セピア色の青い空             語り: すみこ
                                                            写真: ふみのり  
 

 
 山吹の咲くころ

 母は黄色が好きだった。白い藤棚のそばに咲く明るい黄色の花をたくさんつけた山吹には春のにおいがぷんぷん漂っていた。

 武士の系譜に生まれ育ち厳しいしつけを受けたせいか、頑固一徹な父から無理難題を強いられても「ハイ、
ハイ」とこたえ素早く立ち回っていた。女は家庭を守るもの。それはごくあたりまえの行為で父にはむかうことなど考えられなかった。

 日ごろの立ち振る舞いには、山から谷を伝わり平野を流れ海にたどり着く一滴の水のようにごく自然なかたちだった。幼きころ私の友だちが遊びにきても玄関先に三つ指ついて正座をしお辞儀をして「いらっしゃい」と出迎えてくれるひとだった。脱ぎっぱなしの靴は帰るときにはきちんそろえられている。母にとってそのようなことが子どもに対する礼儀作法を無言のまま教えていたのかもしれない。

 今でも近所に住む幼友だちは「すみちゃんのお母さんはすごかった。武士の血が流れているんだな」という。「生を受けて親に従い、嫁して夫に従い、老いては子に従う」。女三従の幸せをかみしめるようにして生きた母。そんな母は山吹を愛で目を細め眺めていた。

 白き藤山吹のに紅つつじ

      とみ句集(つわぶき) より




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歳月が育んでくれたこと

 人馬一体というのか、馬引きは大きな馬の手綱をゆるめたりひいたりしながら操り、「ハィヨー」というかけ声でガチャンガチャンとくつわをならしながら大きな馬は坂道を登っていた。10歳の女の子にはただ「お馬さんがかわいそう」。私はむごい光景を目のまえに両手をあわせているだけだった。荷台には黒々とした大きな石のかたまり。それは父がこれから造る庭園にとって重要な位置を占める大切な筑波石であることなど知るよしもなかった。
 父にとって自分で描いた庭づくりに妥協はなかった。庭石の形状にもこだわった。郷土愛が強い父は、筑波山に似た筑波石を探し玄関わきに座らせた。東京時代に政財界の大物たちにかわいがられ自宅に招かりたりして優れた日本庭園をたくさん見聞してき目が肥えていたせいか庭師に対する要求も厳しかった。父から細かい指示を与えられた親方は「仕事がやりのくい」とこぼしていた。それでも職人たちが一日の仕事を終えると一緒に労をねぎらい酒を酌み交わし雑談にふけりながら日々の作業過程を楽しんでいた。 
 父は仕事から帰ると作業着に着替え剪定をよくやっていた。几帳面で任侠に厚く曲がったことは大嫌い、とはいえ、植栽された木々はもとをただせば自然界でのびのびと育っていたもの。好きなように枝や葉をのばしひろげている。それを父は自分の気にいったように剪定する。剪定ハサミには今日いちにちの仕事のことへの反省や自戒、そして明日への作戦が練られていたのかもしれない。それは社会に対しての責任や家庭の主人としての自負をもち自分に対しても厳しくあれといいきかせているようでもあった。その静かな背中には男子の気概とでもいうのが感じられ、英気を養っていたのかもしれなかった。
 ところが、剪定はするが後始末はしない。庭に散らばった小枝や葉っぱを拾い集めかたづけるのは弟たちと手伝いにきている近所のおばさんの役目。おばさんも酒好きで、掃き掃除を終えると「ダンナさん、ダンナサン」と甘えながら楽しそうに二人で日本酒を飲んでいた。
 父はときおり筑波山の庭石を前景に母屋を満足そうに眺めていることがあった。私は子どものころから何気なく筑波石を見ていただけだったが、還暦を過ぎたころから、父はなぜここに庭石が置かれなければならなったのかおぼろ気にわかるようになった。私も筑波山の庭石を前景に、母屋の瓦屋根のたたずまいを眺めるのが好きになっていたのだ。
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小箱にこめられたもの

 母は小箱を収集するのが好きだった。和紙で作られたどこにでもあるような小箱には絵や文字がほどこされ素朴で味わいがある。ふたをあけると百人一首や折り鶴、糸まきなどとりとめないものばかり。わたしたちと一度もかるたとりを楽しんだことはなかったから百人一首はお嫁にくるまえに実家でやっていたのでは―。

 母にとって小箱には桜井家の秘密の思い出がいっぱいつまっていた。小箱をあけて記憶の断片をつむぎひと時を過ごす。星くずを拾うように追憶にひたっていたのでは―。

 大久保家に嫁いで急に増えた親戚や義兄弟に戸惑いやはじめて経験する家風の違いに不安の霧につつまれたとき小箱をそっとあける。そして漂ってくるにおいや品々を手にして疲れたこころによりどこを求める。過ぎ去った日々の中で生まれたあたたかい笑顔はうかびはずんだ声が聞こえてくる。

 他人にはたわいない小物と見えてもそこから母にとって少女趣味と笑われようが、小箱は大切なものがつまっている宝物だった。

 
 №01 1/31