怠惰な散歩  2012年

   1月31日(火)

今日で平成24年1月も終わりです。終わりですが終わらないのが時間が持つ無限大の黄金のような輝きです。今日、誕生した赤ちゃんも、今日、黄泉の国に旅立った人もいるわけです。このドラマが世界60数億人といわれる人々の間で、日常茶飯事のように繰り返されているのです。
よれよれおじんは、それはどいうことかと考えるのですがわかりません。
無限大に近いあくびを繰り返し、それも飽きると布団にもぐり込むのです。

止まらないしゃっくりとくしゃみの不連続世界。
滑稽です。
しかし、しっかりと生きなければなりません。

そんなこんなで、三匹の金魚にエサをやりました。ここで、また考えます。エサという言葉は不謹慎ではないか。彼らにとって主食であり、食後のデザートもコーヒーもない。それもエサと呼ばれる味は一年中同じだ。
「沈黙は武器なり」。やっぱり、金魚ちゃんは偉い。
 
   1月30日(月)

「さすが、冬の寒気団の勢いはすごい」と、深く頭(こうべ)をたれ体を小さくして震えているのです。今朝は、5時に起床。マイルームで部屋が暖まるの待つのです。
もちろん、おちんちんの行方などどこにあるのわからないほど縮こまっています。闘うことの意味を問います。しかし。とても寒くてそれどころではありません。

なにしろ、住人は二人だけだというのに1階に3部屋、2階に3部屋もあるのです。ゴキブリとネズミの運動会を同時に開催してもお釣りがくるほどの部屋数です。そのため、ひと部屋を暖めるにはエネルギーと時間がかかります。

インスタントラーメンのように「3分待つのだ」というわけにはいきません。
しみじみ思うのです。貧乏人には「貧乏÷人数=部屋数」という公式が必ずあるはずのだと確信をしました。
答えを導くこともできぬまま、朝6時からNHKFM「朝のバロック」を、寒さに耐えて聴いていました。
 
   1月29日(日)

この頃、夕方の晩酌とこの日記を認めることだけが楽しみになってきたような気がする。

朝、マクドナルドで朝食。定番のソーセージマフィンとホットコーヒーで240円也。
昼、荒川沖小学校の体育館で開催された節分祭にカメラを片手に行く。会場が体育館の特設ということもあり盛り上がらず。感動もなく帰宅。

午後、女子マラソンをテレビ観戦。期待の選手、途中で完全失速。
「西部戦線異状なし」をDVD鑑賞。
谷川俊太郎の詩集「手紙」をぱらぱら読む。
それで、今日のお休みは終わり。
 
  1月28日(土)

朝6時ごろ起き出し、水郷公園に写真を撮りに行く。
この日の収穫は、新たにカメラの操作を覚えたことだ。
いかに、カメラまかせの写真を撮っていたかを知る。

金魚鉢の清掃をかあちゃんとやる。水は隣家から井戸のもらい水。
かあちゃん、浄化装置を洗う。ひびわれに冷たい水がしみて痛いとぼやく。
しわだらけの手にもひびわれはできるのかと感心する。
冬の使者は偉いものだ。

つたやで古本とビデオを購入。あとはぼんやりと過ごす。
そうこうしているちに、かあちゃんは本家に出張。
よれよれおじん、ちびちびと焼酎を飲みながら日誌を書く。
おわりです。
 
 
   1月27日(金)

今日は忙しかった。まず、常磐高速道路をクルマで飛ばしF・I氏宅へ。必要に迫れた書類に実印を捺印してもらう。すぐに土浦に引き返し振り込みの手続き。CROSSに戻り、AIBN取得の申し込み書類を図書センターに郵送。イナモト印刷で校正。これは、全部、T・N氏の著作である「霊峰筑波山と徳一大師」を出版するためのことです。
いったい、どういうことでしょうね!!

さて、今日の予定をこなして、掛かり付け医院に。「それでは、前回と同じ処方箋で薬を出しておきましょう」と温かい励ましの言葉を頂戴し、馬に食わせるほどの大量の薬を薬局で受け取り帰宅。寒い、寒いのだ。

われひとりビニール袋に入った薬を眺めながら焼酎を飲む。
 
   1月25日(水)

今日は暖かった。それに空は青さを自らを誇示するように羽根をいっぱいに広げ空を支配している。今日は真面目にCROSSで仕事をやる。しかし、明日はどうなるか分からない。

そういえば、日本も明るい青に包まれた社会になれば望ましい。しかし、1億2千万人の日本人が毎日生きているのだ。意見の相違があるのは当然。合致点を見い出すことは、もしかしたら、年末のジャンボ宝くじを買って最高額を手にするより確率が低いのかもしれない。

さて、ここで登場するのが選ばれた政治家。しかし、自らが垂らした青いねぎっ鼻を民衆にこすりつけているようではこまるのだ。坂口安吾の「イノチガケ」「オチル」という言葉を噛みしめてほしい。
 
   1月24日(火)

雪が降ったのでCROSSは中止。筑波山に写真を撮りにゆく。しばらく使っていないニコンD200を使用する。シャッターを切るたびに露出が変わる。おかしい、いろいろ試したが同じだ。壊れたのか?そういえば、葬儀の写真を撮っていた時もおかしかった。ケーズ電気に修理を頼みに行く。帰宅後、パソコンでデータを見る。段階露出に設定されているらしい。もしかしたら、単なる操作ミスかも知れない。慌ててケーズ電気に戻り確認をする。やはり、そうだった。バカみたい。
これを「無知の涙」というのかー。

昨晩、専属ビデオ編集者のA・Kさんから明日退院すると、元気な声の電話が入る。よかった、よかった。すぐにかあちゃんに電話を入れる。かあちゃんも「よかった、よかった」。
 
   1月23日(月)

CROSSでの仕事を早目に終えて帰宅。いろいろやりたいことがあったが、パソコンの迷路に入り込み4時間を夢中で過ごす。ああ、疲れた、というだけです。まったくバカバカしいと思うことだが、現代社会を生き抜くには必須の玉手箱。それを利用できないということはどういうことかと考える。
でも、無理なことは無理だと己を慰める。

さて、世界はぐるぐるまわっているようだが、よれよれおじんの家では金魚が水槽のなかで音もなくぐるぐるまわっている。
そして、ひたすらの沈黙の世界を貫いている。
この完璧なほどの沈黙に徹して生きる覚悟のよさに感心。諭されるようにエサをパラパラとやる。

そんなわけで、一日はあっという間に終わるのでした。

 
  1月22日(日)

散歩の途中、マクドナルドに寄ったら超満員。日曜、ちょうど昼時。
まったくすごいものだと感心する。若い家族連れが圧倒的に多い。
140円のコーヒーを飲んでそそくさと退散。

都道府県対抗マラソンをテレビで見る。茨城は6位と大健闘。
すごいものだ。アンカーの日立電線の選手は土浦市に拠点を構えている。
だからどうしたものかといっても、特段なにもないのだがー。

辻井喬の短編小説を読んでいたが、あんまり情事の話ばかりで、最後の一編は三分の二ほどで投げ出す。どうということもない話だがー。

しばらく、カレーとブタの煮込みで腹を満たす生活が続きそうだー。
 
   1月21日(土)

今日も朝から雨。空はどんよりと曇っている。窓越しに見える「防犯パトロール」の旗が風に忙しく揺れている。今日は休みだ。外へ出るのはよそう。
それでも、カレーを作るために食材を仕入れにドンキに行く。ブタの煮込みの具材も買う。久々に厨房に入り料理を作る。味は食べてみなければわからない。

夕方、ブログの写真を撮りに傘をさして散歩。暗くて寒い、風も強い。
どうせなら雪になってくれればと思う。
カスミまでの2キロほど歩く予定だったが途中で引き返す。

「海にはワニがいる」(ファビオ・ジェーグ著・池田亮介訳・早川書房)を読了。生き抜くことだと教えられる。
 
   1月20日(金)

今日は朝から雨。カラカラに乾いた空気を湿らしてくれて有り難う、といいたいぐらいの久しぶりの雨だ。当然のように空は雲に覆われ暗い。そして寒い。

かあちゃんと掛かりつけ医院に行く。ともに定期検診だ。こういう場所に夫婦連れだって行くということは、どういうことだろと、ついつい考えてしまう。雨も降り寒いこともあるのか、思ったより待ち合い室は空いていた。終わると朝昼兼用の食事を「すき家」で食べる。

終わると、クルマのオイル交換の時に受けた無料点検の時に指摘を受けた何とかオイルの交換やらに行く。

終わると、寒さにもめげずCROSSで仕事。
みんな、それなりの仕事をやっていました。タナカに「CROSS T&T」の初校を戻して終わりです。明日から連休。うれしい。
 
   1月19日(木)

今日は午後からCROSSへ。
午前中は、それなりの仕事のために自宅にこもる。

臨時収入があったので、レコードプレーヤーをアマゾンで購入、届く。
かあちゃん、早速、押し入れからプレスリーのレコードをー取り出して回す。かあちゃん細い体をふるわせリズムをとる。

黒いレコード盤からは30年ぶりに音楽を奏でる。
まったくすごいものだ。30年もの間、ひたすらのお休みタイムだったというのに音楽が踊り出すのだ。よくぞ、今日まで待ってくれたと感謝!!

デジタルより音色が柔らかいような気がする。
写真もリバーサルフィルムよりデジタルの方が色がかたいと常々思っていたが、デジタルの世界はヒトを氷の世界に導く冷酷な便利屋かもしれない。
 
  1月18日(水)

朝から考える。考えるへん平足ニンゲンとなる。
テーマはなにか?どうしたものかテーマが浮かんでこないのだ。
毎日、のほほんと生きているせいか課題がないことを知り断念。

そこで、歩くことにする。犬も歩けばというが、近頃はお金が落ちていることはまったくといっていいほどない。
こんなにたくさん歩いているというのに、ごほうびがないというのも淋しいものだ。

ヒトは報酬を求めて行動をとってはいけない。
風の徒労の使者であるべきだ!!

うん、納得。

 
 
   1月17日(火)

ブログ用の写真を撮りに朝を歩く。寒い。
歩くコースが決まっているから、見渡す景色はもう飽きてしまい、どこへカメラを向けていいのやら。それでもひたすら歩く。

このブログを見ている人は少ないだろう。もしかしてたった一人かも知れない。それは、よれよれオジンだ。なにしろ当人が更新しているのだから間違いがない。それでもいいのだ。

さて、世界の平和と日本国家の安泰をいつも祈っているが、このところ世間への関心ごとが薄くなった。どんなことも起こるべきして起こるのだと思うようになった。そのせいか、頭髪も真ん中あたりが、すっかりと薄くなった。
 
  1月16日(月)

去年の終わり頃、近所の本屋さんに行ったが欲しい本は見当たらず。
年末年始ということもあり、注文をされても入荷まで二週間ほどかかるという。「じゃ、アマゾンにしようか」「その方がいいと思います」。

そんな経緯もありアマゾンで探したらお目当ての本はあり注文をした。
買い物はできるだけ近所の商店を利用としようと思っているが、せっかち日本人には、どんどんと遠のいていくようだ

今日の朝も寒かった。
水槽の金魚は防寒着を着用することもなく元気に泳いでいる。

人を騙かして泳いでいるくせに、それらしくに媚びき、泳ぎ跳ねてはエサを求める。
まったく金魚ちゃんは偉いものだ。
 
   1月15日(日)

寒い日曜日だった。
今日はよく歩いた。
乙戸沼公園を一周。ひたちうしく野駅までの往復。
3時間はたっぷり歩いた。

乙戸沼公園にはコハクチョウが60羽ほど飛来している。
熱心に写真を撮っている人の話では、今年は例年になく多いという。
福島の原発事故の影響かも知れないともいう。
これはコハクチョウに聞いてみなければ真実はわからない。

都道府県対抗女子駅伝をテレビ観戦。
我が生まれ故郷の山形は15位。茨城に軽く勝つ。
バンザイだ!!
 
   1月14日(土)

どういうわけか、霞ヶ浦環境センターに行く。
「土浦の自然を守る会」の40周年記念の座談会。まだおまけがある「タナゴシンポジウム」。T・Oさんから頼まれてのお手伝いだ。朝8時過ぎから夕方5時までの長丁場。

シンポジウムの休憩中に会場を抜け出しセンター近辺の集落を散策。
遠くから見る霞ヶ浦は本当に美しい。
霞ヶ浦には語り尽くせない思い出がある。
あれもこれも過ぎし日々の出来ごとでもいうのだろうかー。

さあ、明日の休日はどうやって過ごそうー。
きっと、気がついたら一日がぼーっと終わっているのだろう。
 
   1月12日(木)

CROSSで真面目に仕事をやる。
この仕事内容を評価する人はいない。ということは、よれよれオジンは全てにわたってトップの座にあるのか?。
さにあらず、ヒマを持て余した団塊世代のオジンが勝手に事務所にやって来て、運よく与えられた机に座りパソコンに向かっているだけだ。
それでもいいのだぞ!!。

それにしても、我が家の金魚ちゃんは偉い。
仕事といえば、食べてウンチをして眠る。
それも、60リットルの水中の世界で飽きもせず愚痴もこぼさず、綿々と続けているのだ。

まったく、あの世界までに到達することはできない。
よれよれオジンは、つれづれに思うのだ。
 
  1月11日(水)

仕事で写真を撮りにゆく。
老眼で苦労する。
なにしろ、内容は通夜と告別式で二日続く。
物故者は女性で94歳。
天寿だから、本来ならハレだと思うが会葬場の雰囲気はそうはいかない。
それなりで終わりましたが、暗いので老眼には辛いものがありました。

さて、明日はどうしようかー。
とにかくCROSSに行こう。そして、メールとwebの点検だ。
それなりの仕事をこなして、ハラを空かした金魚がすむ我が家に帰ろう。

そして、数えきれないほどのあくびを繰り返して眠りにつこう。
この世に躍起になってやることもできることも
そんなにたんとあるはずがないのだからー。
 
   1月9日(月)

今日は、パソコンに遊ばれました。
これまで、何時間パソコンにもて遊ばれたかわかりません。
いったい、どれほどの機能を使いこなしているのやらー。

そんなわけで、休日もあっという間に終わりました。
休みになったらあれもやりたいこれもやりたいと計画を立てますが、
いつも、尻きりトンボで終わります。
これが、人生というものでしょう。

夕方、かあちゃん帰ってくる。
介護というのは大変なことだ。ただ、お疲れさま。
 
  1月8日(日)

いろいろなことがあるものだ。
K,S氏の母が亡くなり、お通夜と告別式の写真を撮ってほしいと頼まれる。世話になった人だけに断る事もできず引き受ける。

今日は朝から体調悪し。酒の飲み過ぎだ。
ほどほどということを考えず飲むからだ。
原因がわかっているだけに辛い。

このバカさは死ぬまで続きそうだ。
決して仲良くしたいとは思わないが、こまったものだ。
 
   1月7日(土)

朝を歩く。それも午前4時半に出発して目指すは土浦駅だ。外は真っ暗。
毛糸の帽子と手袋に防寒コートで完全武装するが、それでも寒い。しかし、歩きたいのだ。

明るさが増しくると同時に疲れも増してくる。歩くこと2時間。土浦駅に到着。
7時過ぎの電車で帰宅。自宅へ戻り、ごろりと炬燵に入って2時間ほど寝込む。

朝食はあちゃんが作ってくれた七草がゆ。日本人だ!!。

突然、せっかちT・N氏から携帯電話が入る。
そこで、急きょ、所用のためF・I氏に会うため水戸へ行く。
着いたのがど昼ごろだったこともありF・I氏に日本そばをごちそうになる。おいしかった。

そういうわけで、のんびりと過ごそうという今日の計画はバタバタと終わりました
 
1月6日(金)

今日は、平成24(2012)年の仕事始め。
張り切ってCROSSに行く。これはウソ、ウソです。
メシを食うためには働かなくてはならないからです。

世界の平和と日本国家の安泰とかあちゃんの健康を祈願して働く。
黙々と仕事をやる。仕事は集中力だ。
しかし、せいぜい二時間程度しか持たない。
それでいいのだ。黙々と仕事をやる。
ごほうびが待っているのだ。

明日から三日間のお休み。
新聞社に勤めている時には考えられないことだ。
とにかく、休日はうれしい。
     
1月4日(水)

今日は朝から体調よし。長い間書き続けていた小説らしきもの「未完の満月」(仮)
を脱稿。これから整理してとにかくまとめてみようと思う。

「日本人の死に時」久坂部羊(幻冬舎新書)読了。副題はーそんなに長生きしたいですかーというものでいいろいろ考えさせられる。

夕方、土浦新真鍋付近の写真を撮りにゆく。
思い描いた西日の光線は雲に隠れて射さず。
ただひたすら、ブラブラと歩きまわる。

途中、今撮りためている写真のまとめ方がひらめく。
これなら、うまくいきそうだとひとり合点。収穫ありというものだ。
1月3日(火)

N氏の原稿整理を終える。二日ぐらいかかると思ったが意外に早く済みひと安心。

HP表示が英語バージョンでこまっていたが、適当にやっているちに日本語に回復。
人生、こんなものかと思う。

南岳先生よりお礼の手紙がくる。
ビデオの編集についてはお断りをいれて生テープを送付。
それでも、楽しみに観るという。

専属編集者の健康回復を祈る。
元気になったら、再度お願いしようと思う。

団塊世代は、みんなそれなりに病気と同居している。
闘いと仲良し。これに尽きる。

よれよれオジンも、国指定難病の「潰瘍性大腸炎」という診断を頂き診療費は無料。
さらに、毎回、馬に食わせるほどの薬を頂き戸惑う。
1月2日(月)

昨日のお正月は藤代の兄貴の家で正月を祝う。
みんなで、酒を飲みおせち料理を楽しみました。
兄老夫婦も田口若夫妻もみんな元気で、なによりでした。
話題の中心は、なんといっても双子の赤ちゃん。

そこで、今朝は藤代を散歩。
小貝川には曇った空が映っていました。
太極拳をやっているサークルもいました。

藤代の家並みの屋根には、
まだ青いビニールシートがかぶせられている家もいくつかありました。
まだまだ、大震災の爪あとが残されています。

復旧、復興までの道のりは遠いことを感じました。

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