怠惰な散歩  2016年10

   10月31日(月)

筑波山中腹の見晴らしがすばらしい場所に立地している「ホテル一望」。そこの社長が亡くなり本日、つくばメモリアルホールで葬儀が執り行われた。カミさんの関係で遠い親戚にあたるおいらも参列。神式の葬儀を初めて体験。礼にはじまり礼に終わるという厳かな儀式。清廉潔白な所作に感動する。

葬儀を終えると、その日のうちに納骨をするのが習わしという土地柄。そこで墓地まで足をのばし神式の葬儀すべてを見ることになる。墓地から見る筑波山はいつも見なれた形と違っていた。なにか急に大きくなったような気がする。素晴らしい景観に囲まれしっかりとした墓石。永遠のイノチの安らぎの場というのは―。少し考える。

水戸の帽子女から久しぶりのメール。i padが故障。いろいろと回復を試みるがうまくいかない。そのため気軽にやりとりができずイライラ。便利さに慣れると横着虫がニョキニョキと顔をだす。用心、用心。健康にも不安を抱えているようだ。それでも、あいかわず帽子をかぶり、いろんな講座に出かけ勉強に励んでいるという。なにより、なによりなり。
 
   10月29日(土)

朝、空は抜けるような青さ。うろこ雲が悠々と泳いでいる。いや、ひな鳥の成長のようにモコモコと心の臓を鼓動させている。雲には雲のイノチがあるのか。あたりは静かだ。空の彼方から飛行機の爆音が聞こえるが機影は見えない。阿見町への越境散歩でふれあい公園に行く。人っ子ひとりいない。こうなると公園の貸し切り。広すぎてどう対処していいのか―。

しばらくすると男女4人の若者が集まる。ステージ中央でラジカセから流れる音楽に合わせて太極拳をはじめる。じつにゆったりした動き。金魚ちゃんが水をはねる時のような切れ味はない。そういえば、数十年前に中国を訪れた時。朝になると公園にゾロゾロと人が集まりグループごとに太極拳を始める。あの時、公園には音楽は流れていなかった。まるで魚泳のように音もなくからだだけがゆったりと動いていた。

貸し切りだった公園は4人組に占領された。このまま引き下がるわけにはいかない。証拠写真を撮り芝生の広場をグルグル歩く。おいらは左派か右派か―。右回り左回りを2回やってまん中をまっすぐに横断。中道、いわゆるノンセクト。太極拳の4人組は不審な動きをするおいらなど気にしていない。静かに静かに舞っている。まいりました。
 
   10月28日(金)

久しぶりにテレビを見る。きれいな姉ちゃんが次々たくさん登場してはあっというまに消える。男には関心はないがノコノコと顔を出す。なるべく見ないようにする。キャンキャンとよく喋る。仕事tとはいえかわいそうになるぐらい喋る。なぜなら、オフスイッチひとつでドロンしてしまうからだ。

テレビ番組表jを見ていると「これは面白そうだ」というのもある。ドキュメントやドラマにしろお金と時間と多くの人を動員して手間暇かけて作るのだから面白くないわけがない。それなのに見逃してしまう。どうしてなのだろうと考える。テレビの前に座って1~2時間といられないのだ。飽きるというよりイライラしてきて落ち着かない。せっかくの傑作を見逃してしまう。

映画館に入ると集中できる。お金を払っているから見なければ損というだけではなさそうだ。このへんのヘンテコ精神はどこから来たのだろう。山形の寒村から見えた月山や飯豊山からやってきたのだろうか。金魚ちゃんもクビをひねっている。
 
   10月25日(火)

力が入らない。元気印のファイトマークは何処へ雲隠れしたのやら…。桃色吐息のハートワッペンが行方不明なのだ。とにかくからだ全体が重く足取りもおぼつかない。単なる加齢のせいばかりではないようだ。いろんなツケが闇夜にからだに棲みついたのか…。なかよしこよしになれるか?。

思い起こせば、夜を徹してひと一倍勉強したこと。これはウソ―です。10歳から新聞配達に励み今日まで働きづめで肉体がボロボロになったこと。さらに、身分不相応と揶揄されるほどニワトリや野良猫、金魚ちゃん、ゴキちゃんなどに根をつめて愛情を注ぎ過ぎたこと…。いろんなことが重なり疲れたのだ。

ところで、愛情を注いでいるという金魚ちゃんに訊いてみると「バーカ。みんな思い過ごしだよ。不摂生が大きな原因。しばらく刑務所でも入って根性を入れ直してみたら」「はい、わかりました。でも無理です」.。
 
   10月24日(月)

カメラをクビからぶらさげ朝を散歩。風は冷たい。空は晴れている。秋から冬への準備が順調に進んでいるようだ。何かの本で読んだ記憶をたどれば、そもそも時間を決めたのは集落の会合に誰もかれもが自分時間で集まりなかなか話し合いを始めることができなかったら。そこから考案されたのが約束の時間。あやふやな記憶だが、それだからといって個人の時間の間取は勝手でいいかげんなものだ。それなのに太古から時間はつながり切れることはない。

歩きながら歓迎について考える。歓迎とは相手を明るく爽やかに気分よく迎えること。あたりまえだが、その相手というのが問題だ。無差別無制限とはいかない。道ばたに落ちていた現金ならいいが、体内で活発に増殖するがん細胞はごめんこうむりたい。とにかく、歓迎と歓送とには大きな違いがある。

1時間半ほど歩いて1枚も写真を撮らなかった。おいらの好きな石元康博という写真家は東京・銀座をカメラを持って一日中歩いたが1枚もシャッターを切れる被写体に出会わなかったという。そんな心境が少しずつわかるようになってきた。バイバイだ。
 
  10月23日(日)

朝からの行動を書こうと思いめぐらせてみる。そしたら空っぽ。朝起きて布団からはいだして…。それからが不明。新聞を読んだ。郵便ポストに何かを投函した。自転車で阿見町の公園までペダルを漕いだ。少しばかり読みかけの本を読んだ。ながみねの湯舟に浸かりひげを剃りシャンプーをした。そんなことがおぼろげに浮かぶ。

これでは世界が真っ暗。要するに暇を持て余して一日を過ごしたということだ。そこで金魚ちゃんに訊く。「暇を暇と感じさせない暇の過ごし方はあるのか?」「バーカ、バーカ、バーカ」と3拍子で鼻声の返答。結語として、「永遠のバーカとチンプンカンプンやっている暇はありません」と、ピチャリと水をはねる。

世の中には人間の知能をはるかに超えた偉い金魚ちゃんがいるものだ。これだけでも今日の収穫ではないか―。実りの秋。「ヒマ食えばアクビもスカッぺもでるなり寝曜日」。秀作だ!!。
 
   10月22日(土)

ショットさんとどんぐり山勉強会に行く。カッパ劇団による紙芝居やどんぐり工作を見る。最後に、ショットさんに自己紹介をしてもらう。まったく場違いのインド人登場で会場の人たちはどんぐりまなこでぽかーんとしている。このミスマッチこそ楽しいのだ。

その後、ショットさんがカスミ時代に寝泊まりした神立にあるアパートを探しに行く。20年前の記憶をたどる旅。人は追憶のなかにロマンを求めているのだ。探す、探す。記憶は残るが周囲の景色は一変している。何度もクルマを往復させる。公園のそばにあったというアパートが見つかる。ショットさん感慨にふける。

夕方、ショットさん大きな荷物3個を持って常磐線の電車でいざ東京へ。会いたい人がたくさんいるようだが、どんな目的かはさっぱりわからず。とにかく、27日の帰国まで体に気を付けて頑張ってください
 
   10月21日(金)

寛方の生家跡に造られた寛方・タゴール平和公園を見学してから帰路につく。この日も天気は快晴。ぽかぽか陽気に誘われるようにショットさんとかあちゃんはクルマの中でコックリコックリ。おいらも眠りたいがそうはいかない。天国にも地獄にも旅立つのはまだ早いのだ。

友部インターで昼食。やおら、ショットさんカスミ時代の厚生年金手帳を取り出し「これは有効なのか」と聞く。慌てて土浦の社会保険庁へ。担当者に聞くとすで一括で受け取り済みとのこと。大きな期待は泡のごとく弾ける。

オロクさんの時も同じだった。日本から支給される年金は老後の大きな収入源となる。当時は若かったから先々のことまで考えなかった。それだけ、みんな年をとったのだ。
 
   10月20日(木)

ショットさん・絅子先生を囲む会に出席するため栃木県のさくら市ミュージアム・荒井寛方記念館に行く。お天気は絶好の行楽日和。ルンルン気分でクルマを走らせる。

ショットさんと5年ぶりに対面。やや太ったような気がする。58歳になり、日本滞在中に生まれた長女は大学3年で息子は12歳になったという。タゴール国際大学の事務員で日本学院で日本語も週数回教えているそうだ。

荒井寛方とタゴールが出会って100周年を記念しての絅子先生とショットさんのトークショー。インドでの寛方の業績や評判などが話題となる。つつがなく終了したのはいいが、その後のミュージアムによるリップサービスにややまいる。喜連川の簡保の宿で一泊。ああ、疲れた。
 
  10月19日(水)

朝を歩く。歩きながら考えパチリパチリ。この時期はピーナツの収穫期で畑には青いビニールシートに覆われたこんもり山が不規則にならんでいる。その形は、おっぱいが青いブラジャーをしているようにしか見えない。まるでお互いにおっぱいの姿形や張り具合や大きさを競いあっているよう。白いブラジャーはないものかと探すが見あたらない。こまったものだ。

明日の氏家町訪問に備え体を整えようとながみねへ。ヘルスマッサージ機に腰掛け読書をとページを数枚めくり瞬く間に眠くなる。瞼を閉じうつらうつらしていると涎が流れてくる。テッシュで拭こうかと迷う。眠気の勢いがはるかに強い。それに面倒だ。いつの間にか熟睡。たっぷり20分は別世界へいた。口元に流れた涎はすでに乾いてカサカサしている。我が身辺はいたって平和と平穏が共存しているらしい。
 
   10月18日(火)

今日は疲れた。しかし心地よい疲れだ。山王姫と姫丸子ともども水戸市内で開催されている「川又南岳書道展」を見に行く。空は晴れている。常磐道の左右に控える植林帯は秋化粧で忙しそう。車内はナンダコンダというキンキン声で紅葉色。さてはどこを右やら左やらへの大騒ぎしていると目指す画廊が現れる。みごとなほど自然に溶け込んだギャラリー。そうだ、こんな、ゆるやかな静かな美術館で居眠りしたかった。空は広く、こんもり雑木林から小さな虫たちの井戸端会議の声も聞こえそうな森閑としたところ―。夢はいつもかへって行った 山の麓のさびしい村に―。そんな詩人の言葉を思い出す。

さらにオンボロ機関車は走るのだ。運転手はよれよれおじん。お客さんはサザ波オオ波のお皺ちゃんを友とする仲良のダブル姫。快調、快調とはいえども疲れはひそやかにやってくる。がんばって、山王姫と姫丸子を行方ファームへご案内。

いもいも文化といもいも商魂をかいま見る。夕暮れ迫る。カーナビで何度も確認して帰路に向かう。みなさま、お疲れさまでした。山王姫さま、昼食はごちそうさまでした。姫丸子さま、新米ありがとうございました。さよならです。
 
  10月17日(月)

広い空を見ながらブログを書こう。雨上がりの夕方、ジョイフル本田で買った2000円也の散歩用スニーカーをはいて家を出る。空は一歩前に進むごとに雲が切れ青空がひょっこりひょっこりと広がる。

これまで履いていた1000円のスニーカーは靴底がすり減ってまるで裸足で歩いているようで足裏が痛かった。そこで思い切り買い換えたのだ。ただ、28センチ扁平足というサイズはなかなかぴったりというのがない。これは安物を求めているせいもあるだろう。靴屋に行っても高級品のコーナーを覗いたことはない。情けないものだ。

久しぶりにS理事長に会う。どんどん事業を広げているようで下々との会話には隔世感がヒシヒシと身に伝わる。所詮、金持ち老人と貧乏老人の住む世界が違うのだ。貧乏老人でも生きる権利は同じだと踏ん張りながら昼食をごちそうになる。その品数は我が家の晩のおかずより多種多様だ。大きな声で「ごちそうさま」とお礼をしてサヨナラする。
 
  10月16日(日)

石岡のケアハウスゼーレのバザーのパチリパチリに行く。お天気はこの日のために用意されたような見事な秋晴れ。グランヴィアとケアハスゼーレはどちらも特老施設。当然のようにお年寄り相手となる。もっともこちらも後期高齢者予備軍だから諸先輩に老後の所作を教わりに行くようなものだ。

到着するなりKさんからグリーンの法被を着るように手渡される。はっぴを着ればハッピーになれるのかは疑問だが、スタッフの一員として認められたことを素直に喜ぶ。バザー会場には山王姫たちが夜なべして作ったというネコちゃんマスコットも展示販売され会場に華をそえている。お年よりの好きそうな品々がたくさんならんでいるが、なかなか購入とまでいかない。

「病床六尺」を著した正岡子規は「これが我が世界だ」といった。老健施設の個室も狭い。私物をたくさん置けるスペースは限られている。六尺、畳一枚の世界が多くなるのだろう。そういうことも影響しているのではと考えながらあっちこっちパチパチリ。帰りにお土産をもらう。手作りのサツマイモクッキー。ありがとうございました。
 
   10月15日(土)

朝を散歩。途中、犬を連れ白いビニール袋とショベルを持った男性と会う。爽やかなあいさつがありこちらも応じて爽やかな朝の第一歩とうれしくなる。ところが、二人のあいさつに尿意をもようしたのかワンちゃんがそこで立ち止まりウンチ。

問題はその後だ。ワンちゃんはわざわざ草むらに入ってウンチをしたというのにご主人さはショベルを起用に動かしホカホカウンチをビニール袋へ。大変に律儀な人と感心すると同時に疑問が浮かぶ。

ワンちゃんはアスファルト道路から道ばたの草むらにそそくさと用たしに行ったのは大きな使命感からではないか。そうだ、土くれだっておいしい食べ物が欲しい。その栄養源として草むらを選んだ。そうだ、ワンちゃんは恵みの大地に感謝を込め肥しとしてウンチしたのだ。それなのに、ご主人さまはなんていうことをしてくれるのだ。ワンちゃんはジーッとビニール袋を見つめているのでした。
 
   10月12日(水)

青空が久しぶりに顔を出す。一週間ぶりだという。それまで青空は昼寝でもしていたのだろうか。まあ、生き物には休息が必要だ。そうやって考えればお天気が良いとか悪いとか嘆いてばかりいられない。そういえば、11日に順延となった荒川沖町内運動会では寒さのせいか観客が少なかった。

潮来マリーナの展示写真を探す。パソコンとのにらめっこはせいぜい1時間、いや30分ぐらいが限界か。肩こり首こりが仲良くやってきたころを見計らって外へ出る。そとはポカポカ陽気。青空公園ではママさん二人と子どもたちがキャンキャンとはしゃぎ遊んでいる。子どもの頭には防護用のヘルメットがしっかり。あれじゃ、これからどんどん伸びようとしている脳みそが抑え込まれてしまうのではー。つまらない心配をする。

どうにか、明日の準備を終えてグランヴィアへ出発となる。夕方5時出発だがもう薄暗くなっている。なんとも気が重い。これも仕事、これも仕事と呪文を唱えながら出発となる。 サラバだ!!。
 
  10月11日(火)

土浦の上高津あたりにあるという専門学校へ電話。名のると「久しぶり、お元気ですか?」。明るく澄んだS嬢の声。「お肌ピカピカしていますか?」と問えば「そうでもないでーす」。三連休で遊び疲れたのか魔の休み明けのようだ。

素ラーメンならぬ豚骨ラーメンを食べながらS氏に頼みごとをする。引き受けてくれる。有り難いことだ。このことにもっと早く気づけばよかった悔やむ。脳みその回転は鈍化の一途をたどる。

夜、サッカーをテレビで見る。なんともあっけなく日本が先取点。まるで絵に描いたような鮮やかさ。やたらとアナウンサーと解説者が興奮しているのが気になる。絶叫型アナウンスは年寄りには疲れるのだ。試合はドローで終わる。せっかく遠いところまで出かけて戦ったのだから勝たせてやればいいと思うが、世の中はそうはいかないことを知る。
 
   10月10日(月)

人生いろいろだ。いつかの終わりに向け人は生きる。とりもあえず、グランヴィアの朝も、荒川沖の朝も、今日に向けての始まりを想定して今日という日の幕開け。その瞬時に生の抹消が開始されているのかもしれない。生に献立表はないのだ。

ジョイフル本田へ。明日を生きるための生活必需品を購入。第一目的は金魚ちゃんのエサの仕入れ。人気のあるというウサギちゃんの売値をみる。オオかた4000円なり。高価なもので1万円。戦後の混乱期、「この犬、売ります」という看板をぶら下げている写真があった。

まだ体が怠い。そこでなみねへ。湯舟の中でゆっくり世界平和を考える。今、地球儀は垣根を越えコンパクトになるつつある。未来の縮図を考える。結論として、ひとりの子どもが誕生して生き残れる可能性は奇跡にちかい。それなのに、世界各国で殺し合いをしている。こまったものだ。
 
   10月9日(日)

昨日、がむしゃらに歩いたせいか体のふしぶしが痛くて怠い。遠い親戚でも友だちでもないこの倦怠感はどこからやってくるのか。きれいになった金魚鉢の金魚ちゃんこと赤いフナに語りかける。悠々と泳いでいるだけで回答なし。

風呂に入ってさっぱりすれば怠さから脱出できるかもとながみに行く。受け付けのおばんちゃんはいつも「ごゆっくり」とあいさつ。どういう意味だろう。年寄はi長湯してのぼせてそのまま昇天してくださいとでもいいたいのだろうか。いや、素直に受け取るべきだ。有難くお辞儀をして浴室に向かう。

お天気がはっきりしないせいかながみねは空いている。おばちゃん二人の会話。「先に食べていいからと夕飯を用意してきたのにじいちゃんはいつも待っている。気が気じゃないからお先に帰ります」「そう、男って駄目なんだから」「でも、そうやって待ってくれる人がいることをよしとしなければねー」。男は駄目ねというたくさんの愚痴をこぼして大いに満足したのか笑顔でサヨナラをしている。ごりっぱです。
 
   10月8日(土)

今日は何の日、そうです曇りのち雨の日です。そういうことで絶対権力者であるお陽さまはお顔見せません。そんな中、朝を散歩。稲刈りが終わらない田んぼの稲穂が首をたれ沈黙。大地に無念を吐き出しているのか不届きものに怒りを発しているのかわかりません。

エジソン電気の社長がきたり回覧板がまわったり明日の運動会は雨天中止で翌日に延期のメールが届いたり、山王姫からの電話のあったり、相坊から「石岡浪漫」10冊完売のメールやらで今日は終わりました。

雑事に追われ時間を費やしているうちに棺桶ということもあります。そんなこんなことを肝に銘じつつ酒を飲みました。なんで、こんなに酒はうまいのかとキッスをしました。反応なし。それを見ていた金魚ちゃん、バーカは長生きするぞ―と深いため息。それもこれも末路に向けての第一歩とお答えしましたが、背びれをくゆらせ去っていきました。「水とともに去りぬ」という悲しい姿でした。
 
   10月7日(金)

午後、S氏と山王姫宅へ。途中、辛いラーメンを食べる。こういうのは体によくないだろうが時々食べたくなる。ラーメンの汁を見ただけで辛そう。食べるとしっかりと辛みが効いている。水をガブガブ飲みながら食べる。

山王姫邸宅の庭には秋の日差しが降りそそぐ。猫が気持ちよさそうに寝ている。彼ら彼女らの仕事はメシを食って眠ること。そして、体にたまった排出物を自分の好きなところに放出してくること。なんとも優雅な生活を送っているものだ。見習いたいと思うが煩悩をたくさん脳ミソに詰め込んでいる愚かなものには真似ができない。エライものだ。

夕方、ご老公に電話。退院して自宅療養中とのこと。静かな生活をして体力回復をしてくださいと励ます。気丈にしてくださいと言われても本人にしかわからない不安や苦しみ。これだけは替わってやれない。
インドのショットさんは27日に帰るそうだ。はっきりした滞在日程は不明なり。まったくインド人らしい。
 
   10月6日(木)

グランヴィアの勤務あけ、まっすぐに潮来マリーナへ。北浦は遠い遠い、ものすごく遠く感じる。新聞社時代は遠いとは思わなかった。今は違う。まるで隣県に行くような距離感だ。それだけ行動範囲が狭くなり年寄りになったということだろう。

さて、潮来マリーナでのお仕事。アルバムや自己データやネットで写真を探して探しまくる。なにしろ15年前から記憶を呼び寄せなければならない。カビの生えた脳ミソをグルグルまわす。そしたら、求めていた「やよい丸」の写真が見つかる。情報提供者はガイア船長。何年もご無沙汰しているが無料提供を電話でお願いする。すんなりと了解してくれる。ありがたいことだ。

今日は暑かったが空は澄み渡り真っ青。まるでおいらの心を映しているようだ。昨日とはまったく違った一日だった。バンザイでぇ~す!!。さようならなり。
 
   10月5日(水)

CROSSの元相棒こと相坊が久しぶりにCROSSに届いたいばぶんの郵便物を手にして訪れる。元気そうにやっているようだ。みんなそれぞれの立ち位置で頑張っている。今朝から、からだがだるく話すのも億劫だったが喋っているうち元気を取り戻す。明日はCROSSの編集会議だそうだ。メンバーはみんな元気にしているだろうかー。「石岡浪漫」を10册渡して販売促進を頼む。

どうも明るい話題に乏しく心は暗く沈む。どうしたものだろうと窓の外を見ればこれもどんより涙曇。本を読んでもいたずらにページをめくるだけ。毎日がハレの日とはいかなくても、もう少し前向きにならなければ―。

気合いを入れてグランヴィアへ。この職場も、ど―暗い。入居者に希望があるとはとても思えない。みんな年を重ね老人になってボロボロになってあの世へ旅立つのかー。死にたくても死にきれないでこまっているのか―。「生きているうちが花だよ!!」とハッパをかけられても、「はい、そうですね」とはなかなか返せない。職場と収入を考える。この先、貧乏からの脱出は叶わないだろうが、とにかく働けるうちは働なければ―。
 
   10月3日(月)

小雨ぱらつく路上をクルマを走らせ、つくばイオンで映画「ハドソン川の奇跡」をかあちゃんと見る。映画らしく堂々としたもので久しぶりに映画というものを堪能する。

グランヴィアで宿直の仕事をするようになって週二日の休肝日は確保された。その反動は必ずくる。自ら投げ飛ばしたブーメランは自分のところに必ず戻るのと同じだ。勤務あけの翌日は痛飲をして二日酔という悪循環。大いに反省すべし。こまったものだ。

明日は散髪にゆこう。ハサミをいれられるだけの髪があることを父母に感謝。坊主にしたほうが何事も風通しがいいような気がするが、そこまでの度胸はない。

おちんちんは引力に逆らうことを放棄しているというのに情けない。バーカじゃないか。馬鹿でも生きる権利は平等。あんたは垣根を越えた本物バーカー。金魚鉢のあたりから聞こえます。サラバです。
 
  10月2日(日)

山王姫からいただいたけんちん汁を食べる。金曜日の夜、自宅までクルマで送ってもらいさらにお土産までついていた。けんちん汁は具盛りだくさん。野菜の味がしみこみうまいのひとことに尽きる。どうやらもう一回賞味できそうだ。

ブログの顔を交替させようと自転車に乗りブラブラ。外は暑いぐらいだ。秋の気配を感じる景色を探すが思うよう見つからない。頭がぼーっとしているからきっといい景色を見逃しているのだろう。こういう日は駄目だ。家に帰って本でも読みながら夕方の出勤まで過ごそうということになる。

これといった闘志がわくようなことがない。読書だけはどういうわけか飽きない。この行為が肉となり骨となり新たな目標を見つけられるのかさえわからない。それでも本だけは読みつづけよう。金魚ちゃんに報告。知らんぷり。いつものことだ。おまえさんにけんちん汁はやらないよ!!。
 

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