石に訊け 02 (2007年1月13日)

言霊 

昼下がり、婆は山間の集落に挟まれた小道を歩きながら言霊を聞いた。「爺、爺」と婆は咄嗟に声をかけたが、言霊はすぐに消えた。もう一度、現れるかもしれないと筑波石に腰をかけしばしの時間を過ごしたが、婆の耳に再び言霊は戻ってこない。

婆は歩けば聞こえるかもしれないと思い「よいしょ」と気合をいれて歩き始めた。同じ小道を行きつ戻りつつして待ったが言霊は現れない。神隠しにあったのだろうか。幻聴というのはあやふやなものだ。こんな狭い集落で聞こえないはずがないとさらに歩を進めた。

途中、爺の言霊ではなく縁側で老婆三人が日溜まりを受けながら話している大声が聞こえる。抜けた歯の醜さに恥じらうこともなく大きな口をあけて笑っている。さらに、つけっぱなしのテレビから天気予報が聞こえる。三人にとって明日の天気などもう分かっているのだ。座り込んだ縁側から見える冬の水田、そして空に広がる雲の動き、風のざわつきー。

人工衛星からのこと細かな天気予報など一向に興味がない。それに相応するかのように犬が吠える。一週間先の天気予報まで知ったからといって何になるんだと吠えているようだ。それとも老婆たちの高笑いがうるさいのか、散歩をしたいのかハラが空いたのか犬は盛んに吠える。

老婆たちのよもやま話は終わらない。同じことを何度話したことだろう。そして何度聞いたろう。それでも構わない。時間はたっぷりあるのだ。といっても死ぬまでの時間が迫っているのも確かだ。だからといって気にしてもしょうがない。考えてみればオギャーと生まれたときから死ぬことは決まっているのだ。人間が誕生して36億年間ひたすら生まれ死ぬということに運命をかざし生存し続けてきたのだ。言霊は再び現れなかった。
back HP TOP nex