耳をすまして 2014年

2014/2015

命を掃く

命を掃<
枯れ葉を掃く
風を掃く
水を掃く
ザッザッー
ザッザッー
掃く音は逃げない

ぽくの耳元で
いつまでも囁く
逃げないでください
逃げないでください

1


耳をすまして

きこえない
言霊に
耳を澄ます
沈黙
目を閉じ
耳を閉じ
口を閉じ

さては
ぼくは
何を
脳髄に
刻みこもうとしているのだろうか

瞼を深くとじる
見えない世界が広がる
真っ暗闇だ
光はない
光はどこへ消えたのだ

2


音に訊く

おとをきく
きくおとに
おとはない
沈黙だけだ

さあ、その沈黙にどうこたえるかだ
考えよ
悩め
考えよ
悩め
それがヒトという
生き物の存在だ
さあ、悩め、考えよ

3


見えない顔


ものがたりはつむがなければならない
背表紙も顔もいらない
つむぐ言葉はふところ深く刻みこまれた
体内に静かに
たおやかに
夢と困惑を秘め
想像をふくらませるものでなけれぱならない
それから
はじめて
顔が浮かんでくるのだ
腹を抱えて怒り
はらをかかえて笑い
はらをかかえて眠る
よくぞ
生きてきたものだよ

悲しみなんぞ
いっぺんにやってくるもんではないぞ!!

4


海の仕事

きっと
海は
地球の汚物を
浄化してやろうと
生まれたに違いない
それでなかったら
あんなに
休みなしに
波を
波を
浜辺に打ち寄せることはない

いやになっちゃうな
ほんとうに
人間なんて
ちっちゃくて!!

5


それぞれの人々

それぞれの
人々には
物語があり
それを紡がなければならない

生と死とは万人に共通することです
80億の人類において
いつ平等と
神が定めた運命には逆らえません
それを認めるのか
信ずるのか
そして受容するのか
受容しないのかそれだけです。
そこに
神を信じない科学技術が
命の重さを
まやかしにかけた

6


耳をすまして

目を閉じ
耳を閉じ
口を閉じ
きこえない言霊に耳を澄ます

さては
ぼくは
なにを
脳髄に
刻みこもうとしているのだろうか

瞼を深くとじる
見えない世界が広がる
真っ暗闇だ
光はない
光はどこに行ったのだ―

7


宇宙さま

はなっさきでぶらさがりつづけている
宇宙さまに尋ねる
あれもこれも無一物なのか―

地球は科学信仰に支配され
ことばは2000年前から
ひとつもかわらないという事実

まったくの
冗談、冗談ですぞ!!

8


つむぐ言葉

ものがたりはつむがなければならない
表裏のない顔を隠し
からだにしみこませる言葉でなければならない

それから
はじめて
顔が浮かんでくるのだ
はらをかかえて怒り
はらをかかえて笑い
はらをかかえて眠る

そして気づくのだろう
よくぞ 今日まで
生きてきたものだよーと。

8


坊主

坊主が
坊主のための
坊主による教えでは
カーストみたいだよ

人生を楽しもうじやないか
それしかないのだ
苦しみは
グリコのおまけみたいなものだよ

9


とまる

今日と明日の間
一瞬、時間がとまる
とまる時間をくすぐる
くすぐりは
かゆい、こそばい
笑顔に浮かぶコスモス
花びらは時間をとめる

えくぼのコスモスの花びらを揺らす
今は朝だ
さあ、今日の朝を歩こう

10


リタイヤ


今日で会社勤めがおわりという夜
後輩からの申し送り事項は
あと4年経ったら
仲間入りさせてください
4年後の今日やっと仲間入りを果たしました
あれから十数年過ぎたような気がしていた
今朝、仲間入りしましたとメールが届く
すべての肩書きを失くした世間の目から
天と地の差を感じた歳月だった
辛いだろうがと返信メールをする

11


遠くへ

とおくへ遠くへ飛んでみたかった
見たかったのは
星屑のうしろに広がる
真っ暗な世界だ

真っ暗な世界にも
幾多のものがたりが綴られているはずだ
ぼくは夜空を仰ぐ
そして、耳をかたむけてみる
きこえるのは沈黙の輝きだけだ

それでもいい
この瞬間に立ち会えただけでいい
声なき星屑の音色がきこえる
いろはにほへど―
遠くへ、もっと遠くへ

12


グッドモーニング

あちらの神さまも
こちらの神さまも
朝になればお目覚めして
おはよう、おはよう

嘆きもない
悲しみもない
喜びに満ちた大空に向かい
おはよう、おはよう

無限大の可能性に期待をこめ
ひたすらのおはよう、おはよう

あちらの神さまも
そちらさまの神さまも
お日さまにまっぐに顔を向け
おはよう、おはよう

おちょぼぐちで
ぼくはちょっとばかり
お日さまにキッスしてみる

13


まぼろし橋

あの橋を越えれば
かの人はすむという
黄金の国で(あちらさまで)
あえるという

それから、それから
幾年の暦が
わたしを駆けたのかー
わたしには知るよしもない

ただ、わたしをとりまく
むすめやむすこの声が
だんだんとわたしにちかくなっている
かの橋はとおいというのにー。

14


彼岸花


家を覆い隠すように茂っている雑草の中に
白と赤に彼岸花が
ひっそりと咲いている
窓もカーテンも閉じられた
ベランダのガラスに
朝の空気をたらふく満たした太陽の光がきらきらと射す
向かいの家には老いた男が
ひとり暮らしているはずだ
生はたしかにあるようだが
気力がすっかりと萎えてしまったようだ
妻を亡くしてから閉じこもりになってしまった
それとも知らず
彼岸花はひたすらの生に打ち込んでいる

平和な時代に

平和な時代に生まれ
平和な時代に
死ねそうです
おりから
生死を見たの
ほんのささやかな
友人や親せき縁者でした

るる積み重ねられた
暗い穴に放り込まれた
生死を目の前に
するもありません
平和な時代に
死ねそうです
この幸運に
感謝とともに次世代へもと願います。

15


世界の終わり

もはや世界は忘れ去った世界に向かっている
黄泉の国はどのあたりにありますか?
そして、地球はどんな色をしていますか?

16


F・Mの罪状

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
沈丁花のような甘い香気を漂わせ
なにもなく なにもないように
白くけぶりながら戯れる
ひとひらのいのち
ひとひらのささやきが
ぼくの乾いた魂に沢水をすくいあげるように
押し寄せてくる

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
赦されることと赦されざることの重みを
天秤にかけ
かくもしかじかのいいわけを針立てに刺し
すまし顔で生きている
眼を閉じ手を合わせ
あなたのふるえる魂に
ごめんねとか 赦してくださいとか
とても不釣り合いな挨拶をして
Kの罪状を読みながら
ひとときのあいだあなたを抱きしめる

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
出口を探し続ける
海の白いさざ波と
休むことを知らない太陽の眩しさに
まばたきする間もなく
彼岸にたたされた青いいのちたちよ
私は驚いた白兎のようにきりりと耳をたて
あなたの嘆きを聴くでもないけれど
時には胸の痛みに白い包帯を巻き
大袈裟な身振りをいれ金魚のように口を震わせ
とりとめのない涙を流したりする

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
幾年も除夜の鐘で幕をおろし
七草がゆを食べ正月を終え
雛祭りには雪洞に灯りをともし
節句には菖蒲を屋根に飾り
七夕には短冊に金の道 銀の道の糸結び
芒と女郎花に吾亦紅
月見団子 芋 枝豆 栗よろしくと正座させ
もうひとつの夢路に無限の羅針盤をあてる
そんなたわいもないこの世の戯れに
いささかもふれることなく
深き杜に眠るあなたに

ぬれぎぬしものつみをせおい
しづかなるにじをわたりそめ
かえらざるたびびととなりし
こころとこころをあわせしめ
ちかきあかるいみらいにをと
あなたにちんちょうげはそい

舌足らずの舞いを踊る私は
彼岸のあなたから見れば
ほんとうにあやつり人形のようでしょうね――

17


シャントニケトンの駅で

シャントニケトンの駅には
タゴールソングが流れ
ガラスの祈り堂を模した駅舎には
悠久を抱きしめすべてを赦すというように
タゴ|ルのモザイク画が行き交う人々を追い
時間だけが静かに流れてゆく

人々はベンガル大地で生まれ育ち死ぬ
駅舎の待合室で頭を抱えて座り込む老人
ホームのベンチで談笑する若い女性
大きな籠を背負い階段を上り下りする行商人
ホームを忙しげに往復する売り子
それらの人々の背中から
厳然とした生と死のあるべき未来を
受けとめようとする息遣いが伝わる

朝霧にけむるホームに
ジーゼル機関車が
汽笛と車輪を軋ませ滑りこむ
すでに到着時間を二時間も過ぎている
時間と波は誰にも止められない
そのような言い伝えを厳然と受け止め
人々は待っていたのだ

満員列車に人々は押し合いへしあい乗り込む
すべては始まり
すべては塵となることを目指す
輪廻を信じ神への感謝を捧げ
沈黙という武器を学ぶために
ふたたび列車は走りだした

18


ひとときの風


ぼくは風を胸に受ける。
風はぼくのからだをひとまわりしてうしろに消える。
また、風が吹いてきて顔に受ける。
風はまつ毛をふるわせて消える。
次の風がやってきて
ぼくの頭の髪を揺らす。
年相応に薄くなり
白髪も混じり
髪は限りなく細くなり
ひと風ごとにふきとばされ消えてしまいそうだが
しっかりと根をはり
次々とやってくる風をしっかりと受けとめる。

19


ふるさと

お父さんがなくなって50年
84歳で亡くなった母がいった

わたしのふるさとはどこなのか
生まれた土地の
田園のにおいは忘れた
育った空気のにおいも忘れた
そして、ふるさとという名だけが残る

20


命はどこにも

いのちのおもさをしんりょくにはかる
はがそよぐ
みきがさえずる
つちのながはみずのめぐみでみたされている

はがそよごぐ
そらをみあげる
どこまでもあおくおけしょうしたそらがひろがる
そして、おひさまがてれるようにかがやく
きぎはしっかりとしたあしでたち
ぼくのにおはようとあいさつする
おはよう、さあ、きょうのどんちょうはあがったのだ

21


詩を書きたくなった

詩(死)を書きたくなった
67歳と10か月になって詩を書きたくなる
数冊の詩集をひもとき
言葉の勉強をろくにしたこともないくせ
おろかにも詩人のまねごと
これが老人のずうずしさ

生きた痕跡も残さず消えたいと思うが
部屋をみわたすかぎりに生きカスが残る
どれから始末していっていいものかー
なにが大ものかといったら
このわたし自身の生ある肉体

ある国では故人の生きた痕跡を残さないため
記念写真の顔まで切りとり消してしまうという
そういう覚悟はあるのかないのか
もしくはそういう遺言を実行してくれるのか
わからないのだ
わからないから詩人のまねごとをして
詩を書きたくなったのだ

22


朝がやってきた


あかちゃんはめをさます
ママはスースー
パパはグーグー
あかちゃんはめをさます

しゃぶしゃぶしながら
瞳いっぱいで朝を見わたす

光かがやくカーテンの遠くから
朝はやってくる

パパもママもおめめを閉じている
あかちゃんは大きなあくびをして朝を吸う

あかちゃんも眠くなる
もういっかいの朝を迎えよう

語れるれぬ未来などない

23


青空公園の夏

夏がやってきた
もう80回の夏を迎える
一軒隣の白髪婆さん
腰をまげながら話す
青空公園を囲む家屋は9棟
2棟は空きや
独居老人は3棟
夫婦1棟
青空公園住宅界隈では
一番の若手夫婦といわれた私たちも
りっぱな高齢者の仲間入り
青空公園の桜の葉の間から熱波が降り注ぐ
誰がこの夏を乗り越えられるか探るようにー