はずれに小さな池があり
清らかな泉がわき枯れたことはなく
悩めるひとに救いの手をさしのべる
言葉が刻まれた石碑が
寂しそうに建っているという

いつ だれの手で なんのために― 
村の長老も分からず
誰も知ろうとしない
石に言葉を刻み残すという
手荒な行為は
生きとし生きるものたちへの道標か
言葉を噛みしめ考え
学び直せということか―。

 
言葉は 雨が降る日も 風が吹く日も歌をうたっていた
花いちもんめ 花いちもんめ 
たわいのない青い空
たわいのない白い雲がたなびく日
詠み人知らずの言葉を思いうかべ
一緒に口ずさんでみる
花いちもんめ 花いちもんめ 

■詩人会議2020年6月号自由の広場
9
 黒猫ものがたり 

黒猫が叢に隠れ獲物を待っている
狙いは庭のえさ台にやってくるスズメ
かっと見開いた瞳は
朝陽を受け輝きに鋭さを増している

飼い猫はキャットフードを主食とし
野山の小動物を追わなくなった が
わが家を縄張りとする数匹の野良猫は
野生の本能を失っていない
食えるものは何でも食い 生きのびる
素朴な問いは答えのありようを知る

スズメは上空を何度も飛びまわり
なかなか餌台に下りてこない
黒猫が敵と どこで教わり学んだのか
捕えられ翅や肉をちぎられ血を流し
息絶えれば生の終わりであることを
親鳥か 遠い祖先から引き継がれたのか

緊張した静寂を突き破るように
数羽のスズメが餌台に下りてきた
チィチィと囀り忙しくエサをついばむ

その時 黒猫の黄金の瞳はかっと見開き
スタートラインにたつ短距離走者の姿勢
一瞬の隙をつき黒猫は果敢にジャンプ
スズメたちは一斉に空へ逃げる
ショーはあっという間に終わった と
黒猫の嘴には翅を震わせる一羽のスズメ
前足でしっかり押さえつけている
今日のイノチをかちとったように
さっと身をひるがえし叢に消える

その黒猫の最後を見たのは
早朝の散歩 自らの時間を停止させ
道路にピンク色のはらわたと黒い血痕
朝焼けの空には数羽のカラス
カァーカァーと鋭い鳴き声をあげ
歓喜の舞いのように旋回している

■詩人会議2020年5月号自由の広場
8

 かわいそうな人 

細くなった皺だらけの腕に
高価そうな金ぴかの腕時計と結婚指輪をつけている

末期患者の烙印を押されたように緩和病棟へ移され
病室の小さな窓から射しこむ日に
金ぴかの腕時計と指輪が光り揺れる

「血管を探すのも容易ではない」
看護師はそういって腕をさする
その突き刺さった一本の針からビニール管を通し
閉じそうになる命を支えているという

ゴーグルのような酸素呼吸器をつけ
乾いた唇が小さく震え何かを伝えようとしている
モグモグしているだけで言葉にならない

「腕時計も指輪もはずしてください」
看護師は何度も頼んだそうだ
その時 信じられないほどの力で拒絶するという

どれほど大切にしているのか
あなたは腕時計も指輪も離そうとしない
九五年という過ぎ去った歳月をふりかえり
自分の命の残り時間を測り
秒針から読み取ろうとしているのかー
指輪から思い出を手繰り寄せようとしているのか―
とうにいない伴侶の形見というが―

もう全部腕からはずしたら
もっと軽く心地よく
あちらさまへ 旅立てるのでは
そう思うとかわいそうな人

頑固さと肩書で生きてきた人の散り際は
なんともかわいそうで
あなたの手を握り締め別れる時
わたしの血管と見比べ
生の現在と生の過去の階段を数えてしまい
さようならも言わず病室を後にした

■詩人会議2020年4月号自由の広場
7
 朝日のあたる本棚

朝日のあたる本棚に白い埃がうかび
さまざまなガラクタが無造作に置かれ
姿勢をただしている本の背表紙は
肩身を狭くし白黒の文字を浮かびあがらせる

いくたびの引きずり回しにも耐え
我ここに在りて と訴えているように
積読という名の書物群は沈黙したまま
どんな気持ちでお座りしているのだろう

引っ越しするたびに本は減っていった
そして いつの間にか増え
独り身の気楽さを背に転居を繰り返し
邪魔になった本はいく度も古本屋に消えた

主人を離れた本たちはどうしているのだろう
見知らぬ人の手に渡ったのか―
断裁と再生で生まれ変わったのか―
それでも ひととき わたしの息遣いにふれたはずだ

三叉路にたちまっすぐ進むか右へ曲がるか
左に行くかと悩んだ時 そっと教えてくれた
どっちでもいいのだよ ただ いのちはひとつだぞ―。
水面のさざ波をぴたりと鎮めるようなすごみみがあった

今朝も本棚に朝日は射し込み
くすんだ背表紙が浮かび
息を吹きかけ蘇生させようとしている

■詩人会議2020年3月号「本を読もう」
6
 ほうきの音

今朝はゆっくりとなめらかで
ラヴェルのボレロを聴いているようだ
ザッァーザッァーザッァーザッァー
落ち葉とほうきと地面が
三位一体となり
心地よく安心して聴けるほうきの音

あの日の朝はお昼から
ご主人のお別れ会がある日だった

ザッァ、ザ、ザッァ、ザ、ザッァ
いつもより速く
何かに追われているようで
気ぜわしく聴こえた
庭に散った枯れ葉は
ほうきと地面と板挟みになり
悲鳴に近い声をはりあげていた
きっと 帰らぬ人を
あきらめふっきろうと言い聞かせ
急いで掃いていたのだろう

命を掃く
落ち葉を掃く

今朝はいつものほうきの音に戻った
うるさく吠える犬や
小鳥、虫のさえずりさえ消えている
刻(とき)は休むことを知らない
居るべきあなたは永遠に帰らない
ザッァーザッァーザッァーザッァー

今、思いおこしてみると
わたしは、いつも
あなたのわき役に徹していた
でんぐり返し
さあ、わたしが主人公になって
舞台の真ん中で大きく羽ばたこう
ザッァーザッァーザッァーザッァー

■詩人会議2020年2月号自由の広場
5

 沈黙の木

鈍色の空には黒い雲が大きくたれこめ
広い空を覆っていた
その雲から雨は休みなく降っていた
降りやまない雨はないいつかは止む
沈黙の木にぶら下がったりんごは
静かに雨あがりを待っていた

沈黙の木にぶらさがったりんごは
おばばが黄泉の国の旅へ
細まる鼓動に耳をそばだてていた
心音はだんだんと小さくちいさくなり
暗雲に吸い込まれ途絶えた
沈黙の木にぶら下がったりんごは
悲しみの涙を流し
涙は雨粒にまじり消えていった

沈黙の木にぶらさがったりんごは
おばばが永遠の刻(とき)を
つかみとったことを認めると
広い空を見あげた
いつのまにか雨はあがり
雲間から薄日が射し込んでいた

沈黙の木にぶらさがったりんごは
遠くから新たな心音とともに涙を忘れ
赤ちゃんの元気な産声をきいた
沈黙の木にぶら下がったりんごは
ほっとするように
細い枝からすとんと地上に落下した

■第4回長瀬清子現代詩賞入賞
4

 朝を迎えうつ

窓を大きくあけ
朝を迎えうつ
ひんやりした清々しい空気を
肺の奥まで届けようと
深呼吸を数回繰り返す

今日を生きるというより
今日も生きることを考える

時代は平成から令和へ
何もかにもが変わるわけではない
何もかにもが変わろうとしているだけだ
翻って歴史を遡れば
いつの時代もそうであった
ヨロコビの遺産に酔いしれたり
アヤマチの遺産に懊悩したり
予期せぬ天地動乱に慄き怯えたり
それでも連綿と歴史を刻んできた

いつの時代もそうだった
願う神もわからず祈り続けてきた
あがらうことの虚しさにしおれながらも
ただ、何も願わず手を合わさせてきた

今日という日が平穏であればいい
そうであるべきだ
そうでなければならないのだ
大きく深呼吸をして
わたしは、朝を迎えうつ

■詩人会議2019年11月号自由の広場


 窓を叩く

マッチ箱のような二階建ての家が建ち並び
水を張った蓮田に影を写す
マッチ箱の家は二倍になり四階建てとなる

覚めやらぬ早朝
あたりはシンと静まり返り
昇り始めた太陽に導かれるように
マッチ箱を並べたような家々は
ゆらゆらと水面に影を泳がせ全容を見せる

水が張られた蓮田に一羽の白鷲が水音もたてず
大きな羽をひろげ舞い下りる
水面に映った二階のベランダ越しの窓をつたい
エサを求め抜き足差し足で歩を進める
まるで一軒一軒の窓を叩たいているようだ

白鷺のくちばしが水を打つたび
波紋が何重もの輪をえがいていく
音はなく静寂だけが救いの神のようだ
白鷺は細い脚を進め次々と窓を叩く
そのたびに波紋はどんどん増える
マッチ箱の住人たちはだれも気づかない
今日という日がもう始まり
時間が音もなく過ぎていることを―

■詩人会議2019年9月号自由の広場


 老人とブーゲンビリア

ホテルの手入れの行き届いた庭園には
赤いブーゲンビリアが咲き誇っている
魂の花とも呼ばれ
暑さに喘ぐ老人の心を揺さぶる
サーモンピンクの花は
どこまでも重く激しい生命力を見せつけている
その猛々しいほどの色づきに憎しみさえ覚える

コテージのベランダにはブーゲンビリアと
そっくり色のソファーが
テーブルをはさんで向かいあっている
片方はカバー取り換えられ鮮やかなサーモンピンク
もう一方は
さんざん使い古され色あせほころびさえ見える
どうして、一緒に取り換えなかったのだろう―?

汚れ色あせたブーゲンビリアのソファーに
どれだけの人々が座りこんだのかー
そして、疲れた心の窓を開き
ブーゲンビリアを眺めて時を過ごしたのだろうかー

色あせたブーゲンビリアのソファーから
人生の交代期を知ったのか
色鮮やかなソファーから明るい未来を感じたのか
嫉妬と怨嗟、誕生と終焉
その間に存在する生命の躍動に感謝し
ブーゲンビリアから吹く静かに風を受け
去りし数々の思い出に浸っていたのか―

遠くからベッドメーキングしている
若やいだ明るく澄んだ声が聞こえてくる
彼らには未来がある
老人は、ブーゲンビリアに向け
オーバーなジェスチャーで投げキッスする

■詩人会議2019年7月号自由の広場に初めて載る

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怠惰な散歩2017年 10 11 12
怠惰な散歩2018年 1     4  5 6  7   8  9 10 11  12 
怠惰な散歩2019年            8   9 10  11   12
怠惰な散歩2020年  1      4  5        9 10  11  12