怠惰な散歩  2016年

   8月31日(水)

久しぶりに朝を散歩。散歩と徘徊は紙一重。徘徊者がどこへ行こうと、何をいわれようと、「さかわらず・怒らせず・ひたすら寄り添う」のが介護の三原則だそうだ。おいらの場合は寄り添うひとも後ろからついてくるひともいない。誰にも監視されていないから散歩ということになる。

昼、ナナコカードでザルソバを買う。家に帰りハサミでパックをチョッキンチョッキン。芸が細かい。ほぐし液、出汁、ノリ、ワサビと続く。割りばしも入っており妻に用事もないのにツマヨウジも一緒だ。乱暴にひきさくとツマヨウジが指に突き刺さったりするから用心、ご用心。だし汁にネギとワサビを入れ、ソバをほぐしてツルツルと食べる。5分もかからないで終わってしまう。

そういうわけで8月も今日で終わり。暦のうえでは立秋に入っているらしい。ただ、体感的には夏真っ盛り。どんな引き算をしてもギラギラ太陽は夏だ。ところが夕方になると涼しい風がどこからともなく吹いてくる。そして、「カラスなぜ鳴くの~」のメロディーがわが町内に流れるころグランヴィアへご出勤。失禁ではないぞぉー。バイバイです。
 
   8月29日(月)

宿直明けとはいっても、自宅に帰ればそれなりの仕事が待ってる。昨日のT氏夫妻の写真セレクト。若い人のハッピーはうれしいうれしいとひとり呟き2時間ちかくかけて終了。約束通り山王姫に届けなければー。

午後からはグランヴィア職員の定期検診に行かなければ。午後2時から3時まで約1時間かかる。今さら新たな病気が見つかってもどうなるのやら。しっかりと喫煙歴40数年、今でも一日に20本吸っていると内診の医師に伝える。しばし、沈黙。待合室にはこれから100年や200年は生きてまいりますぞという涼しい顔がゾロゾロならぶ。

検診を終え、神立ココスの待合所で慌ただしく山王姫に写真を渡してバイバイ。アタマの中は銀色金色の糸くずが舞う。とにかく眠い。みなさんサヨナラだ。ゴキちゃん、お休みはいいから早く寝よう。とにかく疲れたバイバイ!!。
 
   8月28日(日)

久しぶりにブログを更新。毎日、何でもいいから休みなく書くことをモットーにしているが、ここ数日は夏バテ気味で夏祭りの屋台で売られている綿あめのようなフワフワ状態。空っぽの脳ミソはまったく機能しなかった。

山王姫のプロディースで笠間神社で執り行われた「神前結納の儀」の写真撮影。昨日はひたち海浜公園で開かれた茶会のお手伝い。帰宅して一杯のウーロンハイにありついたのが夜の10時頃。そして、今日は朝8時出発。やはりキツイ。

T夫妻の愛する長男のハレの日。どうやら親の方が興奮しているよう。控室での兄妹はスマホでユーモア写真撮影会。それに山王姫も加わり、それまで親の威厳を保っていたT夫妻も自然と場に解けこみ撮った写真を見ては大爆笑の連続。そうこうしてしているうちに本番の儀式に向かう。スマホが全員の緊張をほぐしてくれた佳き日の一日でした。
 
   8月22日(月)

台風が駆け足でやってくる。リオ五輪はあっという間に終わり4年後に東京で開催される。ドキドキ感がまったくない。人生もしかりかと考えならグランヴィアを後にする。不思議な感じ。行き交う職員とのあいさつは、「お疲れさま」と「おはようございます」。これから仕事に励む人、勤務を終え帰る人。朝は職員の入り替えが忙しい。なにしろ、生き物を預かっている施設。コンビニがアルバイト員不足で休業というけにはいかない。

自宅へ帰りドアを開けて金魚ちゃんを覗くと急な物音に驚いたのか水槽を激しく泳ぎまわる。「金魚ちゃんおはよう、金魚ちゃんおはよう」と呼びかけエサをパラパラ。金魚ちゃん口をパクパクあけての早食い。誰もヨコドリしないというのに、このあさましさ礼儀知らずは教育が悪かったのかと大いに反省。
 
   8月21日(日)

朝から体が怠い。夏の疲れが体内のあちこちに溜まっているようだ。夏去りて涼しくなれば恢復することを願っているが、加齢による肉体の衰えはいかんともならない。

ただぼんやりと時間をやり過ごす。そして、図書館から借りてきた本をぼんやり読む。そして、ぼんやりと居眠りをする。そして、あきらかなメタボ金魚ちゃんの水槽をぼんやりと覗く。こちらもぼんやりと体をくゆらせて泳いでいる。

暑い夏がやってきてぼんやり時間は増えていく。秋風とともにぼんやり時間は去りゆくのか?。こうして、ぼんやり時間をもてあますようにブログを認めているのはほかでもないぼんやりオジサン。オジサンは何用あって意味もない言葉を紡いでいるのだろうか―。ぼんやりと考えてみるがわからない。もしかして、わからないということは大きな発見かもしれない―。おわりです。
 
 8月20日(土)

兄夫婦くる。大きな米袋を抱え運んでくれる。たんと食って長生きしろということかー。衣料品には興味を失せお洒落とは縁遠くなったが、兄は愛をこめてお古をくれる。今回は靴だ。それも2足。そろそろ買わなければとかあちゃんと話していた矢先。大いに助かる。偏平足で28センチの大きくぶざまな足というハンディがあり靴の購入にはいつも悩まされる。大いに助かる。

カタコリ、クビコリ、アタマコリ、ヒザコリ、メンタマコリとコリコリの半日だった。自宅では2、3時間しかパソコンとにらめっこしないというのに今日は山王姫の居間で5時間ちかくお見合い。疲れた!!。

さて、山王姫には続きがある。電話で再質問あり。酔いがまわっておりうまく伝わるか不安だったが、「うまくいった!!」という感動の声。日本が400メートルリレーで堂々の銀メダルのように、みんなで頑張った一日でした。
 
   8月19日(金)

海を見たくなったので、山王姫のお茶指導にのこのこついてい平磯まで行く。着いたところは「社会福祉法人 やまびこ福祉会・ かしの木平磯・就労移行支援B型 児童ディサービス」。目の前は海だ。台風の影響を受け大きな白波が沖にたっている。あらためて海の雄大さに感動する。すべてを忘れるのにはもってこいの風景が広がる。湖岸道路を少し歩く。

白波は休みなく沖を目指して押し寄せてくる。「ザァザァザザッザー、ザァザァザザッザー、ザァザァザザッザー、ザァザァザザッザー ザァザァザザッザー」とてもこのページには書ききれない。いつまで繰り返しているのだろう。考えただけで気が遠くなりそうだ。

さて、山王姫のお茶指導は全力投球。子どもたちはどこまで理解して稽古しているのが―。「私はたった2時間ほど。職員は毎日のことで苦労しているだろうな―」と、深いため息。自分が障害者であることをしっかりと認識しいる子どももいるという。なんとも返答に窮する。
 
   8月18日(木)

朝、グランヴィラからけいこ先生の携帯に。今、電車の中だという。こんな早い時間にと思いながら切る。けいこ先生から携帯にあり。西日暮里駅のホームからだという。あいにくクルマの運転中で後にしてもらう。自宅に戻ってからけいこ先生からさらに電話がある。そんなに急ぐこともない用事なのに便利になったのか忙しくなったのかー。二ランジョン企画の件、了解をもらう。i

山王姫から電話あり。パソコンの質問だが電話では無理。これから石岡まで出向いてもいいのだが、あいにく水戸のご老公からつくばに用事があるのでついでに寄りたいとのこと。以前から、いばぶんの新事務所を見せたいと思っていたから「ハイハイ、一日家にいます」と約束。

山王姫には後日行くと約束。この約束がなかなか守れない。いろいろな事情が重なる。ヒマな人間には間違いないがなんとも不思議なことだ。物語は続く。夕方の雷雨でご老公、わが家に寄らず水戸へ帰るとの電話。「気をつけて帰ってください」。山王姫に電話。明日のボランティアの行き先を尋ねると海の近くだという。海を見たい、海を見たい。同伴をお願いする。夏のギラギラした海を見たいのだ。楽しみだ。
 
   8月17日(水)

みーこちゃんこと保立先生を駅まで見送る。外は熱風が小躍りしている。これはいかん。あとはひたすらの引きこもりに徹する。どこでどんなふうに大気は狂ったのかー。とにかく、この暑さは生半可ではない。狂っている。ヒトか自然かよくわからない。

どんより眼で本を読む。難しいのは頭に入らないから軽い随筆。古本屋で見つけた福永武彦の「夢のように」。本当にこの暑さが夢の中であってほしい。

映画「モスラ」の命名に作者もからんでいることを知る。中村慎一郎と堀田善衛と作者の3人。映画「ゴジラ」のヒットで、次の怪獣映画のシナリオという依頼を受けた3人。思いつくまに口にして喋りまくり、「モスラ」の新怪獣誕生となったそうだ。この3人の作家はどれも好きだった。特に福永武彦はたくさん買い求めた。引っ越しを繰り返ししているうちに今は1冊もない。見事なものだ。それこそ、「夢のように」。
 
   8月16日(火)

親戚の東大名誉教授こと、みーこちゃんとその娘まゆちゃん来宅。先祖供養とは縁遠そうに思えたが、土浦市内にある菩提寺で父母の墓参りをすませたと晴ればれ顔で登場。娘も息子も大学を卒業して働いているという。仕事は息子は自然科学の翻訳。娘は事務系の派遣社員。このごろ派遣社員といわれても違和感がなくなった。

さて二人の父親の方は、今は原稿書きで多忙をきわめているという。いつもはノートパソコンを持ち歩き寸暇を惜しむように仕事をしている。もちろんわが家に泊る時もそうだ。本日はパソコンなしというから、ひと休みかー。ただ、二人で酒を飲んで駄弁る。

どんなものを書いているかと問えば「米国」のこと。8月末には脱稿して出版社に渡したいという。米国の大統領選前の販売をもくろんでいるらしい。徳一のことや沖縄、中国、米国のことなどたくさんの授業を受ける。しかし、かあちゃんが作ってくれたトウガンの煮物を食べたらするりとのど元すぎて消えてしまう。この鮮やかさにわれながら脱帽。
 
   8月15日(月)

今日は終戦記念日。正直にいうなら敗戦記念日。「つまり皆さんは、お母さんからの5百分の1、お父さんからは5億分の1の確率で狭き門を突破してきた遺伝子のエリート。五体満足で生まれおちることがどれほどの奇跡か―」。そんなイノチを戦争という名において無差別に抹殺していいものかと考える。

2月からグランヴィアに勤務するようになり7ヵ月になろうとしている。夜は酒を飲んでさっさと寝るという習慣から一転。周2回とはいっても酒なしで一晩外泊という生活のリズムはなかなか掴めずに苦労した。だが、今は少しだが不規則な生活にも慣れ、それらしき目標も描けるようになった。

これまでにも、たくさんのデッサンを描いては消してきた。そこで、これからの夢をここに記すのはやめよう。それでも誰かに計画をうちあけ自分を鼓舞したいから金魚ちゃんにそーっと伝える。「ハイハイわかりました。だあーれも期待していませんから、どうぞご勝手になされ、なされ!!」と、いうことでした。サヨウナラ。
 
   8月14日(日)

風ひんやり、すがすしい朝だった。蓮河原町に向けてクルマを走らせる。霞ヶ浦の朝陽を拝むのだ。ときおそし。太陽はすでに昇り雲深く隠れている。カメラをぶら下げてブラブラ歩く。昔、ここに住んでいたころはよく湖岸を歩いた。朝早くだったり酒に酔った深夜だったりと、暇さえあれば歩いていた。あのころ、いったい何を考え歩いていたのだろう。記憶の糸をたぐるか何もうかんでこない。見事なぐらいに空っぽだ。

蓮河原という地名のように蓮田が多い。大きな葉っぱのあいだから清廉潔白を誇示するように白いのやら、はじらう乙女のほっぺのような淡いピンクの花が咲いている。蓮田はこの季節だけのおしゃれを楽しんでいるようだ。

これが冬になると景色は一変する。特に正月前は繁忙期となる。穴あきハスは見通しがいいということで縁起物。正月料理には欠かせないから高価格の取引となる。農家の目はランランと輝かせ働く。大儲けして蓮御殿も建ったという。その勢いは殺気ばしってさえいる。今は、大枚を夢見て化粧に余念がないようだ。
追:金魚ちゃんいわく。「昔も今も、なーんにも考えないで歩いているんだよーだ!!」。
 
   8月13日(土)

アブラゼミが「ジィジィ」と休みなく空気をふるわせうるさいぐらいだ。時々、「ジジィ、ジジィ」と聞こえる。「成虫になってようやく地上に顔をだしたった一週間で消滅するイノチ。それなのにジジィは67年も生きている。なんとも厚かましい。恥ずかしくないのか」。嫉妬か?―。

写経もダメ。水彩画もダメ。勉強会もダメ。時間つぶしにいろんなことに挑戦するが中途半端で、そろえた用具だけが蒸し風呂のような部屋で閉口している。いつかはやる気がオンになることを念じている。それでもパチリパチリは飽きることなく続けているからヨシとするか。

どういうわけか、今度は俳句に挑戦してみようと「日本大歳時記」を古本屋で購入。大枚3000円也。なにしろ「大」がつくぐらいだから豪華だ。パラリパラリとめくってみると知らないことばかり。知っていたつもりは大きな誤りでインプットされていたりとハラハラドキドキだ。まぁ、生きているつもりで生きているおいらとしたら、それでヨシとするか―。金魚ちゃんには内緒だ!。
 
   8月12日(金)

昼食はかあちゃんとしのぶ庵で五目冷やしそばを食べる。それから、阿見町のふれあいの森を散歩。酷暑の昼下がり、森林に包まれた小路を散策している人などひとりもいない。いつもゲートボールをやっている芝生広場に夏の日差しがわがもの顔で容赦なく降りそそぎ、緑の絨毯は暑さで喘いでいるようだ。救急車を待機させて命がけでゲートボールをやればいいのに―。勝手なことを呟いて歩く。バーベキュー広場にも人影は見えない。まったく静かで暑い。途中、萩の金水引草を見つける。写真を撮ろうとしたら「メディアが挿入されていません」。まったく、親切なことだ。

テレビはオリンピック中継で忙しい。絶叫型のアナウンサーのけたたましい声が部屋中に広がる。興奮しているのはテレビではない、人間だ。チャンネルを回したらシリアの爆撃シーンが現れる。きっと大勢の人びとの悲鳴が街中に広がっているだろう。それらの音は聞こえない。テレビのスイッチを切る。スイッチを切ったからといって現実に起こっていることは進行しているのだろう。夏真っ盛り、ヒグラシの甲高い鳴き声が聞こえる。

深いか悲しみの終焉というものはあるのだろうか―。すべてを時間が解決してくれるだろう。それはとつても長く血に染まり穢れた永遠の時間――。世界中の空も海も地上も窮屈できな臭くあぶなっかっしい。地球支配の生物交替が一番の解決方かもしれない。
 
   8月11日(木)

今日は木曜日。「山の日」で祝日。納得いくまでまる一日かかる。時間コンパスが完全に狂っている。狂っているのはおいらだけでない。かあちゃんも狂っている。こうなるとダブル狂い。それならば怖いものなどなにもない。フト、あっちもこっちも明日への希望に満ちあふれた平和な世界がまぶたを横ぎる。そこで考える。有史以来、ニンゲンによるニンゲンの争いがなかったら、「平和」という言葉が生まれなかったのではないかー。

アタマこんがる。白髪頭に困惑と疑問が渦をまく。そういえば、全自動洗濯機の登場で、洗い物と水のせめぎ合いを見ることもなくなった。汚れものは世界の矛盾から解放されたようにすっきり顔で再登場。なにか、大きな隠し穴にとじ込まれ催眠術にかかったようだ。これじゃ、安眠などできない。

そこで愛する金魚ちゃんに登場を願う。「世界の平和とはなんぞやー」と問う。明解なりのお言葉。「だらだらほざいていないで、さっさと寝ろ」。ありがたきお言葉。素直に従います。バイバイなり。
 
   8月10日(水)

この日のブログは翌朝、すなわち10日朝グランヴィアで、昨日の出来事をふり返り美人ならぬふり返りおじんとなって認める。ところが、一晩の眠りで昨日のことは朝霞の仲間入りしている。それでもクビを左右に動かしこぶしで頭をコツンコツンと叩いて記憶をよびおこそうとする。力をいれて頭を叩くと痛いからすごく優しくだ。

朝の涼しいうちにと家のまわりの雑草をとる。地面から伸びた雑草も連日の暑さにダウンしそう。どれも萎れて弱々しい。それでも情け容赦なく土から引き抜いたりカマで刈りとる。こうなると死刑執行人のようだ。

ヒトはいつでもどこでも無慈悲に他の生きものの命を抹殺できる動物であることを改めて知る。さらに、蚊取り線香にもめげず肌に張り付いて、わが大切な命の綱である血を吸いとろうとするやぶ蚊をバチリと叩き殺す。赤い血が掌ににじむ。やぶ蚊の命はあっけなく一生を終え大往生。これでいいのだ。やぶ蚊ちゃん、天国でまた会おうね。
 
   8月9日(火)

水戸のご老公と久しぶりに会う。電話口の声は元気そうだったがそのとおりだった。とても80歳を超えたとはおもえない。連日の暑さで少しやせたようというが食欲も旺盛。いろいろな話を聞く。フォローしてやりたいとおもうところもあるがこちらも夏バテ気味。こうなると、おん身が大切となるから人間は勝手なものだ。

整復師会の編集会議に出席。こちらのメンバーはみんな元気。スポーツ系が多いせいか、暑さにもめげずゴルフやマリンスポーツの話題に花盛り。ほどほどに次号の打ち合わせして解散。一歩外に出ると猛烈な熱気がからだに襲いかかる。適度な水分補給と適切な温度管理のなかで過ごしましょう、という言葉を交わして三々五々。

水戸の帰り、クルマを走らせながら助手席のT広報部員と話す。T先生はおいらの家に近いということもありかかりつけ接骨院でもある。どういうわけかクルマの運転が嫌いでいつも編集会議には荒川沖から水戸まで電車でやってくる。帰りはおいらがかかりつけ運転手となり医院まで送り届ける。車中で整復師界の内部事情を知ることもできる。それだからといってどうしたというものでもない。そうやって一日がおわるのでした。
 
   8月8日(月)

朝、グランヴィアから山王姫宅へ直行。約束の写真を渡す。草むしりの約束は今夏は果たせそうもない。からだがゆらゆらして思うように動いてくれないから、またの楽しみとしてとっておこう。

午後3時のテレビを見る。高校野球やオリンピックではない。アブラゼミのジリジリという鳴き声はやまない。ときおり、強い日差しがみどりのカーテンを抜けレースのカーテン越しに射してくる。明るい午後、多くの国民はテレビの画面とお声に耳をかたむけているのだろう。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」。世の中、なかなかそうはいかない。その方が安心する場合もあるからであろうか―。酷暑の日、死にざまということを考えさせられた。
 
   8月7日(日)

朝から暑い。朝刊を広げる。「シリア避難民7万5千人に―ヨルダン国境で足止め」という見出しのベタ記事が載っている。―避難民は気温50度に達する砂漠地帯で仮設テントでの生活を余儀なくされている―。それと比較したら日本の暑さはともおもう。

地球上のどこにでも光と影は生じる。ひとつの命を維持するための闘い。そこに果たすエネルギーをみんなで共有できないというもどかしさ。ぼーっとした頭をゆり動かし、ことの成りゆきを考える。深いため息がもれる。

山王姫から頼まれた写真の作業を朝早くからはじめ昼ごろに終わる。この時間になると暑さは青春真っ盛りで太陽はギラギラ。それでも、気温50度に達するようなことはない。明日グラングランヴィアの仕事が終わったら届けると山王姫に連絡。みなさまご自愛ください。
 
   8月6日(土)

石岡の山王姫、荒川沖に現る。よれよれおじんは暑さで喘いでいるというのに山王姫は恋瀬川を渡り、おまけに桜川を越えわが家へやってきた。昨日は遠路五浦の天心丸で豪華な海鮮料理に舌鼓してきた疲れをものともせずやってきたのだ。山王姫がわが家へやってきたというだけで大ニュース。だが、用件が済むと10分もしないうちに颯爽と消える。しかし、タフだ。強い。やはり女は強くできているのかー。

山王姫のいうように軽い熱射病にかかったのかもしれない。クーラーはあまり好きではないので部屋ではもっぱら扇風機で暑さをしのいでいる。熱射病は屋外だけでなく屋内でもかかるというから、そうかも知れない。昨日の食事会も断り、夕方の三丁目役員会と暑気払いも欠席。年寄りには適度な水分と適切な冷房と休息が大切なのことをしみじと知らされる。

けいこ先生から電話あり。二ランジョンが了解したという。20歳も年下の嫁さんをもらったというが困惑しているのではないかと想像される。まぁ、結婚は何歳離れててもいい。死んだらできないのだから生きているうちに二人で楽しく過ごせればそれでいいのだろう。外野がとやかく言うべくことではない。「そうだ!!」金魚ちゃんも同感らしい。
 
   8月5日(金)

最近のヒグラシは朝から鳴いている。もちろん夕方になっても「カナカナッカナカナッー」とやや甲高い鳴き声を林のなかにまき散らし、時にはアブラゼミの「ジリジリー、ジリジリー」と鼻ずまりのような鳴き声も混ざる。耳を澄まして昆虫どもの鳴き声を文字で表そうとするが無理。適当な言葉がわからないのだ。かれらは人間と違った独自の言語世界で生きている。だから、文字に表そうなどというのは人間の驕りというものだろう。ヒグラシはなぜ朝から鳴くようになったのか―。24時間営業のニンゲン生活にあわせているとしたら、とてもかわいそう。

それにしても、何かを表現するときに適語がみつからなことがしばしばある。本人の語彙不足がみごとなぐらいに露呈されるのだが、プロの物書きにはかなわない。なるほどとうならせる。それでメシを食っているのだからあたりまえ。今はメールで絵文字で感情を伝えることもできる社会。言葉は絶えず死んだり生まれたりする。

どうも真面目くさった話になった。それでは、ぼーっおじんが毎日文章を認めるとはどういうことか?。その意味や言葉さえわからない。やはり、「金魚ちゃん、金魚ちゃんなにして遊ぼうかね」と、会話を楽しむのが一番似あっているような気がする。バンザイだ。
 
   8月4日(木)

「そうだ、ながみねに逃げよう!」。そういうことで水着、ひげそり、タオル、読みかけの本とノートパソコン、ウーロン茶をズダ袋に入れ出かける。とにかく、このくそ暑いわが部屋から脱出しなければならない。山王姫に電話をしたらソロプチの会議で今水戸にいるという。猛暑にもめげずあちらさまこちらさまへと元気よくとびまわる。すごい、強い!!。強いすごい!!、すごい、強い!!、強いすごい!!。絶句。

家出老人、ぼーっ老人といえどもながみねではフルに動く。水中歩行にクロールの快泳(距離は秘密)。健康快復ヘルストロン通電、脈拍検査(99、66)まだ血圧が低いが体調は良好なり。読書(途中でよだれをたらして居眠り)と大忙し。ブログも書く。

―― 従って終戦の日から「国は死に、社会だけはアメリカに移植された日本」のイメージを、富三は抱いていたのである。その日から半世紀を迎えようとするいま、子は父のイメージの正しかったことを確認している。もはや「崇高なるもの」、「精神的なるもの」は一顧だにされなくなり、数字に還元できるもの、とりわけ経済だけが偏重される社会へと、完全に変わり果てた。(癌細胞はこう語った―私伝・吉田富三ー 吉田直哉著)。まったく同感なり。
 
   8月3日(水)

タイスケさんと会うため土浦市内の楽建舎へ。電車を一本乗り遅れ約束の時間まで行けず。遅れる旨を携帯に連絡する。楽建舎に着いてドアを開けようとしたが開かない。しばらく待つことにする。にわか雨のため軒下でぼんやりとタバコをくゆさせながらぼーっとする。こうなると、出張介護ならぬ出張ぼーっ。

思い直したように再びチカラをいれてドアをひいてみると開くではないか。ドアの滑りが悪く重いのだ。しみじみと筋力の衰えを知らされる。二階に上がると二人で待っている。結局、一時間ほど遅れて約束の用件を済ます。ヒトはヒトを信じられなくなったら人間落第。丸裸になって信じるしかない。

夕方、グランヴィアに行こうと準備をしていたらけたたましいサイレンとともに救急車が自宅前に停まる。一軒隣りでひとり暮らしのS婆さんが熱中症で倒れたらしい。様子を見にきた娘さんが発見。出勤しようにも救急車が邪魔をしてクルマが出られない。それからしばらくしてS婆さんはストレッチャーにのせられて運ばれた。80歳をとおに越しているはずだ。その後どうなったのだろう。不安な気持ちを抱えグランヴィアへクルマを走らせる。
 
  8月2日(火)

かかりつけ医院へ。血圧が低いということで処方箋が少し変わる。どうも最近、からだが気怠く重いと感じていたが原因は低血圧のせいらしい。しばらく様子を見るということ。こんな経験は二日酔いでしか味わったことしかなかった。それだけに驚く。どうしてこうなったのだろうか。わからない。これだけは、わからないから面白いとは言い難い。

タイスケさんのことで山王姫からたくさんのアドバイス。アネゴは強い。こちらはぼーっとしていて世間に疎いところもあるから頼りになる。二ランジョンとケイコ先生を介してやりとり。どうも、二ランジョンペースに巻き込まれそう。インドのショットさんが秋口に日本にやってくるそうだ。かあちゃん会いたいという。

夕方、そろりそろりと散歩。ムクドリが電線にとまって鳴いている。彼らにかかりつけ医院はない。病気になったときは長老がいろいろアドバイスするのだろうか―。これもわからない。
 
  8月1日(月)

当直明けの一日は頭がすっきりしない。脳ミソに漬物石が乗っかっているようで気怠く重い。普段から思考力の衰えに脅えながら生活をしているのに最悪だ。そのため、ぼーっがウルトラぼーっとなる。

それでも踏ん張って、かあちゃんの友人のお母さんが亡くなったので線香をあげにゆく。99歳の大往生。最後は介護施設暮らしで終わったという。なかなか、自宅の畳の上でご臨終というものが難しくなった。そして、死に方も難しくなった時代だ。

「明日への記憶」という本を読む。映画化されたそうだがスクリーンでは見ていない。主人公は51歳の広告代理店部長。若年性アルツハイマー病に罹る。その症状から読み取ってみれば、ぼーっ頭にズシンと一撃をくわされたようなショックをうける。いろいろなことが該当する。マズイ本を読みだしてしまった。
 

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