詩 2017年

 初夏

静かな初夏を食い入る
口もとをしっかりと閉じ
遠くの雑木林に視線をおくる

風がそよぎ
綿入れ袢纏のようにフトコロ深く
深緑の葉をくゆらせる

太陽は等しく光を放ち
なだらかな稜線の葉に降りそそぎ
梢を走り幹を駆け
地下の根っこに
命を伝える

風で揺らいだ雑木林は
まるでお辞儀をするように
濃い緑が折り重なる

1

 あちらさまへ

漁師だった
爺さまの遺骨は海に流したという
婆さまに訊いた

ぼくらを待っているという
あちらさまってどんなあんばいですか?

なあーんにも―
こちらさまもあちらさまも
朝な夕な光が射し
いきものといういきものが
わけもわからなくのたうちまわっているというわけよ―。



 今、死にました

けんちゃんは60さいでさきに死んだ
しげるさんも60さいでけんちゃんよりあとに死んだ

けんちゃんの葬儀場で
しげるさんは
つぎはおれの遺影がみんなを見ている
まさか…とぼくは声をあげた

生気を失いこけた頬から
目だけが異様に輝き
くぐもっていたが
声にはたしかな生が感じられた

あれから半年もしなかった
病室のドアをあけた瞬間
「いま、死にました」
「いや、いま、亡くなりました」
医師はいいなおしたけど
しげるさんの命は戻らなかった

ぼくの臨終を伝える医師はなんていうのだろう
ふたりより8年もながく生きていても
これだけは知ることができない



 非常口

暗い日曜のいちにちだった
空はどんよりと冷たい雲がたれこめ
ずんずんと重さをましていく
鬱うつと心が沈んでいく

ひとは常により便利なものを求め
つぎつぎに新しいものを作りだしていく
そのたびに
生糸は複雑にからみあい
もつれ社会が生まれる

もつれ糸にからまれたこころは
重さに耐えかねるように
みどりの非常口を探す
みどりのドア向こうから
あなたはりっぱな病人と声をかけられる
見えないこころには
白い包帯をまきようがない

非常口に歩ける体力も失い
約束事はやぶるためにあるのだ
誰かの声が重たい空から聞こえてくる


デッサン

ぼくは死に方のデッサンをする
薄汚れた遺体は
だれかの手で清浄され
両手は胸でなかよく合わされている
白い着物に身をつつみ
死人らしい死に装束

ゆらゆらふわふわと
白い煙が不規則に風に流れる
あれは水蒸気だ
地上に恵を与え最後のお務めとなる

ゆらゆらふわふわと
煙はすぐに消え
次から次へと
とはいっても
おわりの終わりが求められる
すっかり水分を失った
骨ぺっんがご遺族さまに
さらけだされ
あちらさまこちらさまの白い骨は
手際よく押し込まれ
骨壺におさまる

ぼくは小さい家に住みたかった
それは骨壺ではなかったのか
そう思われてもしかたがない
借家に住んでそこで死んだ
よかったね くやしいけど
ぼくより先に亡くなった人の仲間入り
まったく人は先に死んだほうが勝ちだよ

嗚咽、嘆き、悲しみの中で
煙を失った青空だけが
真っ青な顔をしている
おまえさんは
本気でどんぶり勘定で生きていたよな
今、本気で死んだよ
さらばだ



死に際

みんな中途半端だった
せめても
死ぬ時ぐらい
きっぱりと
すっきりと死んでみたい
自らのぬけがらのわきで死んでいた
アブラゼミの覚悟の良さ
冷たい炭酸飲料をのどに流すような
さわやかさが
炎天の青空に映えていた
あれを見習おう



白い包帯

白いベッドに横たわれば
あなたは病人だ
そっとしていなさい

白装束で棺におさまれば
あなたは死んだ人
すっかりと身支度を整えたのですね

インドの葬儀代は5000円で十分という
死体を焼くマキ代だそうだ
どちらも同じ灰になるというのに
喧々諤々した葬儀代
なんていう違いだろう



ただらなぬこと

これを考えたら
たまったものではない
ただものではない

とにかくただらぬことではない
心臓ドキドキ肺はまっさら
脳天に火花チラチラ飛び跳ね
不作用にふり
まなこはみぎひだり
意味もなく上下に動き
はためくは深いためいきが鼻のしたをはしる
白い野菊はどこへいった
白いコスモスはどこへいった

宛先不明の伴侶の死というのは
もしかしたら自分探しへの
シグナルではないのか

さあ儀式はおわった
旅に出よう
鎮魂の旅でもなく
六畳一間に眠るひつぎを共にして
さあ走るのだ
みなさま、ありがとうございます
バイバイだ!!



てのひら

てのひらにこぼれた涙をひろう
悲しみは
まあるく まあるく
太陽の光をうけ
静かにひかってころころころがっている

ふたつの約束
生と死
どちらも輝きを失っていない



Kの罪状

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
沈丁花のような甘い香気を漂わせ
なにもなく なにもないように
白くけぶりながら戯れる
ひとひらのいのち
ひとひらのささやきが
ぼくの乾いた魂に沢水をすくいあげるように
押し寄せてくる

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
赦されることと赦されざることの重みを
天秤にかけ
かくもしかじかのいいわけを針立てに刺し
すまし顔で生きている
眼を閉じ手を合わせ
あなたのふるえる魂に
ごめんねとか 赦してくださいとか
とても不釣り合いな挨拶をして
Kの罪状を読みながら
ひとときのあいだあなたを抱きしめる

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
出口を探し続ける
海の白いさざ波と
休むことを知らない太陽の眩しさに
まばたきする間もなく
彼岸にたたされた青いいのちたちよ
私は驚いた白兎のようにきりりと耳をたて
あなたの嘆きを聴くでもないけれど
時には胸の痛みに白い包帯を巻き
大袈裟な身振りをいれ金魚のように口を震わせ
とりとめのない涙を流したりする

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
幾年も除夜の鐘で幕をおろし
七草がゆを食べ正月を終え
雛祭りには雪洞に灯りをともし
節句には菖蒲を屋根に飾り
七夕には短冊に金の道 銀の道の糸結び
芒と女郎花に吾亦紅
月見団子 芋 枝豆 栗よろしくと正座させ
もうひとつの夢路に無限の羅針盤をあてる
そんなたわいもないこの世の戯れに
いささかもふれることなく
深き杜に眠るあなたに

ぬれぎぬしものつみをせおい
しづかなるにじをわたりそめ
かえらざるたびびととなりし
こころとこころをあわせしめ
ちかきあかるいみらいにをと
あなたにちんちょうげはそい

舌足らずの舞いを踊る私は
彼岸のあなたから見れば
ほんとうにあやつり人形のようでしょうね――

10

シャントニケトンの駅で

シャントニケトンの駅には
タゴールソングが流れ
駅舎はガラスの祈り堂のデザインをほどこし
悠久を抱きしめすべてを赦すというように
タゴールのモザイク画が多くの行き交う人々を見つめ
時間だけが静かに過ぎていく

人々はここで生まれ育ち死ぬ
駅舎の待合室で頭を抱えて座り込む老人
ホームのベンチで談笑する若い女性
大きなかごを背負い階段を上り下りする行商人
ホームを忙しげに往復する売り子
それらの人々の背中から
厳然とした生と死のあるべき未来を
受けとめようとする息遣いが伝わる

朝霧にけむるホームに
ジーゼル機関車が
汽笛と車輪を軋ませ滑りこむ
すでに到着時間を二時間も遅れている

時間と波は誰にも止められない
そのような言い伝えに耳を傾け人々は待っていたのだ

満員列車に人々は押し合いへしあい乗り込む
すべては始まり
すべては塵となることを目指す
輪廻を信じ神への感謝を捧げ
沈黙という武器を学ぶために
ふたたび列車は走りだした

11

贈ることば

仮縫いではない幸せを求め
君たちはきょう結ばれた
花嫁のほほ笑みには希望が光輝き
花婿の瞳はきりりとひきしまり
覚悟と自信に満ち溢れていた

どこまでもどこまでも華やかな
凝縮された時間のなかで
静かに空を見あげ誓ったはずだ
迷子のちぎれ雲になっても
手を重ねあいのりきることを

これからおおくのことを学ぶだろうが
美しいことばの陰には
棘があることを知っておいてほしい

12

スズムシ

夜露のゆりかごで眠る雑木林から
スズムシの鳴き声が聞こえる
地霊に話しかけるような
スズムシの鳴き声

いつまでも
ぼくの耳朶にはりつく

雑木林にどれほどの死骸が
埋まっているのだろう

13

野辺の花

生きるとは
ひとつのことをさがして
消えるということだ
そんな教えがあったことを思いだし
昇りだした太陽に向かって
太郎は歩いた
花子も歩いた
道は遠く遠くまで続いていた
太郎も花子も
けんめいに歩いた
時どき振り返る道には
朝露に照らされた野辺の花々が
きらきらと輝き
風と戯れ揺れていた
太郎も花子もけんめいに歩いた

14

世界

慌ててみた世界はまっ白
空は真っ青
いのちはときめき輝き
慌てて拾った
銀杏に大人のにおいがして
明日への希望がわいた
明日の命を食ってみようじゃないか

15

トンネル

くらいトンネルをぬけると
線路はふたてにわかれるそうだ

夢をなくしたら老人の仲間入りだという
そうは言われても希望の未来は期待できない
左はあちらさま
右はこちらさま

どちらにこの列車は向かうのか
だれも存じません
それはすばらしいことです

明るい菜の花畑が車窓にひろがるのか
忌みきらわれている曼珠沙華か

あなたはどちらを望んでいますか
うすぼんやりのあかりに映し出された
自分の顔とお話しをする


失われたものも
失うものも
ありません

そうきっぱりいいきった
あなたの言葉には
ぼくは身震いをした

ぼくの死に花は白いコスモスは似合うと思っています
あっちの道はからく
こっちの道はあまく
そんなことはありません

ふたてに分かれる突き当りにも
道はつながるはずです

きこえるふりして
きかないふりして
沈黙に逃げる
しかし、沈黙と孤独と
三角垂だけがわかっている
これは、今を生ける人間として
とてもつらいものです

16

一輪挿し

一輪挿しの花瓶の口が欠けた
セメダインでくっつければ
元に戻りそう
それでも傷口は残るだろう

ああ、ぼくの命も
こうやって少しずつ朽ちて
つぎはぎだらけの日々は増え続け
いつか黄泉の国へ放り捨てられるのだろう

そこには
どんな水が流れているのか―
生まれ故郷の村々を流れていた
名もなき小川のように
冷たくサラサラとしているのだろうか

夏の暑い日差しのなか
草いきれのなか腹ばいになって飲んだ
小魚がゆらゆらと泳よいでいた
時間はゆったりと流れ
水に映る青い空と白い雲を
不思議そうに見ていた

ああ、あのころ生のうたは弾けていた
ああ、欠けた花瓶にどんな花が似合うだろう

17

刻をうつ

窓の外には
幼児の手のひらのような
紅葉がそよぎ

窓の外には
野良猫がしのびあしで道路を横切り

窓の外には
空き家の玄関先でススキがうつむき

窓の内にはカーテンのすき間から
気怠そうに光がさしこみ
読みかけのページをさまよう

窓の外にも内にも
差別なくおなじ刻をうつ

18

願い

群れず、
媚びず、
奢らず、
語らず、
風の徒労の使者でありたい。

19

3月に死す

桜のつぼみが
ゆっくりとふっくらと
花びらをひらこうとしている
3月に
あなたは死す

3月に広がるピンク色の空に
あなたは
水玉となって吸い込まれ
天上のひととなった
さよならだ

3月に散る花も
3月に咲く花も
もう一つの世界にむけ
あなたは旅立った
さよならだ

20
(西谷隆義氏の死を悼む)

 悲しみのくしゃみ

てのひらに
ぽたりぽたりこぼれた
悲しみの涙は
まあるく まあるく
ころころ転がり
とてもうれしそうにはねていました。

こらえきれない悲しみなんて
あるもんですか、ありませんよ―。

悲しみは大きなくしゃみして
水玉をはじき空に消えました

21

 冬のいろ

空き家の玄関先のひさしにも
青空公園のブランコにも
砂場のしめった砂粒にも
枯れた桜の小枝にも
冬のひかりはおともなくふりそそぎ

だれかを待っている
なにかを待っている

明日を描けない白地図は
期待にむねをときめかせ
かたいえんぴつか―
やわらかな毛筆か―
明日を託し待っている

明日は明日の風がふいても
きのうの風は消えたまま
ああしたことも
こうしたことも
みんな夢幻だった

冬の悲しみはどんないろ
冬の喜びはどんないろ
冬のなみだはどんないろ

22


空があまりにも広く
とてもつかみきれないと
ながいあいだ思っていたら
意外やいがいにも
宇宙は
自分の鼻っさきにぶらさがり
その鼻のあたまに冷たい雨が降っている

歩むことは前進か退歩かー
見えない不安をさかなでするように
また、冷えきった水滴がくちびるにながれる
宇宙は近くて遠くて
とても冷たい生きものだ

23

 
命を掃<
枯れ葉を掃く
風を掃く
水を掃く
ザッザッー
ザッザッー

掃く音は逃げない
ぽくの耳もとで
いつまでも囁く
逃げないでください
逃げないでください

24

つかれたこころ

つかれた心につかれたこころをかさね
つかれた心のおもさをはかる
つかれた心はつかれたこころに
つかれたこえでたずねる
たいじゅうけいではかれるおもさですかー?
それとも
てんもんがくてきなおもさですか―?

つかれたこころにこころをのせる
つかれたこころはおもさがわからない
つかれたこころにふたたび問う
こころは、はてな印をこころにつたえる

こころは
はてなはてなと呟きながらなんども
境内をぐるぐるまわる

はてなは鳥居
はてなはかみしも
はてなはさい銭箱

さて、はてなの本物はなんなのか
つかれたこころは考える
考えてもわからない
この問いに答えがないことを知っている
こころは黙殺
怖ろしき反撃。
つかれたこころは問わない

唯一の武器は沈黙
つかれたこころに
どこに安らぎがあるのか
わからない
だから人生は面白い
だから生きろというシグナルなのかー

25


 

大きな青空はおじいちゃんの色
大きな入道雲はおばあちゃんの色
泉は青空と入道雲を映している

その泉は
村はずれにあり
杜からも遠いところにあった
ぼくは歩いた
泉を目ざして

泉のほとりに立ったぼくは
こんにちわはと小声でとささやいてみる

泉はほんのちょっぴり
波うったような気がする


26

 耳をすまして

きこえない
言霊に
耳を澄ます

目を閉じ
耳を閉じ
口を閉じ

さては
ぼくはなにを求め
なにを脳髄に
刻みこもうとしているのか―

目を閉じる
瞼を深くとじる
真っ暗真な闇の世界が広がる

光が見えない
光はどへ行ったのだ

27

宇宙さま

頭のてっぺんに広がっている
宇宙さまにひれふす
なにもかにもが無一物

多くのことを学び
多くのことを忘れ
のっぺらな仮面が残っただけ

仮面は科学信仰に支配されてきたが
ことばは2000年前から
ひとつもかわらない

ぼくは仮面をかぶったまま
今日まで生きてきたのだ
まったく、まったくの
人生は冗談、冗談ですぞ!!

28

 青空

すべて往復の言葉をもって
自分に問い質してきたのかー
自らの言葉を噛んできたのかー
青空にきいてみる

沈黙の青空はどこまでも広く
どこまでももの静かで
なにも語ろうとしない

悲しみは
いっぺんにはやってこない
ただ まとまってくるだけだ!!
それでもぼくは物語を紡がなければならない
青い空は語らない
そして見せようとしない

29

 音

おとをきく
きくおとに
おとはこたえようとしない

さあ
考えよ 悩めよ
考えよ 悩めよ
それがおとという存在だ
さあ、悩めよ 考えよ

30


 つむぐ

ものがたりには
背表紙も裏表紙もいらない
ことばはふところ鋭く刻まれ
困惑と懊悩を与えつづけ
たおやかに揺れつづけ
想像をふくらませ
はらをかかえて笑い
はらをかかえて眠る
よくぞ 今日まで生きてたものだよ

31

嘆きの海

きっと
海は
地球の汚物を
浄化してやろうと
生まれたに違いない
それでなかったら
あんなに
休みなく
小波 大波を
浜辺に打ち寄せることはない

おーい海よ
ザァッザザァー
ザァッザザァー
ザァッザザァー

いやになっちゃうな
にんげんなんて
ちっちゃくて
ちぃちゃすぎて!!

32

 忘れられる人

ひとが死んで
地上からいなくなるということは
初七日も過ぎれば
永遠に忘れられてしまうということだ

ざんねんだが
残された人びとにとって
いまを生きることに夢中で
どんどん忘れられていく
忘れられるだけでなく消えてなくなる
最後には消えてなくなったことさえ
忘れてしまう

なんて素晴らしいことだろう

33

 生きてみろ

だれにも歩いてきた道は残され
背負った歴史は刻まれてきた

重いにもつ
軽いにもつ
ほんとうのことは見えなかったが
生きとし生きるものとし
今日まで歩いてきた

生と死とは万人に共通すること
70億の人類にとって
いつの時代も平等をと叫びつづけ
見えないほんとうのことを探してきた
それもかなわず
いま、ぼくは死んでもいい年代にさしかかった

神が定めた運命には逆らえません
それを認め信ずるのか
そして
受容できるか
受容しないのか
受容できないのか

神を信じない科学技術が
命の重さをまやかし続けていても
それでも生きてみろ

34

 寄りそう

よりそうというやさしさ
よりそうというかなしみ
よりそうというにくしみ

みんなくしゃみして
吐き出してみよう
そうしないと
朝の光りさす窓辺で
明日を語れないような気がする

よりそってみる
あなたによりそう
庭に咲くマリーゴールドに
庭石においたえさをついばむ小鳥たちに
おごらず
そこにある存在感のたしかさをはかり
ただ、沈黙という名でこたえる

こうしたこと ああしたこと
過ぎし日はもどらず
静かに過去はどんどん遠ざかるばかり
それでもいつまでもよりそって
こうしたこと、ああしたことを話していたい

35

インドへの旅

インドで考えたこと
インドで考えさせられたこと
インドで考えてもわからなかったこと
インドで考えてわかったこと

インドで見たもの聞いたもの
インドで手にふれたもの
インドでにおいをかいだもの
インドで口にしたもの

記憶の片隅にいつまでも残るだろう

36

命の行方

人は生きるべきか
人は死ぬべきか
人はすべてを放棄できる自由をもっている
放棄した自由は永遠に存在するのかー

死んでも
魂は生き残り浮遊しているという
そんなおまじないは
信じたほうが楽に決まっている
すべてを信じまる飲みして
魂を白いまゆに
くるませ眠らせておけばいい

37

コスモス

今日の明日
一瞬、コスモスの時間がとまる
深呼吸して時間をくすぐる
くすぐられたコスモスは
こそばそうに花びらを揺らす
笑顔を見せたコスモス
花びらは時間を進める
えくぼがかわいいコスモスの花びらに
グッドモーニング
朝だよ、朝だよ

38

 もっと遠くへ

遠く遠くへ飛んで行き見たかったのは
星屑のうしろに広がるもう一つの惑星

真っ黒か真っ白かわからないけど
幾多のものがたりが綴られているはずだ
ぼくは目を閉じて夜空を仰ぐ
そして、耳をかたむけてみる
きこえるのは名もなき惑星から届く
意味不明な心音だけ

それでもいい
この瞬間に立ち会えただけでいい
声なき惑星の音色さえ見えるようだ
いろはにほへど―。
遠くへ、もっと遠くへ―。

39

 グッドモーニング

あちらのかみさまも
こちらのかみさまも
朝になればお目覚めして
おはよう、おはよう

嘆きも 悲しみも
平穏であれとひれ伏し
喜びに満ちあふれた大空に
おはよう、おはようの声だけ送る

さわやか風にのり
地球をひとまりしても
あちらのかみさまも
こちらのかみさまも
お日さまにまっぐに顔を向け
おはよう、おはよう

それから
地上にすむ生あるものに
ちょっとだけ
おはようキッスを送ったりもする

40

13歳の風船

青空に白い風船
まぎれもない自由と未来を信じ
風船は風にまかされふわふわと浮いていた
少年はいつひもが切られたのだろうと問うていた
そして、生きるということを問うていた
生き続けなければならないということも問うていた

風船から眺める地上は平和に満ちているようだった
なんでも自由でゆるされるという
そんな国に生まれてみたものの
なにもかにが矛盾だらけだった
13歳という金字塔に登りつめ
少年は自らの命に終止符をうった

少年が綴んだ日記には
永遠の平和の国への旅立ちに
心ふるわせる期待が込められていたという
そんな国が天国にもあろうはずがないと
ながいことそう信じていた
でも、今なら信じられる
あらゆる未来を拒否し
明るいダイビングをして風船になり
天国という楽園をもとめて
ふわふわとたよりなく浮いている

なにを信じてどこに向かへば
そんな国があるというのですか
13歳の少年に訊いてみたい

41
(いじめを苦に13歳で自殺した少年の新聞記事を読んで)

 いつもの朝

その日の朝
真向いの家には
ひとりのおじいちゃんが
仰向けの姿勢で手を合わせ
永遠の眠りについている

その日の朝
真向いの家の嫁は
いつもの朝と同じように
冷気につつまれたベランダに立ち
サンダル履きで洗濯ものを干している

嫁は舅にさんざん小言をいわれた
そのうらみつらみをせっせと洗い流し
洗濯ものを竿にとおしている
朝日をうけた瞳はキラキラと輝き
洗いたての衣類は 
まばゆい陽光をうけ笑みをうかべているようだ

88歳で亡くなったというおじいちゃんは
天皇誕生日の明日12月24日が通夜で
キリスト誕生といわれる翌25日に告別式だという  
回覧板が炬燵の上に無造作に置かれている

いつもの朝のようにふるまっている
嫁の心のうちまではよみとれず
ほんとうのことはいつも見えないものだ

42