うつろいのなかで

 初夏

静かな初夏を食い入る
口もとをしっかりと閉じ
遠くの雑木林に視線をおくる

風がそよぎ
綿入れ袢纏のようにフトコロ深く
深緑の葉をくゆらせる

太陽は等しく光を放ち
なだらかな稜線の葉に降りそそぎ
梢を走り幹を駆け
地下の根っこに
イノチを伝える

風で揺らいだ雑木林は
まるでお辞儀をしてるよう
緑は折り重ねる

1

 非常口


暗い日曜だった
空はどんよりと冷たい雲がたれこめ
ずんずんと重さをましていく
鬱うつとこころは沈んでいく

ひとは便利さを求め
新しいものを作りだし
もつれ社会は生まれる

もつれ糸にからまれたこころは
重さに耐えかね
みどりの非常口を探す

ドア越しに囁かれる
あなたはりっぱな病人
でも、見えないこころには
白い包帯をまきようがない

非常口に駆ける体力もなく
約束事は破るためにあるのだ
誰かの声が重たい空から聞こえるだけだ

2

 あちらさまへ

漁師だった
爺さまの遺骨は海に流したという
婆さまに訊いた

わたしが待ちこがれる
あちらさまってどんなあんばいですか?

なあーんにも―

こちらさまもあちらさまも
朝な夕な光が射し
いきものといういきものが
わけもわからなくのたうちまわっているというわけよ―。

3

 今、死にました

けんちゃんは60さいでさきに死んだ
しげるさんも60さいであとに死んだ

けんちゃんの葬儀場で
しげるさんは
つぎはおれの遺影がみんなを見ている
まさか…とぼくは声をあげた

生気を失いこけた頬から
目だけが異様に輝き
くぐもっていたが
声にはたしかな生が感じられた

あれから半年もしないうち
病室のドアをあけた瞬間
「今、死にました」
「いや、いま、亡くなりました」
医師はいいなおしたけど
しげるさんの命は戻らなかった

ぼくの臨終を伝える医師はなんていうのだろう
ふたりより8年もながく生きているとはいえ
これだけは知ることができない

4

 おわりしころ

親から授けられたぼくのいのちは
19歳盛夏、沖縄でもえつきていた 

そのことに気づいたのは
ごく最近だった
夕陽が黄金の稲穂を染め
その日をおわりにしようと
まっぐに走っていた

のほほんのほほんの毎日でも
68年といくにちかを過ぎようとしている

たえぎるようなエネルギーは
19歳盛夏、沖縄の灼熱にとかされた

つくづく生きすぎたとおもう
つくづくと生きすぎたおもう

5

 非常口

暗い日曜のいちにちだった
空はどんよりした冷たい雲がたれこめ
ずんずんと重さをましていく
鬱うつと心が沈んでいく

ひとは常により便利なものを求め
つぎつぎに作りだしていく
そのたびに
生糸は複雑にからみあい
もつれ社会が生まれる

もつれ糸にからまれたこころは
重さに耐えかねるように
みどりの非常口を探す
みどりのドア向こうから
あなたはりっぱな病人と声をかけられる
見えないこころには
白い包帯をまきようがない

非常口に歩ける体力も失い
約束事はやぶるためにあるのだ
誰かの声が重たい空から聞こえてくる

6
死に方のデッサン

ぼくは死に方のデッサンをする
薄汚れた遺体は
だれかの手で清浄されている
両手は胸でなかよく合わされ
白いい着物に身をつつみ
死人らい死に装束

ゆらゆらふわふわと
白い煙が不規則に風に流れる
あれは水蒸気だ
地上に恵を返還できる
最後のお務め

ゆらゆらふわふわと
煙はすぐに消え
次から次と
とはいっても
おわりの終わりが求められる
すっかり水分を失った
骨ぺっんがご遺族さまに
さらけだされ
あちらさまこちらさまの白い骨は
手際よく
骨壺におさまる

ぼくは小さい家に住みたかった
それは骨壺ではなかったのか
そう思われてもしかたがない
借家に住んでそこで死んだ
よかったね くやしいけど
ぼくより先に死んでしまい
まったく生は死んだほうが勝ちだよ

嗚咽、嘆き、悲しみの中で
煙を失った青空だけが
真っ青な顔をしている
おまえさんは
本気でどんぶり勘定で生きていたよ
さらばだ

7

死に際

みんな中途半端だった
せめても
死ぬ時ぐらい
きっぱりと
すっきりと死んでみたい
自らのぬけがらのわきで死んでいた
アブラゼミの覚悟の良さ
のどあめをなめるような
さわやかさが
炎天の青空に映えていた
あれを見習おう

8

白い包帯

白い包帯に身をつつめば
あなたは病人だ
そっとしていなさい

白装束で棺におさまれば
あなたは死んだ人
すっかりと身支度を整えたのですね

インドの葬儀代は5000円で十分という
死体を焼くマキ代だそうだ
どちらも同じ灰になるというのに
なんていうことだろう

9

ただらなぬこと

これを考えたら
たまったものではない
ただものではない

とにかくただらぬことではない
心臓ドキドキハイはまっさら
脳天に火花チラチラ飛び跳ね
不作用にふり
まなこなみぎひだり
意味もなく上下に動き
はためくは深いためいきがめが鼻のしたをはしる
白い野菊はどこへいった
白いコスモスはどこへいった

宛先不明の伴侶の死というのは
もしかしたら自分探しへへの
シグナルではないのか

さあ儀式はおわった
旅に出よう
鎮魂の旅でもなく
六畳一間の走るひつぎを共にして
さあ走るのだ
みなさま、ありがとうございます
バイバイだ!!

10

てのひら

てのひらにこぼれた涙をひろう
悲しみは
まあるく まあるく
太陽の光をうけ
静かにひかってころころころがっていた

ふたつの約束
生と死
どちらも輝きを失っていない

11

リタイヤ

今日で会社勤めがおわりという夜
後輩からの申し送り事項は
あと4年経ったら
仲間入りさせてください

あれから十数年過ぎたような気がしていた
今朝、仲間入りしましたとメールが届く
すべての肩書きを失くした世間の目から
天と地の差を感じた歳月だった
辛いだろうがと返信メールをする

12

「Kの罪状」へのモノローグ

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
沈丁花のような甘い香気を漂わせ
なにもなく なにもないように
白くけぶりながら戯れる
ひとひらのいのち
ひとひらのささやきが
私の乾いた魂に沢水をすくいあげるように
押し寄せてくる

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
赦されることと赦されざることの重みを
天秤にかけ
かくもしかじかのいいわけを針立てに刺し
すまし顔で生きている私は
眼を閉じ手を合わせ
あなたのふるえる魂に
ごめんねとか 赦してくださいとか
とても不釣り合いの挨拶をして
Kの罪状を読みながら
ひとときのあいだあなたを抱きしめていた

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
雲母のように広がる
永劫の白い海のさざ波と
輝き続ける大洋の眩しさに
眼をまばたきする間もなく
彼岸にたたされた青いいのちたちよ
私は驚いた白兎のようにきりりと耳をたて
あなたの嘆きを聴くでもないけれど
時には胸の痛みに白い包帯を巻き
大袈裟な身振りをいれ金魚のように口を震わせ
とりとめのない涙を流したりする

鎮魂の杜から草笛が聴こえる
除夜の鐘に現への幕をおろし
七草がゆを食べ正月を終え
雛祭りには雪洞に灯りをともし
節句には菖蒲を屋根に飾り
七夕には短冊に金の道 銀の道の糸結び
芒と女郎花に吾亦紅
月見団子 芋 枝豆 栗よろしくと正座させ
もうひとつの夢路に無限の羅針盤をあてる
そんなたわいもないこの世の戯れ事に
いささかのふれる間もなく
深き杜に眠るあなたに――

ぬれぎぬしものつみをせおい
しづかなるにじをわたりそめ
かえらざるたびびととなりし
こころとこころをあわせしめ
ちかきあかるいみらいにをと
あなたにちんちょうげはそい―

舌足らずの舞いを踊る私は
彼岸のあなたから眺めれば
ほんとうにあやつり人形のようでしょうね

鎮魂の杜から草笛が聴こえる

13

シャントニケトンの駅で

シャントニケトンの駅には
タゴールソングが流れ
駅舎はガラスの祈り堂のデザインをほどこし
悠久を抱きしめすべてを赦すというように
タゴールのモザイク画が多くの行き交う人々を見つめ
時間だけが静かに過ぎていく

人々はここで生まれ育ち死ぬ
駅舎の待合室で頭を抱えて座り込む老人
ホームのベンチで談笑する若い女性
大きなかごを背負い階段を上り下りする行商人
ホームを忙しげに往復する売り子
それらの人々の背中から
厳然とした生と死のあるべき未来を
受けとめようとする息遣いが伝わる

朝霧にけむるホームに
ジーゼル機関車が
汽笛と車輪を軋ませ滑りこむ
すでに到着時間を二時間も遅れている

時間と波は誰にも止められない
そのような言い伝えに耳を傾け人々は待っていたのだ

満員列車に人々は押し合いへしあい乗り込む
すべては始まり
すべては塵となることを目指す
輪廻を信じ神への感謝を捧げ
沈黙という武器を学ぶために
ふたたび列車は走りだした

14

贈ることば

仮縫いではない幸せを求め
君たちはきょう結ばれた
花嫁のほほ笑みには希望が光輝き
花婿の瞳はきりりとひきしまり
覚悟と自信に満ち溢れていた

どこまでもどこまでも華やかな
凝縮された時間のなかで
静かに空を見あげ誓ったはずだ
迷子のちぎれ雲になっても
手を重ねあいのりきることを

これからおおくのことを学ぶだろうが
美しいことばの陰には
棘があることを知っておいてほしい

15

スズムシ

夜露のゆりかごで眠る雑木林から
スズムシの鳴き声が聞こえる
地霊に話しかけるような
スズムシの鳴き声

いつまでも
ぼくの耳朶にはりつく

雑木林にどれほどの死骸が
埋まっているのだろう

16

野辺の花

生きるとは
ひとつのことをさがして
消えるということだ
そんな教えがあったことを思いだし
昇りだした太陽に向かって
太郎は歩いた
花子も歩いた
道は遠く遠くまで続いていた
太郎も花子も
けんめいに歩いた
時どき振り返る道には
朝露に照らされた野辺の花々が
きらきらと輝き
風と戯れ揺れていた
太郎も花子もけんめいに歩いた

17

世界

慌ててみた世界はまっ白
空は真っ青
いのちはときめき輝き
慌てて拾った
銀杏に大人のにおいがして
明日への希望がわいた
明日の命を食ってみようじゃないか

18

トンネル

くらいトンネルをぬけると
線路はふたてにわかれるそうだ

夢をなくしたら老人だという
そうは言われても希望の未来は期待できない
左はあちらさま
右はこちらさま

どちらにこの列車は向かうのか
だれも存じません
それはすばらしいことです

明るい菜の花畑が車窓にひろがるのか
忌みきらわれている曼珠沙華か

あなたはどちらを望んでいますか
うすぼんやりのあかりに映し出された
自分の顔とお話しをする


失われたものも
失うものも
ありません

そうきっぱりいいきった
あなたの言葉には
ぼくは身震いをした

わたしはコスモスは似合うと思っていました
あっちの道はからく
こっちの道はあまく
そんなことはありません

ふたてに分かれる突き当りにも
道はつながるはずです

きこえるふりして
きかないふりして
沈黙に逃げる
しかし、沈黙と孤独と
三角垂だけがのわかっている
これは、今を生けるニンゲンとして
とてもつらいものです

19

一輪挿し

一輪挿しの花瓶の口が欠けた
セメダインでくっつければ
元に戻りそう
それでも傷口は残るだろう

ああ、ぼくのイノチも
こうやって少しずつ朽ちて
つぎはぎだらけの日々は増え続け
いつか黄泉の国へ放り捨てられるのだろう

そこには
どんな水が流れているのか―
生まれ故郷の村々を流れていた
名もなき小川のように
冷たくサラサラとしているのだろうか

夏の暑い日差しのなか
草いきれのなか腹ばいになって飲んだ
小魚がゆらゆらと泳よいいた
時間はゆったりと流れ
水に映る青い空と白い雲を
不思議そうに見ていた

ああ、あのころ生のうたがはじけていた
ああ、欠けた花瓶になんの花を活けよう

20

刻をうつ

窓の外には
幼児の手のひらのような
紅葉がそよぎ

窓の外には
野良猫がしのびあしで歩を進め

窓の外には
空き家の玄関先でススキが泣き

窓の内にはカーテンのすき間から
気怠そうに光がさしこみ
読みかけのページをさまよう

窓の外にも内にも
垣根なくおなじ刻をうつ

暗い日曜のいちにちが過ぎようとしている
空はどんよりと冷たい雲がたれこめ
ずんずんと重さをまし
鬱うつとこころが沈んでいく

ひとは常に新しいものを求め
破壊と利便性を追い求め
新しいものを作りだしてていく
そのたびに
白い生糸は複雑にからみあい
もつれ社会が生まれる

もつれ糸にからまれたこころは
重さに耐えかねるように
みどり色の非常口を探す
みどりのドア向こうから
あなたはりっぱな病人と声をかけられるが
見えないこころには
白い包帯をまきようがない

21


つかれた心

つかれた心につかれたこころをかさね
つかれた心のおもさをはかる
つかれた心はつかれたこころに
つかれたこえでたずねる<br>
たいじゅうけいではかれるおもさですかー?
それとも<br>
てんもんがくてきなおもさですか―?

22

願い

群れず、
媚びず、
奢らず、
語らず、
風の徒労の使者でありたい。

23

3月に死す

桜のつぼみが
ゆっくりとふっくらと
花びらをひらこうとしている
3月に
あなたは死す

3月に広がるピンク色の空に
あなたは
水玉となって吸い込まれ
天上のひととなった
さよならだ

3月に散る花は
3月に咲く花は
もう一つの世界にむけ
あなたは旅立った
さよならだ

24

 悲しみのくしゃみ

てのひらに
ぽたりぽたりこぼれた
悲しみの涙は
まあるく まあるく
ころころ転がり
とてもうれしそうにはねていました。

こらえきれない悲しみなんて
あるもんですか、ありませんよ―。

悲しみは大きなくしゃみして
水をはじき空に消えました

25

 冬の悲しみ

空き家の玄関先のひさしにも
青空公園のブランコにも
砂場のしめった砂粒にも
枯れた桜の小枝にも
冬のひかりはおともなくふりそそぎ

だれかを待っている
なにかを待っている

明日を描けない白地図は
期待にむねをときめかせ
かたいえんぴつか―
やわらかな毛筆か―
明日を託して待っている

明日は明日の風がふいても
きのうの風は消えたまま
ああしたことも
こうしたことも
みんな夢幻だった

冬の悲しみはどんないろ
冬の喜びはどんないろ
冬のなみだはどんないろ

26


宇宙はるか遠く
無限大に広く
とてもつかみきれないと
ながいあいだ思っていたら
意外やいがいにも
宇宙は
自分の鼻っさきにぶらさがり
その鼻のあたまに冷たい雨が降っている

歩行は前進か退歩かー
見えない不安をさかなでするように
また、冷えきった水滴がくちびるにながれる
宇宙は近くて遠くて
とても冷たい生きものだ

27

 
命を掃<
枯れ葉を掃く
風を掃く
水を掃く
ザッザッー
ザッザッー

掃く音は逃げない
ぽくの耳もとで
いつまでも囁く
逃げないでください
逃げないでください

28

つかれたこころ

つかれたこころにこころをのせる
つかれたこころがおもさがつたわらない

つかれたこころにふたたびのおもさをつたえる
こころは、はてな印をこころにつたえる

こころ、はてなはなんども
境内を駆けめげる

はてなじは鳥居
はてなはかみしも
はてなはさい銭箱


さて、はてなの本物はなんなのか
つかれたこころは考える
考えてもわからない
この問いに答えがないことを知っている
こころは、沈黙、黙殺
怖ろしき反撃。
つかれたこころは問わない

唯一の武器は沈黙
つかれたこころに
どこに安らぎがあるのか
わからない
だから人生は面白い
だから生きろというシグナルなのだろうかー

29

 

大きな青空はおじいちゃんの色
大きな入道雲はおばあちゃんの色
泉は青空と入道雲を映している

その泉は
村からもはずれ
杜からも遠いところにあった
ぼくは歩く泉を目ざして

泉のほとりに立ったぼくは
こんにちは小さな声でとささやいてみる

泉はほんのちょっぴり
波うったような気がする

30

 耳をすまして

きこえない
言霊に
耳を澄ます

目を閉じ
耳を閉じ
口を閉じ

さては
ぼくはなにを求め
なにを脳髄に
刻みこもうとしているのか―

目を閉じる
瞼を深くとじる
真っ暗真な闇の世界が広がる

光が見えない
光はどへ行ったのだ

31

宇宙さま

お鼻のてっぺんにぶらさがっている
宇宙さまにひれふくす
なにもかが無一物

多くのことを学び
多くのことを忘れた

仮面は科学信仰に支配され
ことばは2000年前から
ひとつもかわらない

ぼくは仮面をかぶったまま
今日まで生きてきたのだ
まったく、まったくの
人生は冗談、冗談ですぞ!!

32

 青空

すべて往復の言葉をもって
自分に問い質してきたのかー
自らの言葉を噛んできたのかー
青空にきいてみる

沈黙の青空はどこまでも広く
どこまでももの静かで
なにも語ろうとしない

悲しみは
いっぺんにはやってこない
ただ まとめてくるだけだ!!
それでもぼくは物語を紡がなければならない
青い空は語らない
そして見せようとしない

33

 音

おとをきく
きくおとに
おとはこたえようとしない

さあ
考えよ 悩めよ
考えよ 悩めよ
それがおとという存在だ
さあ、悩めよ 考えよ

34


 つむぐ

ものがたりには
背表紙も裏表紙もいらない
ことばはふところ鋭く刻まれ
困惑と懊悩を与えつづけ
たおやかに揺れつづけ
想像をふくらませ
はらをかかえて笑い
はらをかかえて眠る
よくぞ 今日まで生きてたものだよ

35

坊主

坊主が
坊主のための
坊主による
教え説くなら
徳-は
カースト制度の
バラモンみたいだ
そんなことでは
教えは広まらない

36

嘆きの海

きっと
海は
地球の汚物を
浄化してやろうと
生まれたに違いない
それでなかったら
あんなに
休みなく
小波 大波を
浜辺に打ち寄せることはない

おーい海よ
ザァッザザァー
ザァッザザァー
ザァッザザァー

いやになっちゃうな
にんげんなんて
ちっちゃくて
ちぃちゃすぎて!!

37

 忘れられる人

ひとが死んで
別れるということは
初七日も過ぎれば
永遠の彼方に消えてしまう

ざんねんだが
残された人びとにとって
いまを生きることにつきているから
どんどん忘れられていく
忘れられるだけでなく消えてなくなる
最後には消えてなくなったことさえ
忘れてしまう

なんて素晴らしいことだろう

38

あの世

世の中金あって物語りがつくられるという
なんともさみしく豆腐をなでるように
つるつるとすべり壊れそう

それでも
人は物語をつくり
つむぎ語り伝えなければならない。
その時代を生きてきた自分の言葉として
たとえ風の徒労の使者といわれても―
語り伝えなければならない

39

 

■生きてみろ 死んでみろ

だれにも歩いてきた道は残され
背負った歴史は刻まれてきた

重いにもつ
軽いにもつ
ほんとうのことは見えなかったが
生きとし生きるものとし
今日まで歩いてきた

生と死とは万人に共通すること
70億の人類にとって
いつの時代も平等をと叫びつづけ
見えないほんとうのことを探してきた
それもかなわず
いま、死んでもいい年代となった

神が定めた運命には逆らえません
それを認め信ずるのか
そして
受容できるか
受容しないのか
受容できないのか

神を信じない科学技術が
命の重さをまやかしにかけた
それでも
生きてみろ
死んでみろ

40

 寄りそう

よりそうというやさしさ
よりそうというかなしみ
よりそうというにくしみ

みんなくしゃみして
うさん霧消しよう
そうしないと
朝の光りさす窓辺で
明日を語れないような気がする

よりそってみる
あなたによりそう
庭に咲くマリーゴールドに
庭石においたえさをちばむ小鳥たちに
おごらず
そこにある存在感のたしかさをはかり
ただ、沈黙という名でこたえる

こうしたこと ああしたこと
過ぎし日はもどらず
静かに日毎に過去はどんどん遠ざかるばかり
それでもいつまでもよりそって
こうしたこと、ああしたことを話していたい

41

インドへの旅

インドで考えたこと
インドで考えさせられたこと
インドで考えてもわからなかったこと
インドで考えてわかったこと

インドで見たもの聞いたもの
インドで手にふれたもの
インドでにおいをかいだもの
インドで口にしたもの

のちの思いでとして
白いページに認められるだろう

42

命の行方

人は生きるべきか
人は死ぬべきか
人はすべてを放棄できる自由をもっている
放棄した自由は永遠に存在するのかー

死んでも
魂は生き残り浮遊しているという
そんなおまじないは
信じたほうが楽に決まっている
すべてを信じまる飲みして
魂を白いまゆに
くるませ眠らせておけばいい

43

寄りそう

よりそってみる
庭に咲くマリーゴールドに
えさをついばむ小鳥たちに
静かによりそってみる
耳をすましてきいてみる

こうしたこと ああしたこと
過ぎし日はもどらず
消えた思いでのいくたを
よりそい 耳をかたむける
今あるという重みを尋ねる

風にふるえるマリーゴールドも
チューチューと鳴くスズメも
ただ沈黙するだけ
それでもよりそって
こうしたこと、ああしたことを訊いて

44

コスモス

今日の明日
一瞬、コスモスの時間がとまる
深呼吸して時間をくすぐる
くすぐられたコスモスは
こそばそうに花びらを揺らす
笑顔を見せたコスモス
花びらは時間を進める
えくぼがかわいいコスモスの花びらに
グッドモーニング
朝だよ、朝だよ

45

定年を過ぎて

あと4年だという
声の主は
国公務員の男

あと4年で定年という
男の声を聞いたのは
もう、10数年前だ
だからもうとっくに定年になったはずだ

あの時の声の主から
10年ぶりに電話がはいる
民間企業に転職したがそれも終わったという
肩書きは真っ白になり
中間の踊り場もなく
まったくの天上人のようになった
ケラケラと笑っているが
こころなしか声は曇っている

くすぐり、おだて、ほめちぎり
どれほどの土下座と口惜しさを味わったのか―
声の主は天上人、天上人と繰り返す
残るのは人生の定年と
またケラケラと笑う
きっと、声の主は笑いながら死ねるだろう
受話器を置く。

46

 もっと遠くへ

遠く遠くへ行って
見たかったのは
星屑のうしろに広がる
もう一つの惑星

真っ黒か真っ白かわからないけど
幾多のものがたりが綴られているはずだ
ぼくは目を閉じて夜空を仰ぐ
そして、耳をかたむけてみる
きこえるのは惑星から意味不明な心音だけ

それでもいい
この瞬間に立ち会えただけでいい
声なき惑星の音色さえ見えるようだ
いろはにほへど―。
遠くへ、もっと遠くへ―。

47

 グッドモーニング

あちらのかみさまも
こちらのかみさまも
朝になればお目覚めして
おはよう、おはよう

嘆きも 悲しみも
平穏なりとひれ伏し
喜びに満ちあふれた大空に
おはよう、おはようの声だけ送る

さわやか風にのり
地球をひとまりしても
あちらのかみさまも
こちらのかみさまも
お日さまにまっぐに顔を向け
おはよう、おはよう

それから
地上にすむ生あるものに
ちょっとだけ
おはようキッスを送ったりもする

48

冷たい雨

鼻っさきにぶらさがった宇宙を歩く
宇宙の子分の空から
冷たい雨が降る
歩行は前進か退歩かー
見えない不安をさかなでするように
冷たい雨が鼻っさきにあたる
雨は自らが冷たいのか温かいのかしらない

49

 

●13歳の風船

青空に白い風船
まぎれもない自由と未来を信じ
風船は風にまかされふわふわと浮いていた
少年はいつひもが切られたのだろうと問うていた
そして、生きるということも問うていた
生き続けなければならないということも問うていた

風船から眺める地上は平和に満ちているようだった
なんでも自由でゆるされるという
そんな国に生まれてみたものの
矛盾だらけだった
13歳という金字塔と挑み
少年は自らの命に終止符をうった

少年が綴んだ日記には
永遠の平和の国への旅立ちに
心ふるわせる期待が込められていたという
そんな国が天国にもあろうはずがないと
ながいことそう信じていた
でも、今なら信じられる
あらゆる未来を拒否し
明るいダイビングをして風船になり
天国という楽園をもとめて
ふわふわとたよりなく浮いている

なにを信じてどこに向かへば
そんな国があるというのですか
13歳の少年に訊いてみたい

50
(いじめを苦に13歳で自殺した少年の新聞記事を読んで)

 いつもの朝

その日の朝
真向いの家には
ひとりの男の老人が
仰向けの姿勢で手を合わせ
永遠の眠りについている

その日の朝
真向いの家の嫁は
いつものように
洗濯ものを干している
いつもの朝と変わらぬ


嫁は舅にいじめられた (さんざん小言をいわれた)
そのうらみつらみをせっせと洗い流し
洗い立ての洗濯ものを竿にとおしている
朝陽をうけ瞳はキラキラと輝き
洗濯ものも (は) 
まばゆい陽光をうけ笑みをうかべているようだ

88歳で亡くなったというおじいちゃんは
明日12月24日に通夜で (天皇誕生日の明日12月24日)
翌25日が告別式という  (クリスマスの25日に告別式という) 
回覧板が炬燵の上に無造作に置かれている

日常を流転する人々の営みに
ほんとうのことはいつも見えない

51

毎朝決まった時間に命がけで洗濯をほして慌ただしく仕事に向かう隣の嫁。その舅が亡くなったという回覧板を見て。(2017年12月24日)