ほうきの音


今朝はゆっくりとなめらかで
ラヴェルのボレロを聴いているようだ
ザッァーザッァーザッァーザッァー
落ち葉とほうきと地面が
三位一体となり
心地よく安心して聴けるほうきの音

あの日の朝はお昼から
ご主人のお別れ会がある日だった

ザッァ、ザ、ザッァ、ザ、ザッァ
いつもより速く
何かに追われているようで
気ぜわしく聴こえた
庭に散った枯れ葉は
ほうきと地面と板挟みになり
悲鳴に近い声をはりあげていた
きっと、帰らぬ人を
あきらめふっきろうと言い聞かせ
急いで掃いていたのだろう

命を掃く
落ち葉を掃く

今朝はいつものほうきの音に戻った
うるさく吠える犬や
小鳥、虫のさえずりさえ消えている
時刻(とき)は休むことを知らない
居るべきあなたは永遠に帰らない
ザッァーザッァーザッァーザッァー

今、思いおこしてみると
わたしは、いつも
あなたのわき役に徹していた
でんぐり返し
さあ、わたしが主人公になって
舞台の真ん中で大きく羽ばたこう
ザッァーザッァーザッァーザッァー


(詩人会議2019年2月号)

    朝を迎えうつ
  
窓を大きくあけ
朝を迎えうつ
ひんやりした清々しい空気を
肺の奥まで届けようと
深呼吸を数回繰り返す

今日を生きるというより
今日も生きることを考える

時代は平成から令和へ
何もかにもが変わるわけではない
何もかにもが変わろうとしているだけだ
翻って歴史を遡れば
いつの時代もそうであった
ヨロコビの遺産に酔いしれたり
アヤマチの遺産に懊悩したり
予期せぬ天地動乱に慄き怯えたり
それでも連綿と歴史を刻んできた

いつの時代もそうだった
願う神もわからず祈り続けてきた
あがらうことの虚しさにしおれながらも
ただ、何も願わず手を合わさせてきた

今日という日が平穏であればいい
そうであるべきだ
そうでなければならないのだ
大きく深呼吸をして
わたしは、朝を迎えうつ

(詩人会議11月号)
      沈黙の木

 鈍色の空には黒い雲が大きくたれこめ
広い空を覆っていた
その雲から雨は休みなく降っていた
降りやまない雨はないいつかは止む
沈黙の木にぶら下がったりんごは
静かに雨あがりを待っていた

沈黙の木にぶらさがったりんごは
おばばが黄泉の国の旅へ
細まる鼓動に耳をそばだてていた
心音はだんだんと小さくちいさくなり
暗雲に吸い込まれ途絶えた
沈黙の木にぶら下がったりんごは
悲しみの涙を流し
涙は雨粒にまじり消えていった

沈黙の木にぶらさがったりんごは
おばばが永遠の刻(とき)を
つかみとったことを認めると
広い空を見あげた
いつのまにか雨はあがり
雲間から薄日が射し込んでいた

沈黙の木にぶらさがったりんごは
遠くから新たな心音とともに涙を忘れ
赤ちゃんの元気な産声をきいた
沈黙の木にぶら下がったりんごは
ほっとするように
細い枝からすとんと地上に落下した

(第四回永瀬清子現代詩賞予選通過)


       窓を叩く 

マッチ箱のような二階建ての家が建ち並び
水を張った蓮田に影を写す
マッチ箱の家は二倍になり四階建てとなる

覚めやらぬ早朝
あたりはシンと静まり返り
昇り始めた太陽に導かれるように
マッチ箱を並べたような家々は
ゆらゆらと水面に影を泳がせ全容を見せる

水が張られた蓮田に一羽の白鷲が水音もたてず
大きな羽をひろげ舞い下りる
水面に映った二階のベランダ越しの窓をつたい
エサを求め抜き足差し足で歩を進める
まるで一軒一軒の窓を叩たいているようだ

白鷺のくちばしが水を打つたび
波紋が何重もの輪をえがいていく
音はなく静寂だけが救いの神のようだ
白鷺は細い脚を進め次々と窓を叩く
そのたびに波紋はどんどん増える
マッチ箱の住人たちはだれも気づかない
今日という日がもう始まり
時間が音もなく過ぎていることを―。 

(詩人会議9月号)


   
老人とブーゲンビリア  

ホテルの手入れの行き届いた庭園には
赤いブーゲンビリアが咲き誇っている
魂の花とも呼ばれ
暑さに喘ぐ老人の心を揺さぶる
サーモンピンクの花は
どこまでも重く激しい生命力を見せつけている
その猛々しいほどの色づきに憎しみさえ覚える

コテージのベランダにはブーゲンビリアと
そっくり色のソファーが
テーブルをはさんで向かいあっている
片方はカバー取り換えられ鮮やかなサーモンピンク
もう一方は
さんざん使い古され色あせほころびさえ見える
どうして、一緒に取り換えなかったのだろう―?

汚れ色あせたブーゲンビリアのソファーに
どれだけの人々が座りこんだのかー
そして、疲れた心の窓を開き
ブーゲンビリアを眺めて時を過ごしたのだろうかー

色あせたブーゲンビリアのソファーから
人生の交代期を知ったのか
色鮮やかなソファーから明るい未来を感じたのか
嫉妬と怨嗟、誕生と終焉
その間に存在する生命の躍動に感謝し
ブーゲンビリアから吹く静かに風を受け
去りし数々の思い出に浸っていたのか―

遠くからベッドメーキングしている
若やいだ明るく澄んだ声が聞こえてくる
彼らには未来がある
老人は、ブーゲンビリアに向け
オーバーなジェスチャーで投げキッスする

(詩人会議7月号)


 


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