石に訊け 01 (2007年1月10日)
筑波石

その朝、畑に向かう小道には冬の凍てついた静謐な空気が張りつめていた。膚をさすような冷たさを婆は何度も体験してきた。もうすっかり体になじんでいてもいいと思うのだが、年を重ねるごとにきつくなった。畑に着くと婆は大きく深呼吸し、白い息を両手に吹きかけた。

クワを入れて半時間にしないうちに「ガチン」という鈍い音とともに手にしびれを感じた。「またか」と婆はクワを畑におろしたまま手を休めた。鼓動が激しく息はぜいぜいとしている。土の中に埋まっていた筑波石にクワがぶつかったのだ。

婆はしゃがみこんで石を取り出そうとする。しかし、思ったより大きく婆の骨と皮だらけの力では持ち上がりそうもない。なにしろ、筋肉というものをどこへ置き忘れたものか、どこにも付いていないのだ。

若い頃はこうではなかった。長女を背中におぶって畑仕事をしたものだ。土塊の中からいじわるでもするように現れる筑波石など、クワでひょいとつまみ出したものだ。それにしても、掘り出しても次からともよく出てくるものだ。

老婆は石に訊いた。
「もうすぐゆくはずだ」と山の神からお告げがあった天国さまと地獄さまはどちらにあるというのだ。できたら天国さまの方角を教えて欲しいと願うが、朝露に光る筑波石は黙っている。

婆はあきらめて汗を拭き筑波石に腰を下ろした。ここからは筑波山の頂きは見えないが、今頃は頂上に朝日が射しているはずだと話していた爺はどちらさまに行ったのだろう。








 

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