わ・た・し・は・霞ケ浦 -04
 
コイヘルペス

 
養殖鯉には死ぬ理由があった。その理由が見事に成立して鯉は次々と死んでいった。コイヘルペスウイルスという伝染病が原因であることが、後で判明した。もちろん、鯉にもその原因を知らされたが、一匹も理解できる鯉はいなかった。鯉にとって死ぬ理由など、どうでもいいことだった。ただ、目の前で次々と仲間が呼吸をやめてしまうのを不思議そうに見ているだけだった。

 昔もこんなことがあった。わたしの酸素が少ないという原因で大量の鯉が死んだ。あの時、わたしは悪者にされた。だったらどうしろというのだとわたしは声を張り上げた。悪があるから善がある。しかし、悪を生み育てるのは決まって人間たちだ。網いけすの狭い世界に閉じ込め餌の心配もなく過保護に育てられた鯉の運命だと笑い飛ばし、わたしは成り行きを見守っていた。

 今回は違うようだ。わたしの知らない外国から悪いウイルスが入り込んできたらしい。よく考えれば世界は一つであることの証明のような気がしないでもない。一つのウイルスを退治できたからと自慢しても、また新しいウイルスが誕生するのだから大騒ぎしてなんの得があるのだろう。

 たとえ鯉が姿を消したといっても、網いけすで飼われ不自由な生活を強いられながらもわたしと共に生きてきた史実は残る。湖上には、いつの日の再開を待ちわびるように朽ちた小屋が取り残されている。わたしは目を閉じて思い出にふける。

 出口のないいけすの中でお互いの魚体をぶちあてながら餌を求めていた鯉たちの息遣いが聞こえる。出口を教えてとわたしの耳もとで囁いたうろこの肌触りまで蘇ってくる。あれは幻の世界だったのだろうか。





 
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